17 / 53
第17話 音にならない声
しおりを挟む
アナベルの耳に、口を真一文字に結んだルーシュの音が聞こえる。
【僕に向かってここは侯爵家だとっ?!アナベルの癖に!アナベルの分際でっ!人がいなかったら、二度と僕を卑しめるような発言が出来ないように張り倒してやるのに!】
音ではない声の主はアナベルにはハッキリと判った。
ルーシュだ。
背中にゾワっと悪寒が走る。今まで手を挙げられた事は無かったが、よく考えてみればアナベルとルーシュが2人きりではなかったからだと気が付いた。
2人でデートだとしても待ち合わせ場所にそれぞれが出向くので馬車に2人きりの経験はない。ベラリアが合流する前でも周囲には人の目がある。
どちらの屋敷でも使用人が必ず側にいる。
――2人きりだったら、何時暴力を受けていても不思議ではなかった――
その事に気が付き、ルーシュの握った拳と直ぐに暴力に訴え出ようと考える浅はかさに恐怖を覚えた。
ルーシュは自分の考えを周囲に押し通すタイプ。
曲げられる事を嫌い、何が何でも思い通りにしようとする。
ルーシュにとってアナベルは打ち出の小槌であり、執務をしてくれる下僕であり・・・当主となるルーシュの元に嫁いで来るのだから立場は下だとずっと思ってきた。
アナベルも否定的な言葉や反論はするが、最後は嫌々でも要求は受け入れる。
それは「アナベルにとって自分は絶対」とルーシュは考えていたのに・・・。
”” 私は侯爵家、貴方は伯爵家 ”” どうしようもない身分差を感じルーシュは奥歯を割れそうなくらいに噛み締めた。
ピリリとした空気を一変させたのはイルシェプだった。
「頭ごなしにモノを言えば誰だって反発もしたくなるものだよ?」
「申し訳ありません。取り乱しました」
先に隣国マジルカ王国の王弟殿下だと言っておいたのが功を奏したのか。
ルーシュは権力や立場がある者の前では猫を被る。
赤い顔をしたままイルシェプに頭を下げ、固く握った手からも力を緩めた。
「通りかかったら聞こえたものでね。アナベル嬢が手伝わなければならないほど切迫しているのかい?」
やんわりとした口調でイルシェプが問えばルーシュはパッと顔をあげて「そうなんです。とても困っておりまして」と言葉を返した。
「国が違うと大変だね。でも他家の者で良いなら会計士や税理士などを雇い入れれば済む話じゃないのかい?確か‥‥婚約者だったと?」
「はい、アナベルとは婚約をしているんです。嫁いで伯爵夫人となるのだから執務も早めに覚えた方が良いと思いまして」
「だとすれば、むしろ君がやるべきでは?」
「ぼ、僕がですか?!」
「そりゃそうだよ。確かに伯爵夫人ともなれば執務もせねばならないだろうが、1人抜けただけで大騒ぎするのなら先程も言ったようにプロを雇えばいい。結婚をすれば必ずとは言わないが当主に当主夫人となれば後継も考えねばならない。妊娠に出産。産んだ後も直ぐに動ける訳じゃない。決算は殆どの国で年に2回。今から騒いでいたら大変だよ?」
「そう…なんですけど…」
大人しくイルシェプの問いかけに応えるルーシュだが、その時もアナベルの頭には音のない声が聞こえてくる。
しかし、ふとイルシェプの【音】が聞こえるかと言えば否。
聞こえてくるのは部屋の隅にいる従者が【ほんとだよ。いい加減にして帰りやがれ!】とルーシュに向かって悪態をつく音と、ルーシュの音だけ。
ルーシュの音は【なんなんだ。コイツ。偉そうに邪魔すんな】と音となっている声とは真逆の音。
「君がする事は、ここでアナベル嬢に執務をしろと急かす事ではない。此処に来る時間で終わる書類もあるんじゃないかい?時間を無駄に使って、そのツケを例え婚約者だからと尻ぬぐいさせるのはどうかと思うよ?まぁ…偉そうにとか?会話に割入ったからね、邪魔だと思われても仕方ないけれど、病み上がりの彼女に掛ける言葉としてはどうかと思ったものでね」
ルーシュはイルシェプの言葉を聞いた途端に顔色が青白くなる。
【えっ?口走ってしまったのか?!いや、まさか…でも・・・】
困惑するルーシュの音がアナベルには聞こえる。
イルシェプは微笑んだ。
「君は何を自分が言ったのか・・・もう忘れたのかい?」
「え…あ…あの・・・」
【何を言った?カッとなって僕は何を言ってしまったんだ?】
ルーシュの音が重なる。かなり混乱したのだろう。ルーシュは「用事を思い出した」と礼もそこそこに逃げ出すように部屋から出て行った。
「やれやれ。困ったものだね。大丈夫だったかい?」
パチンとウィンクをするイルシェプにアナベルは「イルシェプには聞こえたのだ」と悟った。そう頭の中で思っただけなのにイルシェプは「同じだね」と声に出して微笑んだ。
【僕に向かってここは侯爵家だとっ?!アナベルの癖に!アナベルの分際でっ!人がいなかったら、二度と僕を卑しめるような発言が出来ないように張り倒してやるのに!】
音ではない声の主はアナベルにはハッキリと判った。
ルーシュだ。
背中にゾワっと悪寒が走る。今まで手を挙げられた事は無かったが、よく考えてみればアナベルとルーシュが2人きりではなかったからだと気が付いた。
2人でデートだとしても待ち合わせ場所にそれぞれが出向くので馬車に2人きりの経験はない。ベラリアが合流する前でも周囲には人の目がある。
どちらの屋敷でも使用人が必ず側にいる。
――2人きりだったら、何時暴力を受けていても不思議ではなかった――
その事に気が付き、ルーシュの握った拳と直ぐに暴力に訴え出ようと考える浅はかさに恐怖を覚えた。
ルーシュは自分の考えを周囲に押し通すタイプ。
曲げられる事を嫌い、何が何でも思い通りにしようとする。
ルーシュにとってアナベルは打ち出の小槌であり、執務をしてくれる下僕であり・・・当主となるルーシュの元に嫁いで来るのだから立場は下だとずっと思ってきた。
アナベルも否定的な言葉や反論はするが、最後は嫌々でも要求は受け入れる。
それは「アナベルにとって自分は絶対」とルーシュは考えていたのに・・・。
”” 私は侯爵家、貴方は伯爵家 ”” どうしようもない身分差を感じルーシュは奥歯を割れそうなくらいに噛み締めた。
ピリリとした空気を一変させたのはイルシェプだった。
「頭ごなしにモノを言えば誰だって反発もしたくなるものだよ?」
「申し訳ありません。取り乱しました」
先に隣国マジルカ王国の王弟殿下だと言っておいたのが功を奏したのか。
ルーシュは権力や立場がある者の前では猫を被る。
赤い顔をしたままイルシェプに頭を下げ、固く握った手からも力を緩めた。
「通りかかったら聞こえたものでね。アナベル嬢が手伝わなければならないほど切迫しているのかい?」
やんわりとした口調でイルシェプが問えばルーシュはパッと顔をあげて「そうなんです。とても困っておりまして」と言葉を返した。
「国が違うと大変だね。でも他家の者で良いなら会計士や税理士などを雇い入れれば済む話じゃないのかい?確か‥‥婚約者だったと?」
「はい、アナベルとは婚約をしているんです。嫁いで伯爵夫人となるのだから執務も早めに覚えた方が良いと思いまして」
「だとすれば、むしろ君がやるべきでは?」
「ぼ、僕がですか?!」
「そりゃそうだよ。確かに伯爵夫人ともなれば執務もせねばならないだろうが、1人抜けただけで大騒ぎするのなら先程も言ったようにプロを雇えばいい。結婚をすれば必ずとは言わないが当主に当主夫人となれば後継も考えねばならない。妊娠に出産。産んだ後も直ぐに動ける訳じゃない。決算は殆どの国で年に2回。今から騒いでいたら大変だよ?」
「そう…なんですけど…」
大人しくイルシェプの問いかけに応えるルーシュだが、その時もアナベルの頭には音のない声が聞こえてくる。
しかし、ふとイルシェプの【音】が聞こえるかと言えば否。
聞こえてくるのは部屋の隅にいる従者が【ほんとだよ。いい加減にして帰りやがれ!】とルーシュに向かって悪態をつく音と、ルーシュの音だけ。
ルーシュの音は【なんなんだ。コイツ。偉そうに邪魔すんな】と音となっている声とは真逆の音。
「君がする事は、ここでアナベル嬢に執務をしろと急かす事ではない。此処に来る時間で終わる書類もあるんじゃないかい?時間を無駄に使って、そのツケを例え婚約者だからと尻ぬぐいさせるのはどうかと思うよ?まぁ…偉そうにとか?会話に割入ったからね、邪魔だと思われても仕方ないけれど、病み上がりの彼女に掛ける言葉としてはどうかと思ったものでね」
ルーシュはイルシェプの言葉を聞いた途端に顔色が青白くなる。
【えっ?口走ってしまったのか?!いや、まさか…でも・・・】
困惑するルーシュの音がアナベルには聞こえる。
イルシェプは微笑んだ。
「君は何を自分が言ったのか・・・もう忘れたのかい?」
「え…あ…あの・・・」
【何を言った?カッとなって僕は何を言ってしまったんだ?】
ルーシュの音が重なる。かなり混乱したのだろう。ルーシュは「用事を思い出した」と礼もそこそこに逃げ出すように部屋から出て行った。
「やれやれ。困ったものだね。大丈夫だったかい?」
パチンとウィンクをするイルシェプにアナベルは「イルシェプには聞こえたのだ」と悟った。そう頭の中で思っただけなのにイルシェプは「同じだね」と声に出して微笑んだ。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,324
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる