偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

文字の大きさ
20 / 53
本編

20 未知の生物が落ちてきた

しおりを挟む
 カポカポと、馬の歩みがゆっくりなものとなった。

 周りはのどかな田園風景で、濃い緑が辺り一面に広がっている。

 ほとんどを大聖堂の敷地内か、暗い牢獄の中でしか過ごしていないから、緑が広がる光景は、新鮮なものではあった。

 相変わらず空はどんよりとして、分厚い灰色の雲が今にも落ちてきそうだけど、私がここにいる以上は、厄災の影響はこの辺では感じ取れない。

「少しは、落ち着いたか?もう聞いたとは思うが、俺の名前はレオン。レオン・ディール。ある国の傭兵団に所属している。名前は?教えてくれないか?」

 レオンは、前を向いたまま話しかけてきた。

 家名……

 この人はわざわざ家名を名乗った。

 それなりの身分の人?

 いや、でも、それは分からない。何とでも言える。

 確かめる手段のないその真偽よりも、私の名前……

「…………シャーロット」

 教会側が勝手に用意した名前ではない。

 私が生まれた時に、主神様が与えてくれた名前だ。

 両親もそれを聞いたから、シャーロットと名付けてくれた。

 でも教会は、高貴な者を意味するシャーロットを名乗らせてはくれなかった。

 教会の用意した、エルナトと呼ばれていた。

 シャーロットと、名乗れることが嬉しい。

 初めて発した言葉は、やはり自分のものではない、少しだけ高い声だった。

「シャーロットか。長旅になるから、疲れて具合が悪くなったりしたら、遠慮なく教えてくれ。できるだけ負担のないようにするつもりだけど、なにぶん荒くれ者の集まりだから」

 会ったばかりの拾い物の私に、気遣い溢れる、どこまでも優しい声がかけられる。

 私を油断させて、懐柔するためのものなのかどうなのかは、判断ができない。

 ここで殺してくれても、それは構わない。

 私の生死は、もう、どうでもいいことだ。

 ただ、この体で目覚めた時ほどの、人に対する恐怖は感じられなかったから、私の方からもレオンに話しかけていた。

「どこに、行くのですか?」

「アースノルト大陸だ。海を渡るから、それなりに時間はかかる」

 月の大陸とも呼ばれているもう一つの大陸に行ける。

 それは、願ってもないことだった。

 これで確実に、この大陸は終わる。

 この人達は、港が封鎖されると言っていた。

 と言うことは、あの大陸は、こっちの大陸からの亡命者を受け入れるつもりはないのだ。

 どこにも逃げることが叶わない星の大陸の者達は、わずかな領地や食料を巡って、戦争が、大きな争いが、この大陸内の至る所で起きるはず。

 それは、この世の終わりのような光景が広がるのではないかな。

「俺が最後まで面倒を見るから、心配しなくていい」

 レオンは、私の沈黙を何と思ったのか、見当違いなことを言っている。

「そこまで貴方の重荷に、なるつもりはありません」

「いや、重荷どころか、軽すぎだろ。今までちゃんと食べていたのか?俺は絶対にシャーロットを飢えさせたりはしない。覚悟していろよ」

 覚悟とは?

 やっぱり、見当違いな言葉に首を傾げていたけど、その言葉の意味はすぐに分かることになる。

 レオンは、休憩のたびに私にアレコレ食べさせようとする。

 投獄されていたあの一ヶ月で、まともな食事をもらえなかったから、私の味覚はすっかりおかしくなっていた。

 それは精神的なものなのか、誰のものか分からないこの体でも、食べ物が美味しいとは思えなかったのだ。

 休憩中にレオンからもらった食事を、こっそり捨てようとキョロキョロ辺りを窺っていた。

 木々が目隠しとなっているここなら捨てられるんじゃないかなと、そこに足を向けた瞬間、


「ぴぎゃっ」


「ひゃっ!?」


 上から突然白い物体が降ってきて、驚いて尻餅をついていた。

 捨てるつもりだったお皿の中身は、転んだ拍子にその辺に撒き散らしてしまっている。

 そして、投げ出された足、膝の上では、白い何かが団子みたいに丸まって、ぷるぷると震えていた。

「シャーロット!何があった!?」

 レオンがすっ飛んで来て、周りを警戒するように見渡している。

「ご、め、んなさい。何か、上から降ってきて、驚いて……」

 膝の上の白い物体をおそるおそる片手で持ち上げると、白ではなくて、薄い茶色の小動物だった。

「チンチラだな」

 レオンはこれを一瞥しただけで、その正体が何かを教えてくれた。

「チンチラ?ですか?」

「その辺にいる、野生の生き物だ」

 チンチラと呼ばれたものは、手の中から抜け出すと、私のお腹辺りにしがみつき、そこから離れない。

 耳を凝らすと、キュッキュぷっぷと鳴き声らしきものが聞こえる。

 レオンも引っ張ってみたけど、やっぱり器用に私にしがみ付いて離れなかった。

「しょうがない。そろそろ出発の時間だから、そいつも一緒に連れてきたらいい」

 レオンは、お人好しすぎじゃないかな。

 小動物まで拾っていくつもりなのか。

 でも、より面倒なを拾っていくくらいだから、小動物くらい大したことないのか。

 それとも、非常食にするつもりなの?とも、思わなくもない。

 しがみ付いたままのチンチラを見ると、丸みのある耳をピンと立てて、小さな鼻をヒクヒクさせて私の匂いを嗅いでいるように見えた。

 野生の動物は、こんなに人慣れするものなの?

「なんだ?今度は動物か?」

 レオン以外で、唯一私に話しかけてくるレインさん(残りの二人は、私がいないものと思っているようだ)が、チンチラを覗き込んでくる。

 レインさんが木に寄りかかってそこにいたのは、私の悲鳴を聞いてレオンの後を追ってきたからなのか。

「レオンがオヒトヨシなのはいつもの事だ。ソイツの名前を決めないとな」

「名前を……?」

 レインさんの物言いから、レオンが動物を拾うことはよくあるようだ。

 名前か……

 チンチラ

「チン……」「やめてください」

 なんだかレインさんが不穏な名前を口にしそうで、途中で遮ってしまっていた。

 そのレインさんは、ニヤニヤしながら私を見ている。

 人をからかって楽しみたいのか、ほんの少しの間で、何となくだけど、この人がどういう人なのか知ることができた。

 躊躇なく人を殺すくせに、随分と軽く、飄々としたところがある。

 そんな性格だから、逆に簡単に人を殺めることができるのか。

 こんな人がレオンの兄だと言うのだから、やはりレオンも信用するべきではない。

 どうせ私も利用しているだけであって、月の大陸へ渡ることができれば、この人達ともそこでお別れだ。

 港町あたりで姿を眩ませたら、追ってはこないはずだ。



「モフー」



 この先のことを考えていると、唐突に後方から意味がわからない言葉が聞こえた。

 それを言ったのはレオンのようだけど、

「おめでとう。そいつの名前はモフーになったようだな」

 ポンっと、レインさんに肩を叩かれて、ようやく意味を理解できたところだった。






しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。

ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」  そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。  真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。 「…………ぷっ」  姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。  当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。  だが、真実は違っていて──。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く

基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」 王太子は女を突き飛ばした。 「その恩も忘れて、お前は何をした!」 突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。 その姿に王太子は更に苛立った。 「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」 「ソル…?」 「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」 王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2025年10月25日、外編全17話投稿済み。第二部準備中です。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...