上 下
50 / 53
二章 旅立ちの日

50.増殖する手足

しおりを挟む
『んん―――いやはや、あの中はどうも窮屈でニャ。しかしお主、随分変わった魔法を使うのう』

 そう言うチャロの目線は、僕が持つ金属球に向けられている。
 爛々と輝かせた目線が向けられ、尻尾はゆらゆらと揺れていた。
 虎視眈々、チャロの姿を見て、僕の頭にその言葉が浮かんだ。
 今の光景ほど、この虎視眈々という言葉が似合う場面はないだろう。
 猫は球場の物や、ひらひらした物が好きだという。
 きっとチャロは金属球を見て、内に眠る猫の本能が騒ぎ立てているのだろう。
 ようは遊びたいんだ。
 僕はそう思った。

「……よし」

 僕は金属球から一本の細い糸を伸ばして、掌に巻きつけた。
 そして金属球をゆっくり、するすると糸を伸ばしながらゆっくりと下ろしてみた。

『フゥーー……(ニャ、ニャニをする……』
「んー? どうしたー?」
『グニニ……オニャウニャロラロ……(くっ……抗えぬ! 身体の奥底から湧き上がる情動がっワシを蝕んでいく!』

 苦しんでいるような楽しんでいるような、そんな妙な呻き声を上げているチャロの眼前に降りてゆく金属球。
それに合わせて、チャロの視線もゆっくりと降りてゆき、呻き声のトーンも上がっていく。

「それ」
「ニャッ!」

 手首で反動を付け、チャロの目の前で金属球を揺らしてみると、チャロは素早く前足を動かして金属球を弾いた。
 弾き、追い、飛びかかり、咥え、離し、また弾いて飛びかかる。

「ほれほーれ、まだあるぞ」

 同じ物をもう一つ生成し、チャロを弄び始める僕。
 仕方ない、だって可愛いんだもの。

「ウニャッ! ウニャニャニャ!(にゃめろ! フォオオ! おのれパステト! 猫神の分際でワシにニャにをした!)」

 自称暗黒神の爪であるというのに、猫という本能に抗えないチャロは見ていてとても可愛いらしい。
 猫神とかパステトとか言ってるけど、僕にとっては何のことやらさっぱりだが、きっと僕の知らない神同士の交流があるんだろう。
 猫を崇めている地域もあると聞くし、きっとそこらへんの話だろう。

「ニャッ! ニャロロロ!(ふっ! はぁっ! お主貴様! ワシを弄ぶでニャい!)」

 今は金属球を四つに増やし、チャロの周りをくるくる移動させている所だ。
 弾いたり蹴ったりしたとて、金属球は糸で繋がっているのでどこかにいったりはせず、弾けば戻り蹴れば戻りと、チャロを見事に翻弄していた。

「フォオーー!(おのれ洒落臭い! ワシの本気を見せてやるわい!)」

 と言ったチャロは一度僕から距離を取り、一声ニャッ! と鳴いて体を弓のようにしならせた。
 そして次の瞬間――。

「ニャオウニャニャニャニャア!(ホォォオアタタタァ!)」

 チャロは一気呵成に飛びかかり、今までとは段違いの速度で金属球に手を伸ばした。
 そして――。

「ナォーーゥ!(ふっ、勝った!)」

 計四つの金属球は全て、チャロの手の、いやチャロのぷにぷにの肉球に挟み込まれていた。
 ――一対ずつの手に。

「勝ったじゃなーーーい!」
『ぬ? ニャんじゃ! 文句でもあるのか!』
「大有りだわアホぅ! 外で何してんだ!」

 地面にごろりと横たわり、やり切った、みたいな表情をしているチャロ。
 その腹部からはなんと、長さも太さもバラバラな二対の猫の手が伸びていた。
 四対の猫の手の中にしっかりと握られた金属球。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,493pt お気に入り:267

旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,061pt お気に入り:183

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:5,367pt お気に入り:16

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,025pt お気に入り:19

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,087pt お気に入り:245

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,055pt お気に入り:3,852

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,875pt お気に入り:458

小さいぼくは最強魔術師一族!目指せ!もふもふスローライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,492pt お気に入り:142

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:178

処理中です...