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25:執事ルートは意外な過去を持つ男

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レブハフト辺境領にある屋敷ではファマリーが出掛ける前にギュッと握った泥土とオイルスライムの塊を入れた木箱を屋敷の一画に並べる作業がされた。

しっかりと木箱には使用人の名前が書きこまれている。
これで木箱を勝手にひっくり返される事はないし、使用人達は自分の木箱の土が一番先に満杯になるよう出勤時や休み時間には覗き込んで手で砕いた塊を補充するのを忘れない。

レレレンゲソウが庭一面に広がっている。


「わぁ♡ハッチビーがいっぱいいるよ!」
「虐めてはダメよ?ハッチビーはお仕事の最中なんだから」
「は~い。お仕事がんばれ~ハッチビー」

何時の世も子供は素直である。

草が地面から生えているのを見るのは何年ぶりの事だろうかと使用人達は家族や近隣の領民も呼んで子供たちはレレレンゲソウの中を走り回っている。

蜜を集めるハッチビーに「針」はない。蜂のお尻に攻撃用の針があるのは別の蜂である。
ハッチビーにはお尻の先端に小さなバケツのような取っ手の付いた桶が後ろ足にぶら下がっている。そこに花の蜜を集めて巣に持ち帰る働き者の蜂なのである。

時折、迷子になって「みなしごハッチビー」と言われる事もあるが、長い旅をして元の巣に戻る。決して人を襲わないハッチビーであるが、虐められると巣ごと引っ越しをしてしまうのだ。別名フェードアウトビーとも呼ばれている。

庭で昼食でも食べようかと使用人達が準備を始めた頃の事である。


「なんだこれは!」

上着をバサバサと振りながらサロンで一人暴れているのは当主のヴィゴロッソである。

窓を開けていればハッチビーが屋敷の中にも入りこんでしまうのだが、危険な蜂ではないため使用人はレレレンゲソウの花の香りも部屋に入れたくて窓を開けてしまっていた。

「旦那様、そんな乱暴に服を振り回したらハッチビーに当たってしまいます」

「何だって?!ハッチビー?どうしてそんなものが…あっ!!」

いつもは窓からチラチラとファマリーと使用人達の様子を伺うのに、ファマリー達が庭に穴を掘り始めて以降庭に面した窓にはカーテンを引いて覗いていなかったヴィゴロッソの目に鮮やかなピンク色の絨毯のようになったレレレンゲソウが飛び込んできた。

「誰が庭にこんな事を!勝手に穴を掘っていたと思ったら!」

ぶちっ!ぶちっ!

咲いていたレレレンゲソウを掴んで手折ってしまったなどと生ぬるい。
引き千切ってしまったのだ。

「あれ?造花じゃないのか?」

「違いますよ!何が嬉しくてわざわざ紙をピンクに染めてこんなに広い場所に造花を飾るというんです。あぁ~旦那様…折角咲いてくれたのに‥」


ルートの言葉にヴィゴロッソは握ったレレレンゲソウを見た。

(れれれ?)

物言わぬレレレンゲソウの声が聞こえた気がするが、ブンブンと首を振った。

「旦那様!そんなに激しくヘッドバンキングしたら脳震盪を起こします!正しくは足を大きく前後に開き、腰を使って上体を揺するんです。前に振る時は足の膝に額を当てるように!引く時は胸を大きく反らせて!」


何故かルートの指示に従って、足を前後に開いて体を振り始めるヴィゴロッソ。
実は案外素直な男なのだ。

「こ、こうか…(わっさ前にわっさ後ろに)」

「ダメですね。前に振る時に首を使ってはダメです。腰から上体全体を大きく使うんです」

「こ、これでいいのかっ!はっ!ほっ!はっ!よっ!」

「なっていません。その掛け声はなんですか!どっこいしょ~どっこいしょ~感を醸し出してどうします!それではまるでジャッポン民謡の「ハァ ドッコイショ」ではありませんか!ヘッドバンキングはメタル系やパンク系、その中でもハードコアやスラッシュなどで行なわれるファンの求愛行動なのですよ!」

「待ってくれ…頭を振り過ぎて…うぅぅ~気分が…」

「だから首を振るなと言ったのです。おーい誰か旦那様を部屋までお連れしてくれぇ」


執事ルートの声に数人の男性使用人が走ってくると2人がヴィゴロッソの腕を己の肩に回し、1人が両足を纏めるようにして肩に担いだ。


「待て、庭に花を勝手に咲かせるな!ルート!!私は許可をしていないぞ!」

三半規管に異常をきたしているヴィゴロッソは吐き気を抑えながらようようルートに声を掛けた。

「許可は悪妻様に頂いております。いえ、我々が!望んだのです。許可など不要で御座います」

「なんだと…あの女、勝手な事を…うぇぇ~…こっこんな急激な体調不良で無ければ焼き尽くしてくれた物を…ウェェ…」

「構いません。早く旦那様を部屋に」

今度こそ強制的に搬送されていくヴィゴロッソ。
執事ルートの声にテーブルが運ばれてくると、領民も手伝ってテーブルクロスを掛ける。


「お子様たちにはメグちゃんのミルクを」
「メグちゃん、産後復帰したんですか」
「先日。ママになったのでやっと乳牛として牛舎も移ったところですよ」

そう、乳牛のメグちゃんはそれまで乳牛なのに乳牛の仕事が出来なかったのだ。
今は他の先輩乳牛に混じって新鮮なミルクを領民に届けている。
彼女もまた働き者、いや働き牛なのだ。


メグちゃんミルクがたっぷり注がれたカップを手に持つ執事ルート。
御年57歳。
若かりし頃からシド・ヴィシャスを敬愛しているが職業は真面目な執事である。

【年齢なんて関係ないんだ。たとえ99歳でも子供でいることは出来る】

ルートの座右の銘である。

手にしていたカップにハッチビーがポチョンと1滴蜜を落として飛んで行った。

一口飲んでルートは呟いた。
「ウシ娘…案外イケるかも知れませんね」


「ルートさん、何か言いましたか?」
「いえ、何も。さぁ昼食を食べましょう。もう一杯メグちゃんミルクを」

腰に付けた南京錠がキラっと光った。
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