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第05話   ディック伯爵の失踪

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ディック伯爵家は金を借りるどころか既に借りた金の利息返済すら難しい状態。
水利権は担保を打った金融商会から筆頭公爵家が買い取った。

ディック伯爵家と婚約を結ばねばならなかった理由は溜め池の水利権。
権利がもうディック伯爵家にないのなら婚約の必要はなかった。

何度もカトゥル侯爵家から名前を使うなと抗議をされていたのにエレナ夫人は「秘密ね?」と使っていた事からこれ以上の面倒はごめんだと、家名を許可なく使用した事とアナベルとルーシュの婚約解消でチャラにすると口頭で伝えてきた。

本来ならばそこでアナベルとルーシュの婚約も解消となるはずだった。



★~★

夫人の投資が順調に「子」や「孫」を増やしていた頃、ディック伯爵もまたよからぬ遊びに耽っていた。

莫大な事業費はディック伯爵の感覚も狂わせた。
ディック伯爵は自分のサイン一つで動いていく様子に勘違いを起こしてしまった。

「ちょっと借りるだけだから」


最初は少額だった。
寄合に出たディック伯爵は2次会、3次会と事業関係者と綺麗な蝶のいる繁華街をハシゴしているうちに深夜となり、これ以上従者を引き留めるのも可哀想だと先に帰らせた。

が、最後に訪れた店で2万ラスだけ支払いをするのに手持ちが足りなかった。

「ちょっと待っててくれ」

繁華街の近くに事業の出張所を設けていたディック伯爵は出張所にバーテン付きで行き、金庫から2万ラス。迷惑をかけたからと8万ラスの合計10万ラスを抜き取った。

【後で返しておけばいい】


ディック伯爵は翌日、金庫の金を帳簿と照らし合わせるフリをしながら借りた10万ラスを戻した。


ここでやめておけば良かったのだ。


事業の関係者とはポロだ、酒だ、ウサギ狩りだと頻繁に会合と言う名前で寄合が行われていた。その中には「ツケ払い」の利かないモノがあり、「また戻しておけばいい」と安易に事業費を金庫から持っていくことが増えた。

金融商会に預ける方法もあったが、近隣対策費として金庫の中には数千万がいつも常備されていた。国王が急逝しサディス国王となったが公共事業にはまだ裏社会の人間が絡む事が多く、クレーマーなどはこの近隣対策費を使って彼らに鎮めてもらっていたため、現金が必要だったのである。


繁華街などでは金をバラまけば蝶たちはディック伯爵を持ち上げる。

途轍もなく気持ちよかった。店のNO.1ですらディック伯爵が来れば笑顔で迎えるし、時にアフターで2人きりの朝を迎える事も出来た。


回を重ねるごとに額は大きくなり、翌日に使った額を戻しておくことが出来なくなってしまった。
世の中には悪い知恵を授ける者がいる。

ディック伯爵にもエレナ夫人同様に悪魔の囁きがあった。


「事業費の色々な項目の予算を組みかえればいいんですよ」
「項目を?そんなことできない」
「出来ないんじゃないんです。やるんですよ。そうしないと横領で・・・ヘッヘッヘ」

両手の手首の内側を合わせて「捕縛」を意味する仕草をする悪魔。
ディック伯爵は言われるがままに数か月先の支払いとなっている項目の金を手前に書き込み、書類を改ざんするようになった。


誤魔化し始めると誰も気が付かない。
それもそのはず、数か月先に支払う金で今、業者に正規の支払いをしているのだから誰も文句は言わない。滞っていれば突き上げられただろうが、払うものを払って怒る者などいやしない。

こうなるとディック伯爵は更に味を占め、横領する額が大きくなった。


金がある所には羽虫が群がるというが数年バレなかったのはその使い道。

賭博や酒、女に貢ぎ始めると金遣いの荒さで直ぐに気付かれる。
ディック伯爵が嵌ったのは快楽ドラッグ。危険すぎる遊びだった。

エレナ夫人の投資マージンがどんどんと懐に舞い込む事もあり、ディック伯爵はの愛人を抱え、家を与えて住まわせると快楽ドラッグを貪った。

夫人に不貞だとバレた時、「魔が差した」「気の迷いだった」と言い訳をし、愛人と別れた‥‥のだが売人でもあった女性と切れるのは快楽ドラッグを知ったディック伯爵には無理だった。

ディック伯爵は逆キレした。

「とどのつまり、家の私財を溶かしたのはお前じゃないか!」

悪い事は重なるもので、夫人と大喧嘩をし、カトゥル侯爵に婚約解消を口約束した3日後。

出張所に抜き打ちで会計検査院が乗り込んできた。
従者からその事を知らされた時、ディック伯爵はまだ屋敷にいた。

「判った。直ぐに出張所に行く」

抜け目がないのか。
ディック伯爵は夫人が儲けている頃に横領した金の一部を隠してあり、会計検査院に誤魔化しは利かないため横領がバレるのも時間の問題。逃げると決めると早かった。

トンズラしたのだ。


アナベルが婚約を続行せねばならないのは、伯爵家当主であるディック伯爵の消息が掴めないから。
代行となったエレナ夫人にもアナベルを逃がすわけにはいかない理由もあったからだった。
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