28 / 53
本編
28 あの人が来た
しおりを挟む
人違い騒動の翌日。
朝食の時間を終えたばかりの野営地内は、昨日よりもさらに賑やかと言うか、騒々しいことになっていた。
団長の執務室を兼ねている大きなテントの周りで、見たことがないほどの人だかりができていた。
騎士以外の者の姿が目立つけど、商人とも違うようだ。
一体、何があったのだろうと遠くから眺めていると、その中に信じられない人の姿を見つけた。
あの人がいたのだ。
王太子妃アリーヤ。
何でここに。
逃げてきたの?
王太子も一緒?
バージルのあの冷えきった視線と投獄された時のことを思い出し、身震いしていた。
「シャーロット、どうした?顔色が悪いぞ」
目敏いレオンが心配そうに駆け寄ってきてくれるけど、事情なんか話せるはずはない。
「ううん、何でもないです。ただ、また今日も人が多いなって、驚いただけです」
「ああ。あの集団は、ドールドランからの使者だ。妙な事を話す人がいて、ちょっとした騒ぎになっているんだ」
「妙なこと?」
「ロズワンド王国から正式な使者としてここに訪れているんだが、エルナトは生きていると。自分達が処刑した挙句に死体を野晒しにしておいて、何を言っているんだと思うが、エルナトは生きているから、彼女の後を追って、精霊がこちらの大陸に移動してきたと。だから探すのに協力してくれって、意味がわからないだろ?」
一体、何を言っているのだろう。
何がしたいのだろうか。
「その使者達は、もし聖女エルナトが生きていたとして、彼女に何と言うつもりでしょうか。処刑は間違いだった。だから大陸を救ってくれと、言うつもりでしょうか」
「そのつもりなら、狂っているな」
眉間に深い皺を刻んでいるレオンに、同意する。
何を考えてここに来ているのか、全く理解できなかった。
遠くからまた集団を眺めていると、使者達はとうとう追い返されるようだ。
「私は、エルナト様に謝らなければならないのです。償わなければ」
あの人が必死になって叫んでいるのが聞こえてきたけど、今さら謝るとか償うとか、処刑しておいて取り返しがつくものではない。
そんな事よりも、王太子妃としてもっとしなければならないことがあるんじゃないかな。
民の避難を誘導してあげたり、食料を配給制にしたり。
低地に住む人は、もう住む所を失っているはずだ。
使われていない貴族の屋敷の一部を、救護所として開放してあげてもいいと思う。
ああ、でも、いくら使わないといっても、あの貴族達が許さないか。
それを説得してまとめあげるのも、役割の一つではないのかな。
貴族からの信頼が厚い聖女様なのだから。
自分が望んでその地位に就いたのだから、ちゃんとその役割を果たせばいいのに。
私にとって、あの人の存在はあの大陸に住まうその他大勢と同じで、どうでもいいものだ。
早くドールドランに戻って、あの大陸と運命を共にすればいい。
もう興味がないと、調理場へ戻りかけた時だった。
「イリーナ!イリーナ、貴女、無事だったのね!?」
突然、あの人が私を見て叫んだ。
何?
あの人は、この体の持ち主さんと知り合いなの?
「お願い、向こうに行かせて。あの子は、私の妹なの」
はい……?
「シャーロット。あの女性は、君の姉君か?」
レオンが向こうを警戒するように尋ねてきたから、
「ううん。会ったことはない。知らない人」
そう答えたし、そう答えるしかない。
あの人が制止を振り切ってここまで駆けて来たから、反射的に身構えていた。
「イリーナ」
「王太子妃殿。彼女は昨日もそのイリーナに間違えられていたが、赤の他人だ」
レオンが私を背に庇って言ってくれた。
「そんな、私が妹を間違えるはずがありません」
アリーヤは焦燥を滲ませレオンに詰め寄るけど、焦るのは私も同じだ。
「私は、貴女の事を知りません。私に家族はいません」
赤の他人だとはっきりと宣言したのに、アリーヤは諦めなかった。
「きっと、記憶の混乱がおきているのよ。原因は分からないけど、背中を、背中の“民”の証を見れば。それに、貴女の周りにどうしてそんなに精霊がいるの?その事に関係があるの?」
内心で最早怒りを覚えていた。
この人はどこまで私を追い詰めるつもりなのか。
この人のせいで、また私がどんな窮地に立たされるか、想像することもできないのだろう。
余計な事を言うなと怒鳴りつけたくなる衝動を、手を握りしめることで抑える。
「これ以上ここで騒ぎを起こすようなら、強制的に排除する」
「形見を、母から預かった形見のナイフは持っていないの?イリーナ、何か脅されているの?貴女がこんな所にいるだなんて、ずっと貴女のことを探していたのよ?」
私を捕らえるように腕が伸ばされたから、思わずレオンの背中にしがみつく。
その手から、何かを奪われそうで恐怖した。
「いい加減にしろ!この子が怯えているのが、分からないのか!」
レオンが怒鳴り声を上げた事により、間に入ってきた別の人物がいた。
「アリーヤ、落ち着くんだ!その子は関係の無い子だ。これ以上のここでの騒ぎはマズイ!」
昨日のあの商人が、アリーヤの腕を引いた。
「エンリケ、でも」
「少なくとも今、この子が俺達を見て怯えているのは確かだ。行こう。王太子殿下がお待ちだ」
アリーヤは渋々ながらも、エンリケと呼ばれた商人と共に向こうに戻って行ったけど、何度も私の方を振り向いていた。
その視線を受けて、無意識のうちに体が震えていた。
まだ、レオンの背中にしがみついたままだった。
「シャーロット、もう大丈夫だ」
私を宥めるように声をかけてくれるけど、その背中から、なかなか離れることができなかった。
朝食の時間を終えたばかりの野営地内は、昨日よりもさらに賑やかと言うか、騒々しいことになっていた。
団長の執務室を兼ねている大きなテントの周りで、見たことがないほどの人だかりができていた。
騎士以外の者の姿が目立つけど、商人とも違うようだ。
一体、何があったのだろうと遠くから眺めていると、その中に信じられない人の姿を見つけた。
あの人がいたのだ。
王太子妃アリーヤ。
何でここに。
逃げてきたの?
王太子も一緒?
バージルのあの冷えきった視線と投獄された時のことを思い出し、身震いしていた。
「シャーロット、どうした?顔色が悪いぞ」
目敏いレオンが心配そうに駆け寄ってきてくれるけど、事情なんか話せるはずはない。
「ううん、何でもないです。ただ、また今日も人が多いなって、驚いただけです」
「ああ。あの集団は、ドールドランからの使者だ。妙な事を話す人がいて、ちょっとした騒ぎになっているんだ」
「妙なこと?」
「ロズワンド王国から正式な使者としてここに訪れているんだが、エルナトは生きていると。自分達が処刑した挙句に死体を野晒しにしておいて、何を言っているんだと思うが、エルナトは生きているから、彼女の後を追って、精霊がこちらの大陸に移動してきたと。だから探すのに協力してくれって、意味がわからないだろ?」
一体、何を言っているのだろう。
何がしたいのだろうか。
「その使者達は、もし聖女エルナトが生きていたとして、彼女に何と言うつもりでしょうか。処刑は間違いだった。だから大陸を救ってくれと、言うつもりでしょうか」
「そのつもりなら、狂っているな」
眉間に深い皺を刻んでいるレオンに、同意する。
何を考えてここに来ているのか、全く理解できなかった。
遠くからまた集団を眺めていると、使者達はとうとう追い返されるようだ。
「私は、エルナト様に謝らなければならないのです。償わなければ」
あの人が必死になって叫んでいるのが聞こえてきたけど、今さら謝るとか償うとか、処刑しておいて取り返しがつくものではない。
そんな事よりも、王太子妃としてもっとしなければならないことがあるんじゃないかな。
民の避難を誘導してあげたり、食料を配給制にしたり。
低地に住む人は、もう住む所を失っているはずだ。
使われていない貴族の屋敷の一部を、救護所として開放してあげてもいいと思う。
ああ、でも、いくら使わないといっても、あの貴族達が許さないか。
それを説得してまとめあげるのも、役割の一つではないのかな。
貴族からの信頼が厚い聖女様なのだから。
自分が望んでその地位に就いたのだから、ちゃんとその役割を果たせばいいのに。
私にとって、あの人の存在はあの大陸に住まうその他大勢と同じで、どうでもいいものだ。
早くドールドランに戻って、あの大陸と運命を共にすればいい。
もう興味がないと、調理場へ戻りかけた時だった。
「イリーナ!イリーナ、貴女、無事だったのね!?」
突然、あの人が私を見て叫んだ。
何?
あの人は、この体の持ち主さんと知り合いなの?
「お願い、向こうに行かせて。あの子は、私の妹なの」
はい……?
「シャーロット。あの女性は、君の姉君か?」
レオンが向こうを警戒するように尋ねてきたから、
「ううん。会ったことはない。知らない人」
そう答えたし、そう答えるしかない。
あの人が制止を振り切ってここまで駆けて来たから、反射的に身構えていた。
「イリーナ」
「王太子妃殿。彼女は昨日もそのイリーナに間違えられていたが、赤の他人だ」
レオンが私を背に庇って言ってくれた。
「そんな、私が妹を間違えるはずがありません」
アリーヤは焦燥を滲ませレオンに詰め寄るけど、焦るのは私も同じだ。
「私は、貴女の事を知りません。私に家族はいません」
赤の他人だとはっきりと宣言したのに、アリーヤは諦めなかった。
「きっと、記憶の混乱がおきているのよ。原因は分からないけど、背中を、背中の“民”の証を見れば。それに、貴女の周りにどうしてそんなに精霊がいるの?その事に関係があるの?」
内心で最早怒りを覚えていた。
この人はどこまで私を追い詰めるつもりなのか。
この人のせいで、また私がどんな窮地に立たされるか、想像することもできないのだろう。
余計な事を言うなと怒鳴りつけたくなる衝動を、手を握りしめることで抑える。
「これ以上ここで騒ぎを起こすようなら、強制的に排除する」
「形見を、母から預かった形見のナイフは持っていないの?イリーナ、何か脅されているの?貴女がこんな所にいるだなんて、ずっと貴女のことを探していたのよ?」
私を捕らえるように腕が伸ばされたから、思わずレオンの背中にしがみつく。
その手から、何かを奪われそうで恐怖した。
「いい加減にしろ!この子が怯えているのが、分からないのか!」
レオンが怒鳴り声を上げた事により、間に入ってきた別の人物がいた。
「アリーヤ、落ち着くんだ!その子は関係の無い子だ。これ以上のここでの騒ぎはマズイ!」
昨日のあの商人が、アリーヤの腕を引いた。
「エンリケ、でも」
「少なくとも今、この子が俺達を見て怯えているのは確かだ。行こう。王太子殿下がお待ちだ」
アリーヤは渋々ながらも、エンリケと呼ばれた商人と共に向こうに戻って行ったけど、何度も私の方を振り向いていた。
その視線を受けて、無意識のうちに体が震えていた。
まだ、レオンの背中にしがみついたままだった。
「シャーロット、もう大丈夫だ」
私を宥めるように声をかけてくれるけど、その背中から、なかなか離れることができなかった。
152
あなたにおすすめの小説
美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。
ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」
そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。
真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。
「…………ぷっ」
姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。
当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。
だが、真実は違っていて──。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く
基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」
王太子は女を突き飛ばした。
「その恩も忘れて、お前は何をした!」
突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。
その姿に王太子は更に苛立った。
「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」
「ソル…?」
「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」
王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2025年10月25日、外編全17話投稿済み。第二部準備中です。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる