偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

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本編

19 愚かな者達

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 処刑場として使用された広場から離れ、路地に入ると、肩で息をしていた。

 吐くのは何とか堪えて、胸を押さえて気持ちを落ち着かせる。

 喉の奥が重い。

 これが現実なのだという事だけは分かったけど、自分の置かれた状況も、これから何をすればいいのかも分からない。

 私がここにいてはいつまでもこの国は聖女の恩恵を受けてしまう。

 国から、大陸から、離れたい。

 いっそのこと、もう一度死ねば……

 何の為にこの体で生きているのか分からないのだ。

 そんな事を考えながら、広場から逃げるようにアテもなく歩いていると、物陰からすっと出てきた足に引っかかって、およそ綺麗とは言えない地面に、体が倒れ込む。

 膝と、地面についた手に痛みが走り、あれだけ痛めつけられたのに、慣れることはないのだと改めて嘆く。

「痛いな、お嬢ちゃん。俺の足を痛めつけて、どうしてくれるんだ」

 目の端に涙を滲ませていると、明らかに身なりの良くない男達に囲まれていた。

 ニヤニヤと、値踏みするように私を見ている。

 地面に手をついたまま、髪を掴まれ、顔を覗き込まれる。

 嫌な笑いを浮かべた強面が間近に迫り、引っ張られた髪が痛くて、また、私は痛みに晒されるのかと苦悶に顔を歪めていた。

「身代金が取れなければ、どこかに売るのもいいな」

 勝手に金勘定を始める始末だ。

「その前に、体の具合を確かめるのもいいな。血を見たら、興奮しちゃってさぁ。若い女が殺されて血を流す姿が、あんなにも興奮させてくれるとは思わなかったな」

 地面に押し倒される。

 瞬時に、これから起こる事を悟る。

 どうしようもない者達。

 救う価値などない、愚かな者達。

 ボーッと、私を押し倒している男の背後の空を見上げていた。

 灰色の空。

 晴れ間は見えない。

 こんな者達に、加護など、与えたくはない。

 何故こんな目に遭わせるために、私をまだ存在させているのか。

 どこまで、私を痛めつければ気が済むのか。

 もう、これ以上の苦痛の中で生きたくはない。

 身知らぬ男達に穢されることを受け入れたくはない。

 例え、他人の体だったとしても。

 私にできることは、

 私にできることは……

 あの悲惨な拷問の最中でも自死を選ばなかったんだ。

 こんな男達にくれてやるものなんかない。

 グッとお腹に力を入れ、私の肩を押さえつけている男の腕に、思いっきり噛みつく。

 悲鳴をあげて腕を引っ込めた男を蹴り付けて、その下から逃れ、地面を転がるように走り出す。

 抗ってまで生きたいわけじゃないのに、それでも体は動く。

 必死に足を動かす。

 追ってきている男達を一瞬振り返って見たのがいけなかった。


「ふぶっ」


 正面にいた誰かに思いっきりぶつかり、そして抱き止められ、一瞬の間に外套の中に引き寄せられる。

 視界が薄暗くなった途端に、


「この国は、どこまでも、腐っているな」


 知らない男の声が頭上からした。

 いつぶりか分からない、人の体による温かなものに、守られるように包まれる。

 複数人いるこの人達がどんな人かもまだ分からないのに、妙に心地良いものだった。


「うぁ、ぐっ」


 ほんのわずかな間に、くぐもった悲鳴が聞こえ、血飛沫が飛び散ったのが、隙間から見えた。

 おそらく、この外套も血で汚れていると思う。

 この人達は、躊躇なく人を殺すことができる人達。

「レイン、時間をかけるな」

 今度は、別の男の声がした。

 ドサドサと、人が倒れる音が立て続けに聞こえ、覆っていた外套が外され視界が明るくなると、そこには多くの血溜まりと、倒れて動かない男達の姿があった。

 それらを前にして、呆然と立ち尽くす。

 剣をしまった男と目が合うと、何故かニヤリと不敵な笑いを向けられる。

 年上だけど、まだ若い。

「レオン。お嬢ちゃんが困っているぞ」

 守るように私の肩に腕を回していた人は、ボーッと広場の方を見つめていたけど、名前を呼ばれたことにより、ようやく私の肩から腕を離した。

 この場にいる男達は、5人。

「遅かったか……では、あの地震も関係があるのか」

「聖女を処刑などと、狂気の沙汰だ。おそらく全ての前触れだろう」

「ここが真っ先に戦場となり、滅ぼされるだろうな」

「それも、この国の愚か者達が選んだ末路だ」

 この人達は、何を話しているのだろう。

「レオン、自棄になるなよ」

「ならない」

 私のすぐ間近にいる、レオンと呼ばれた人がこの中で一番若い人だ。

 さっきも今も、悲しげな顔で広場の方向を見ていた。

 そして、また思い出したかのように私に言った。

「大丈夫か?怪我はないか?必要なら、家族の元へ送り届けるが」

 “レオン”から少し離れる。

 改めて顔を見上げると、黒い髪に黒い瞳の、穏やかな雰囲気をもつ青年だ。

 ただ、鍛えてあるのだろうその体型は、平均よりは大きい。

 殺された時の私の年齢と変わらないように見える。

 そもそもこの体は一体、何歳なんだろう。

「相変わらずのお人好しだな、レオン」

「世の中の人間全てを救えないぞ。ましてや、この国の人間を救ったところで」

「星の聖女、エルナトを救えなかったように」

 言外に放っておけと、男の人達は口々に言うけど、

「目の前にいる一人くらいは救える。せめて。それに、選べばいいだけだ。家族と最期を迎えるかどうかは」

 この人はゆずらなかった。

 そして、やはり意味は分からなかった。

 男達が全員一斉に、私のが晒されている広場を向いた。

「むごい事を……」

「何故あそこまでの事ができるのか」

 彼らは一体何者で、どうしてエルナトを気にかけているのだろうか。

「俺はもう少し調査してくる。港が封鎖されるまでには戻るつもりだ。お前たちは、そのオマケの子をどうにかして、その後は先に戻って報告だ。急げよ。時間はないぞ、レオン」

「分かった。歩けるか?」

 レオンが、私に手を差し出してくる。

 港を、封鎖?

 この人達は船に乗るの?

「喋れないのか?怖い思いをして、言葉が出ないのだな。ここは危険な場所になる。君はどうする?家族は、帰る場所はあるのか?」

 未だに喋らないでいた私に、さらに丁寧に問いかけられたから、首を振って答えていた。

「なら、俺達と来るか?」

 レオンがそれを言った途端に、

「おい、連れて行くのか?」

「代わりにはならないんだぞ」

 止めようとする人がいれば、

「レオンの好きなようにさせてくれ」

 レインと呼ばれていた、唯一剣を抜いた人がさらにそれを止めた。

 何処に行くつもりなのだろう。

 私をどこに連れて行く気か分からないけど、どうせなら、こことは違う大陸に連れて行ってくれればいいのに。

 そうすれば、この国を中心とした大陸の大半が、禍に見舞われて混乱に陥る。

 例え私が連れて行かれた先で、また酷い目に遭うとしても、この国の最後を見届けることができる。

 私の沈黙を肯定と捉えたのか、レオンは、私を気遣いながら手を引いて歩いていく。

 目立たないように王都を抜ければ、馬を預けていたようで、それに乗って港を目指していた。

 レオンは、私を自分の後ろに乗せて、手綱を器用に操る。

 私が王都から離れて行くほどに、星が動き、この国から様々な加護が離れていくのが手にとるように分かった。


 “星”は大気に潜む精霊達。


 その中の凶星は居座り続けて、災はこの大地に降り注ぐ。

 厚い雲に覆われた国を背にして、レオン達一行はどんどん離れていく。

 密かに私が願う通りに。





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