あなたの瞳に映るのは

cyaru

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50:重なる過去

馬を走らせ、どのくらい時間が経っただろうか。

足の痛みもさることながら馬が駆ける事によって感じる揺れにもうどこが痛いのかも判らない。もしかすると痛みなど感じていないのではないかとすら思える。

やっと馬が足を止め、体が浮いた。
尻に土の湿った感触が伝わると、「まだ生きている」とトルデリーゼは感じた。


「リーゼ。痛い所はない?」

――全身だと思う――

答えたかったが、唇が震えて言葉が出て来ない。
ジュリアスは立ち上がるとポケットからハンカチを取り出し小川に浸した。
ついでにジュリアスは顔を洗い、頭に水を被り、浴びた血を洗い流した。

濡らしたハンカチが足首に当てられる。そっと置いたようだったが痛みが走り体が跳ねた。


「ごめんよ。痛かったよね。次はもっと優しくする」

濡れた髪の先から雫が落ちる。
顔を覗き込んでくるジュリアスに先程の狂気は一切なかった。

「ジュリアス殿下、戻りましょう?」

「どうして?僕と一緒は嫌?」

「そう言う問題ではありません。した事の後始末と責任を取らねばなりませんよ?」

「なら心配ない。僕、母上の宝飾品もいくつか持ってきた。ずっとリーゼに楽をさせてあげられるよ」


ジュリアスの言葉に1度目の人生。宝飾品を駆け落ちをする為に持ち出された事を思い出す。
あの時はバレリオに「何故欲しいなら欲しいと言ってくれなかった」と思った自分がいた。だが、今は違う。

「それはカドリア王国の民が汗水流し働いた血税で購入したものです。楽な生活をする為に使ってはならない国の宝です。持ち出したのであれば戻しましょう?」

「何故そんな事を言うの?叱られるだけだよ。それなら楽しく過ごして死んだ後に母上に生きるために使ったみたいですって言われた方が良いでしょう?リーゼは叱られたいの?」

今度は2度目の人生を思い出した。
プリシラにバレリオの死を知らされた時の事だ。

トルデリーゼには子供はいない。だが王妃にとってジュリアスは紛れもない我が子。愛する者の死を他者によって知らされる哀しみは誰も味わってはならない。

「死んだあと、残された者の悲しみや、やるせなさを考えたことが御座いますか?人は皆、何時かは天に召されます。ですがその時、残された人々が悲しむような生き方をしてはいけません。ね?殿下」

「ならリーゼはまた兄上の元に戻りたいの?僕の気持ちを考えてよ。手の届かないリーゼをいつもいつも思っているのに!また僕は我慢しなくちゃいけないの?どうして…僕ばかり…生きていたって絶望しかないよ」


あぁ、これは3度目の自分だ。トルデリーゼはジュリアスに過去の人生の自分を重ねた。
どんなに思っても、尽くしても思いが届かない相手に縋った自分。
絶対に手に入らないのだと絶望し自ら命を絶ったあの地下牢の自分と同じだ。トルデリーゼはぐっしょりと髪が濡れたままのジュリアスの頭を抱きかかえた。


「僕、何度も何度も同じ人生を繰り返しているんだ。いつも兄上たちには敵わない。1度目は末っ子王子は役に立たないって侯爵家で誰も相手にしてくれなくて、2度目も同じ侯爵家で頑張ったけどその程度かって言われて、3度目は侯爵家は嫌だって言ったら家を興されて…結局潰しちゃったんだ…。でも今度の人生はリーゼがいる。僕、今まで女の人を好きになった事なんかなかった。みんな王子だった僕を好きだっただけで僕を好きな人なんかいなかった。父上も母上も兄上も僕の事なんか愛してくれなかった。でもリーゼは僕の事を好きだと言ってくれた。粗相をしても優しくしてくれた」

「殿下…」

「リーゼ。僕、リーゼの事を本当に愛しているんだ。ねぇリーゼ。本当だよ?」

「殿下…ウゥゥっ…ごめんなさい。私っ…願ったばかりに…」

ジュリアスは愛して欲しいと切望した自分なのだ。
ジュリアスも4回目の人生を生きている。愛に縋って欲しがった自分がジュリアスに思えて仕方なかった。

「愛してるよ?リーゼ」

違う。ジュリアスは自分ではない。


トルデリーゼはジュリアスを抱きしめて嗚咽を洩らした。
トルデリーゼは「愛して欲しい」と切望をしたが、見返りもなく「愛そう」を相手をこれほどまでに願い、行動に出た事はなかった。

過去の自分はバレリオを愛していたように見えて、実は愛される自分を望んでいたのだ。
最初から対価として愛を望んだ気持ちに相手が応えてくれるはずがない。

「泣かないで。リーゼが泣くと僕は悲しい」

「うぅぅ~殿下…ごめん…ごめんなさい…あぁぁ…」

「どうして謝るの?リーゼは何も悪い事はしていない?痛いのか?」


一頻り涙を流せば、トルデリーゼは落ち着く事が出来た。
そしてゆっくりとアルフォンスの事を考えた。

あの日感じた優しさの違和感。もしかするとそれもアルフォンスの本当の気持ちかも知れない。そうでなければ身を挺し庇ってはくれないだろう。

「殿下、戻りましょう」

「嫌だ。絶対に引き離される。リーゼと離れたくないんだ」

「殿下、共にあるために戻るのです」

「共にあるため‥‥?」

「そうです。目の前にいるから一緒ではありません。離れていても相手を思う気持ちがあれば何でも乗り越えられます」

「嫌だ。リーゼは僕の事なんか忘れてしまうんだろう?」

「忘れません。わたくしも4回目の人生を生きてます。殿下と同じように前の3回はどうしてだろうとやり直すたびに足掻きました。でもこの4回目の人生は大きく変わりました。忘れようにも忘れられませんわ」

「同じなんだね。そうか…リーゼも同じなんだ。判った。リーゼと帰る。でもその足じゃ…きっと歩けないと思うよ」


朝になり、太陽の上る方向に2人はゆっくり歩き始めた。
トルデリーゼが歩けなくなればジュリアスは肩を貸し、それでも限界が来れば背に負うて森を抜けた。

2人が見つかったのは1週間後の事だった。
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