偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

文字の大きさ
17 / 53
本編

17 処刑された、はずだった

しおりを挟む













『ごめんなさい』























 歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。





 無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた気がしたけど、それは気のせいなのだと思う。

 そんなものを感じ取れるはずがない。

 きっと、自分の首が落ちた衝撃でそう感じたのだと思っていた。

 まだそんな事まで考えられるのは驚きだったけど。

 私はまだ、意識が繋がっていた。

 ほんの一瞬だけ思考が途切れただけで、何の痛みもなく、今も自身の存在が消えてないことを認識している。

 いや、それだけじゃなくて、痛みは感じないのに他の感覚はあった。

 体の下が冷たかった。

 首を落とされても、まだ何かを感じ取ることができるのか、体の下が冷たく、そして硬かった。

 驚きはまだ続く。

 目を……開けることができた。

 何かが見える。

 石畳?

 灰色の敷き詰められた石。

 隙間には、茶色の土や泥も見える。

 ひんやりとした地面に横たわっていたようだ。

 薄暗い場所。

 ここは、何?

 死後の世界と呼ばれているもの?

 そうでなければ、何かが見えることがまずおかしいし、冷たいと感じる感覚がおかしい。

 おかしいのはそれだけじゃない。

 意識を向けると、ピクリと手が動いた。

 動いた両手が少し小さいように感じる

 自分の手ではない違和感に、気持ち悪くなる。

 その手を見ると、何か文字が書かれていた。

 頭を持ち上げ、手の平を見つめる。

 頭を持ち上げられる事に、さらに戸惑いと恐怖を覚えても、手の平に視線は縫い止められていた。


 “ごめんなさい”


 そう書かれている文字に。

 知らない筆跡。

 誰が、誰に宛てたものなのか。

 これは、誰の手?

 私の意思で動くのに、私のものではない手。

 体も。

 ゆっくりと起き上がり、立ち上がってから、自分の体を見下ろす。

 首と胴体が繋がっているのはもちろんだけど、少女?女性?の体だ。

 服装も、罪人が身にまとうものではない。

 こんな服を着た覚えがない。

 私が死ぬ間際に着ていたのは、ボロボロのただの布切れだった。

 今は、平民が着るような質素な旅用の服だけど、汚れていて本来の素材が分かりにくい。

 あちこちが擦り切れていて、何度も繕った跡がある。

 持ち物は、腰に小さな短剣が刺さっていた。

 足元にはインクの付いたペンが落ちている。

 他のものはない。

 何の手掛かりもない。

 自分の身の上に起きたことがわからない。

 顔を上げると、通りが見える。

 薄暗いここは建物と建物の間の隙間のようだ。

 一歩足を踏み出し、通りの方へ出てみる。

 顔を向けると、少し先に私が殺されたはずの処刑場が見えた。

 陽の傾きからして、正午の処刑時間よりも少し経っているようだ。

 ここはその処刑場から奥まった所に入った路地裏だった。

 ここから見える広場は、もうすでに人はまばらでほとんどいない。

 簡素に設置された台が見えて、その上に歪な形の丸いものが置かれていた。

 

 これは、現実なの?

 視線の先に私の亡骸があるのに、ここにいる私は一体誰なのか。

 混乱。

 混乱しかない。

 何が、どうなったのか。

 私は死んだのではないの?

 いや、死んだはずだ。

 死ぬことができたはずだったのに。

 切り落とされた頭部が、あそこに存在しているのに。

 周りを見回しても、誰もいない。

 は一人だ。

 何かを尋ねることもできないし、何と問いかけたら良いのかも分からない。

 

 人に話しかけるなど、怖くて出来るはずもない。

 あの群衆の狂気に満ちた顔が、脳裏に焼き付いている。

 怖い。

 悪意に満ちた視線。

 自分のモノではないのに、心に連動して震える体を抱きしめる。

 殺された間際の恐怖が思い出されて、また体が竦む。

 せめて鏡が見たい。

 でも、それを確認したところで、分かることもそんなにないのは分かっていた。

 未だ混乱から回復していない。

 何が起きたのか、私には何一つわかる事がないのだから当然だ。

 ふらふらと引き寄せられるように処刑場がある広場へ向かっていた。

 すれ違う者はなく、を避けるように数少ない人達は移動していた。

 ポツンと、野晒しにされている自分の首を見つめる。

 あれだけ残酷な行為に対して歓喜の声を上げていた者も、コレを視界に入れるのは耐え難いものがあるはずだ。

 その目は閉じられていて、すでに顔はどす黒く変色している。

 惨たらしい自分の死体を見て、最早、涙すら浮かんでこない。

 間も無く上空に飛び交う鳥達が、を啄みにくるだろう。

 さらにここに醜いものを晒すことになるのか。

 何故、私にこんな光景を見せつけたいのか。

 主神様はいくら聖女と言えど、個人に加護は与えてくれない。

 そして今も、呼びかけても答えてはくれない。

 何故、こんな運命を迎えたのか。

 人のせいにも神のせいにもしたくなる。

 17歳と11ヶ月。

 首を落とされて、私の不運な生はここで終わりではなかったのか。

 この広場で体験したあの恐怖を思い出し、また体が竦む。

 これ以上、何の苦痛を私に与えようと言うのか。

 これから世界の半分は崩壊に向かうはずなのに。

 それが私の復讐になるはずだったのに。

 私という存在がいるせいで、まだ決定的な異変は起きていない。

 どんよりとした空が相変わらずなだけで、それだけならよくある天候とも言える。

 姿は変わっても、未だ聖女としての力は失われていないのはわかる。

 いくら力があっても、自分自身を守れやしないのに、何故まだこの力は失われていないのか。

 私はもう何かを守るつもりはないのに。

 それともこれは、壊れた心が見せた幻の世界なのか。

 実際の私はまだ死んでいなくて、酷い拷問による苦痛の中で、正気を手放したのではないか。

 でも、この臭いは……

 辺りに漂う死臭も幻だというのか。

 耐え難い腐敗臭と、血生臭い匂いは、から生み出されたものだ。

 醜い私の頭部から漂っているものだ。

 それを意識した途端にこみ上げてくるものがあって、堪らず口を押さえる。

 に背を向けて、さっきの路地裏まで駆け出していた。





しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。

ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」  そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。  真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。 「…………ぷっ」  姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。  当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。  だが、真実は違っていて──。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く

基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」 王太子は女を突き飛ばした。 「その恩も忘れて、お前は何をした!」 突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。 その姿に王太子は更に苛立った。 「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」 「ソル…?」 「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」 王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2025年10月25日、外編全17話投稿済み。第二部準備中です。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...