辺境伯の奥様は「世界一の悪妻」を目指している

22：悪妻、使えるものは何でも使う

着替えを済ませてルートさんを待つこと半刻。
やっと扉がノックされましたわ。

「悪妻様、どうなさいました？」
「どうもこうもないわ。今、この辺境領で建設資材はどれだけ確保できますの？」
「建設資材？何をされるんです？」
「大きな小屋を建てるのよ。あれ？大きいと大屋になるのかしら？」


だとしたら無理かもしれないわ。おフランスの大統領と懇意には出来ないし、生き様が壮大すぎて足元にも及ばないわ。マサコーヌ帝塚山クラスになると偉人になってしまうもの！

何よりレブハフト辺境伯様は「ウチのお父ちゃん」って感じじゃないもの！


「建物を建ててどうされるのです？」

ルートさんが不思議そうな顔を致しますが、わたくしはニヤリ。




従軍中に見た事があるのです。
調理班だった兵士さんがビーン苗の根っこだけを箱に入れて育てていたのです。

『なんで根っこだけを入れてるんです？棄てないんですか？』
『捨てるわけないだろ？何日かするとニョキニョキ生えてくるんだ』
『生えてくる？ビーン苗が？』

『そ。生えてきたらサッと炒めて上官に酒のツマミに出すんだ。物資配給から時間が経ってるのに食べられるビーン苗に小遣いくれるんだよ』

学んだのです。
食べられるはずがないものを提供すると金になる事を。




領地改革でオイルスライムの塊を除去し、田畑を蘇らせるのは当然なのです。

ですが、それだけでは意味がありません。

――花を見て楽しめるのは心に余裕がある時よ！――


領地の問題点。

１つ目。オイルスライムの残滓に覆われて農作物が育たたない
２つ目。領民の数が激減していて限界領地である
３つ目。田畑を蘇らせても貧乏である事は変わらない


野菜は収穫時期が重なるので価格が暴落したり値が付かない事もあります。農耕をするにも領民が逃げ出してしまった土地は休耕地のままでもあるのです。

――なら、収穫時期をずらせばいいのよ――

明らかに生育するのに不適切な季節だと外では無理です。
だけど、建物の中ならいけるのではないか？

全ての土をフカフカの土に戻しても気候がさほど変わらない領地と競合になってしまえば、労力は変わらないのに安い価格でしか売れない野菜。今まで通りに農作物を収穫する土地の他に、建物の中で収穫時期をずらして育てる野菜に分けるのです。

幸いにこの辺境領には領民がいなくなり「空地」が点在する状態。
今までと同じような育て方をしても意味がないのです。領を捨てて他に行ってしまった耕作者のいない田畑を利用して建物内で【時季外れの野菜を作る】のです。


「どうかしら？」
「悪妻様、もし逃げ出した領民が帰ってきたらどうするんです？」
「働かせればいいわ」
「ですが、田畑だったところに建物を建てていたら耕せません」


ルートさんの言葉はごもっとも。
ですが、農地を放り投げ生きるために他の領に行き数年たって帰って来て「昔取った杵柄ですからー！」って直ぐに鋤や鍬をふるえるものでは御座いません。

――そんなの腰を痛めて医療費がかさむ原因だわ――

少なくとも２、３年は農業から離れた職種に従事していて、それまで痩せた土地に僅かばかりの小麦を育てていた者達に、大収穫の農作業なんて一角獣の如く大迷惑だと感じるでしょう。

――ロミオ♡オミヤにカンイチ♡ジュリエットを正すのが先――


「戻ってきた者たちには就業訓練を致します」

「就業訓練？」

「雇うのよ。もともとその部分を耕しなさい、ここで育てなさいと貸与していた土地だもの。戻ってきた者には従業員として働いて貰えばいいのよ」

「悪妻様、結構冷たいですね」

「どうしてわかったの？冬になると冷え性で困っているのよ。滋養強壮に効き目がありそうなヤウ命酒がそろそろ欲しいと思っていたくらいよ」


あら？どうしたのかしら。ルートさんが「ソウジャナイ」って表情をしていらっしゃるわ。


「何か問題がありまして？」

「問題と言いますか…確かに逃げて行ったのは残念ですがそれでも生きるためだとなれば致し方ないかと」


ふむ。思った通り。でもルートさんは見落としている事があるわ。
従軍してたった２年少しだけど、王都に戻った時にわたくしには居場所がなかった経験が御座います。実際に住む家がないとかそう言う事ではなく、心の居場所がないと申し上げたほうが良いでしょうか。

復員時はお母様が存命でしたので、まだ軽度と言っても過言ではありません。

ですが、従軍中にそれまで仲の良かったご令嬢たちはマナーの無いわたくしを気遣うふりをして距離を置き、公爵家ですら「ジョージちゃんの代わりにありがとう」と言いながら、返金した金狙い。

わたくしにマナーや教養などの講師がつけば「良いわよね。良い先生に師事出来て」とかつての友人たちからは非難の目を向けられたものです。
ですが、それはそれで大変だったのです。それまで戦場で物音に気を配りながら地面に寝ていた生活がフカフカの寝台になったからと熟睡の爆睡できるかっていうと、人間の体ってそんなに簡単に順応しないんです。
心が追いついていないのに２年少しのカリキュラムを半年で叩き込むのですから学ぶ方も大変だったのです。


平和な場所から命の危険がある所に行けば防御本能が働くのは早いんです。怠れば目の前には死が待っていますもの。でも逆はというと…もう安全と判っていても夜中に何度もマウチューの足音で飛び起きるのです。


事由は異なりますが、それまでと同じ扱いをしては元々領民だった方には不公平に思えるでしょうし、戻ってきた方々には今までと違うやり方をいきなりやれと言われても受け入れられないでしょう。

オイルスライムの塊が原因で逃げているのに、今度はそのオイルスライムの塊を崇めなきゃいけないくらいの差があるんですから。




「生きるために仕方なかった。確かにそうでしょう。でもね？ルートさん、ルートさん自身がわたくしが来る前、この地表を覆う塊がたった２、３日でレレレンゲソウを開花させると思えましたの？」

「それは、考えもしなかった事で御座います。ですがそれは悪妻様の魔法があってこそで！」

「わたくしも同じ。掘り返して何処かに集めて捨てるしかないだろうし、大地が蘇るのには数年、いえ数十年かかるだろうなって思ったわ。でも、木箱を通して塊ですら土になる。その経緯を知ったでしょう？」

「中間プロセスを学ばせる期間を就業訓練とするという事ですか？」

「そうよ。でもずっとじゃないのよ？この方法だってどこかの領が真似をし始めるでしょうし、今は斬新でもそのうち普通になれば訓練期間は不要になってしまうわ。だけど！受け入れる体制は整えて置かないと。どのみち人は必要なんだし、なにより後継者が必要なの。これからのやり方とはまた違う手法を使う後継者が必要なのよ。だって…（テヘ♡）わたくしもルートさんも不老不死じゃないもの」

「悪妻様…」


お判り頂けたようで御座いますわ。
そう、わたくしだって人間ですもの。何時かは土にかえる日がやってきます。
今、大地を蘇らせるだけじゃだめ。この土地で未来の時間を生きていく者達へ引き継がなきゃいけないのよ

「判りました。ですが悪妻様。申し訳ございません。現在自由になる建設資材も勿論資金もこのレブハフト家には御座いません」

――やっぱり。そうよね～あるなら借らないもんね――

「手紙を書きます。グリサンド伯爵家の当主夫人が私の従妹です。金を貸してくれるかも知れません。ご当主のグリサンド伯爵様はモヴィエンド侯爵様の弟君。モヴィエンド侯爵家は木材加工で財を成した家ですので、資材もなんとかなるかも知れません」


あら？ルートさんってもしかしていい所のボンボンだったのかしら？
ですが、使えるものは何でも使えですわ。遠慮をしていたら悪妻の名が廃っちゃう！

「その手紙、わたくしが直接持っていくわ。先触れだけお願い出来る？」
「そんな！大まかには私共が詰めて参りますよ？」
「居仏いぼとけが立仏たちぼとけを使っちゃいけないわ。わたくしが参ります。直接頭を下げるのは悪妻の専売特許なの？ご存じ？」

「ですが、旦那様にはなんと？借金の申し込みはここしばらく全て悪妻様の指示通り止めております。その悪妻様が借金をするとなると…良い顔はされないでしょう」

「やだぁ～。レブハフト辺境伯様は無駄にイケメンでは御座いませんか。良い顔をしていらっしゃるわよ？」

「えぇっと…そうではなくですね」

「判ってるわよ。いいの。無駄に良い顔で借金するより、処女と少女と娼婦に淑女なHow many いい顔のわたくし、悪妻のほうが適役だってことよ？」


さて、お出かけですわ。
わたくしはルートさんの従妹さんが嫁がれたグリサンド伯爵家に出した先触れの返事を待つ事に致しました。