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24:悪妻、二郎系の危険度を知る

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グリサンド伯爵家は木材加工で財を成したモヴィエンド侯爵家から言わば分家ともなった家。レブハフト辺境伯様のお屋敷も大きかったですけれど、庭に木があると余計に大きく見えるのは気のせいではないはず。

裏側にある裏山と同化してさらに大きく見えるのです。
視覚的に「こりゃ勝てないな」と相手に思わせる心理的作戦流石ですわ。
動物も己よりは大きな物には余程の事がないと立ち向かいませんもの。


「お待ち申し上げておりました。こちらにどうぞ」

あら?既視感のある執事さん。ルートさんにそっくりですわ。
アベラルドさんも初見だったようで、目を丸くしておられます。

「ふふふ。実はルートは私の弟なのですよ。申し遅れました。グリサンド伯爵家筆頭執事のシグマと申します。ちなみに妻はルートの妻シータの姉でパーミルと申します」

――ファッ!みんな数学が大好きなの?ってか兄弟姉妹結婚?――

「家が傾き、わたくしは従妹ラジカル様が嫁いだグリサンド伯爵家に。ルートは同じく従姉のエルミート様が嫁いだレブハフト辺境伯様に御世話になる事になったのです」


なんだか心臓がドキドキしますわ。
もしかしてルートさん良い所のボンボンなんて気安く考えてしまったけれど、とんでもなくお家柄の良いボンボボーンだったのではないのかしら?

「わたくしの出自はシークレット♡」

執事のシグマさんはにっこりと微笑んで唇に人差し指をあてられております。

――それ以上深入りはするなと言う事なの?――

「さぁ、旦那様と奥様がお待ちで御座います」


ガチャリと開かれた扉。グリサンド伯爵夫妻が並んでソファに腰掛けられております。
くっ!こんなところで足がバンビ化するなんて!

ガクガクする足を交互に出し、ご夫妻の前でカーテシー。

「この度は突然の先触れ、並びにこうやってお目通り頂く許可を頂きありがとうございます。レブハフト辺境伯ヴィゴロッソが悪妻、ファマリーと申します」

「ぷっ!待って。悪妻?妻ではなく?」

「はい。ヴィゴロッソ様からも悪妻と初見で認めて頂いております。紛う事無く悪妻で御座います。お見知りおきを」

「いやぁ、ルートからの手紙にもあったけれど本当なんだ?」

「はい。この期に及んで嘘など申し立ててどうなりましょう」

「大まかには話は手紙で読んだが、融資をして欲しいと。しかも当主であるウィゴロッソ殿ではなく悪妻の君に対しての融資。間違いはないのかね?」

「間違い御座いません」

「では、君には何がある?魔法が使えるとあったがその魔法で何が出来る?融資とは遊びではない。見返りが期待できない事に金を出す事が出来るのは大バカ者と成金新興貴族だけだ。ヴィゴロッソ殿には荒れても領地があるが君には何がある?」


グリサンド伯爵様のお言葉は御尤も。わたくしだってなけなしの金を大バカ者などに貸そうとも思いませんもの。ですが、わたくしは大バカ者でも成金新興貴族でも御座いませんわ。


「それを聞いて安心いたしました」
「安心?どこに安心したと?」

「だって、わたくしは大バカ者でも成金新興貴族でもなく、かと言って歩行者天国で踊るタケノコ族でもDCブランドで装いを固めるカラス族でも御座いません。ただの悪妻ですもの。融資頂けない者の中に入っていなくて僥倖ですわぁ」

「ルートの手紙以上だな。ではここにある朝フェイスの種。発芽させられるか?魔法とやらが融資に値するかを見てみたい」

コロンとテーブルに転がる朝フェイスの種が一粒。


――フライフェイスなら別次元で萌えましたのに――

まさかのフェイス違いに少しがっかりなわたくし。
今日は泊りにしてホテルモスクワに泊まろうかしら。
生きて帰れる保証はどこにも御座いませんが、カラシニコフの裁きの元、5.45mm弾で奴等の顎あぎとを食いちぎれって名言が聞けたかも?


おっと、いけないわ。目の前の事に集中しないと!

「簡単で御座いますが…何故に朝フェイスですの?」

「娘の長期休暇の宿題だからだ。明日が最終日。家族総出で宿題を手伝っているのだがどう頑張っても芽が出て双葉となり花を咲かせるまでには時間が足らなかった。おまけにちゃんと片付けをしないから種がばらけてしまって1つしかないんだ」


まぁ‥普通は初日に土に植えるだけはしとくものですけどね。その後はお決まりの王道な成長過程なので何とでもなったのにまさか種のままでラスト1日を迎えているなんて。


「判りました。では鉢植えと種をお借りいたしますわ」


アベラルドさんがワクワクしておりますわ。

「(小声)悪妻様、必殺技ですよ!」

こんなところでツル系植物に必殺技系の呪文を唱えたら、ヘティマのサンシェード以上に部屋の中がツルだらけになってしまうわ。蔦の絡まるチャペルどころじゃなくなるでしょうに!

「では種を先ず、増やしますわね」

わたくしは鉢植えをテーブルの上に置いて、種を手のひらに包むように握ります。

「マッシマシ…二郎系のマッシマシ…」

コロン‥コッコッ…ガシャシャシャー!!ズザザザー。


あ、いけない。二郎系のマシマシはかなり危険水域な大盛レベルだったわ。
足元を埋め尽くす朝フェイスの黒い種。あっという間に部屋を埋め尽くしてしまいましたわ。

グリサンド伯爵ご夫妻のくるぶしまでもう見えなくなってるじゃない!


――そうだわ!この増量を生かして先制パンチよ!――


「グリサンド伯爵様、どの種を使いましょう?」

部屋を埋め尽くす朝フェイスの黒い種。数万粒。
いえ億はあるかも知れないわ。選び放題ですわよ?

あら、いけない。まだ「種の種」を握って魔力を流し続けていたら、腰まで種が増量しちゃっていますわ。二郎系のマシマシ。侮れませんわ。身動きが取れなくなる前に魔力を止めないと。

「こ、これで…お願い出来るか?」

目の前の種を5粒掴んだグリサンド伯爵様。

テーブルのへりすれすれまで種が増量して床が見えなくなっておりますが、植木鉢をテーブルの上に置いておいて良かったですわ。

「では、種から発芽させ、それをこの植木鉢に植えます。それから成長をさせますので花が咲くまで…そうですね。10秒もかからないと思います。花の命は短くて~と歌にもありますように花が咲くのはコンマ2秒。スケッチをお忘れなく」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。スケッチブックを取りに!うぐっ!た、種で立ち上がれない!!」

「あら?そしたら奥様、植え替える部分までをご覧くださいませ」

「まぁ♡わたくしの出番ね?ねぇ、その前に手のひらを見せてくださらない?何処かに鳩とかいないのかしら?」


グリサンド伯爵夫人は私の魔法をマジックだと思われているご様子。
どう考えてもこの部屋を埋め尽くしている朝フェイスの種の量。
ポケットどころかトランクにも入らないと思うのですが。


わたくしの手のひらを見て「種」がないわ!と仰るので朝フェイスの種を目の前で一掴み。

「そっちの種じゃないわ。ほら、種も仕掛けもありませ~んていう種よ?」

「わたくし、てじな~にゃでもないですし、ハンドパワーも御座いませんので」

「あら残念。でもあなたの手相って生命線は長いのに結婚線が…ウッスウスですのねぇ」

手相占いを始めるグリサンド伯爵夫人。
ごめんなさい。わたくし占いの類はコックリさんも含めて信じていませんの。


無事に朝フェイスの観察記録も終了。
部屋を埋め尽くす種に囲まれた状態でスケッチを終えたグリサンド伯爵様が仰いました。

「すまないが…元々の種は何処に行ったんだろう」

瞬時に全員の目から光が失われ、活動停止。
アンビリカルケーブルは自主的断線を致しました。


大量の種に埋もれながらグリサンド伯爵様と融資の手続きに入ったのですけれど…。
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