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本編
17 処刑された、はずだった
しおりを挟む『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた気がしたけど、それは気のせいなのだと思う。
そんなものを感じ取れるはずがない。
きっと、自分の首が落ちた衝撃でそう感じたのだと思っていた。
まだそんな事まで考えられるのは驚きだったけど。
私はまだ、意識が繋がっていた。
ほんの一瞬だけ思考が途切れただけで、何の痛みもなく、今も自身の存在が消えてないことを認識している。
いや、それだけじゃなくて、痛みは感じないのに他の感覚はあった。
体の下が冷たかった。
首を落とされても、まだ何かを感じ取ることができるのか、体の下が冷たく、そして硬かった。
驚きはまだ続く。
目を……開けることができた。
何かが見える。
石畳?
灰色の敷き詰められた石。
隙間には、茶色の土や泥も見える。
ひんやりとした地面に横たわっていたようだ。
薄暗い場所。
ここは、何?
死後の世界と呼ばれているもの?
そうでなければ、何かが見えることがまずおかしいし、冷たいと感じる感覚がおかしい。
おかしいのはそれだけじゃない。
意識を向けると、ピクリと手が動いた。
動いた両手が少し小さいように感じる
自分の手ではない違和感に、気持ち悪くなる。
その手を見ると、何か文字が書かれていた。
頭を持ち上げ、手の平を見つめる。
頭を持ち上げられる事に、さらに戸惑いと恐怖を覚えても、手の平に視線は縫い止められていた。
“ごめんなさい”
そう書かれている文字に。
知らない筆跡。
誰が、誰に宛てたものなのか。
これは、誰の手?
私の意思で動くのに、私のものではない手。
体も。
ゆっくりと起き上がり、立ち上がってから、自分の体を見下ろす。
首と胴体が繋がっているのはもちろんだけど、少女?女性?の体だ。
服装も、罪人が身にまとうものではない。
こんな服を着た覚えがない。
私が死ぬ間際に着ていたのは、ボロボロのただの布切れだった。
今は、平民が着るような質素な旅用の服だけど、汚れていて本来の素材が分かりにくい。
あちこちが擦り切れていて、何度も繕った跡がある。
持ち物は、腰に小さな短剣が刺さっていた。
足元にはインクの付いたペンが落ちている。
他のものはない。
何の手掛かりもない。
自分の身の上に起きたことがわからない。
顔を上げると、通りが見える。
薄暗いここは建物と建物の間の隙間のようだ。
一歩足を踏み出し、通りの方へ出てみる。
顔を向けると、少し先に私が殺されたはずの処刑場が見えた。
陽の傾きからして、正午の処刑時間よりも少し経っているようだ。
ここはその処刑場から奥まった所に入った路地裏だった。
ここから見える広場は、もうすでに人はまばらでほとんどいない。
簡素に設置された台が見えて、その上に歪な形の丸いものが置かれていた。
頭部だ
これは、現実なの?
視線の先に私の亡骸があるのに、ここにいる私は一体誰なのか。
混乱。
混乱しかない。
何が、どうなったのか。
私は死んだのではないの?
いや、死んだはずだ。
死ぬことができたはずだったのに。
切り落とされた頭部が、あそこに存在しているのに。
周りを見回しても、誰もいない。
私は一人だ。
何かを尋ねることもできないし、何と問いかけたら良いのかも分からない。
嫌。
人に話しかけるなど、怖くて出来るはずもない。
あの群衆の狂気に満ちた顔が、脳裏に焼き付いている。
怖い。
悪意に満ちた視線。
自分のモノではないのに、心に連動して震える体を抱きしめる。
殺された間際の恐怖が思い出されて、また体が竦む。
せめて鏡が見たい。
でも、それを確認したところで、分かることもそんなにないのは分かっていた。
未だ混乱から回復していない。
何が起きたのか、私には何一つわかる事がないのだから当然だ。
ふらふらと引き寄せられるように処刑場がある広場へ向かっていた。
すれ違う者はなく、そこを避けるように数少ない人達は移動していた。
ポツンと、野晒しにされている自分の首を見つめる。
あれだけ残酷な行為に対して歓喜の声を上げていた者も、コレを視界に入れるのは耐え難いものがあるはずだ。
その目は閉じられていて、すでに顔はどす黒く変色している。
惨たらしい自分の死体を見て、最早、涙すら浮かんでこない。
間も無く上空に飛び交う鳥達が、コレを啄みにくるだろう。
さらにここに醜いものを晒すことになるのか。
何故、私にこんな光景を見せつけたいのか。
主神様はいくら聖女と言えど、個人に加護は与えてくれない。
そして今も、呼びかけても答えてはくれない。
何故、こんな運命を迎えたのか。
人のせいにも神のせいにもしたくなる。
17歳と11ヶ月。
首を落とされて、私の不運な生はここで終わりではなかったのか。
この広場で体験したあの恐怖を思い出し、また体が竦む。
これ以上、何の苦痛を私に与えようと言うのか。
これから世界の半分は崩壊に向かうはずなのに。
それが私の復讐になるはずだったのに。
私という存在がいるせいで、まだ決定的な異変は起きていない。
どんよりとした空が相変わらずなだけで、それだけならよくある天候とも言える。
姿は変わっても、未だ聖女としての力は失われていないのはわかる。
いくら力があっても、自分自身を守れやしないのに、何故まだこの力は失われていないのか。
私はもう何かを守るつもりはないのに。
それともこれは、壊れた心が見せた幻の世界なのか。
実際の私はまだ死んでいなくて、酷い拷問による苦痛の中で、正気を手放したのではないか。
でも、この臭いは……
辺りに漂う死臭も幻だというのか。
耐え難い腐敗臭と、血生臭い匂いは、私から生み出されたものだ。
醜い私の頭部から漂っているものだ。
それを意識した途端にこみ上げてくるものがあって、堪らず口を押さえる。
私の頭部に背を向けて、さっきの路地裏まで駆け出していた。
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