29 / 53
本編
29 嫌疑
しおりを挟む
王太子バージルと会わなくて済んだのが唯一の幸運と言っていいのか、あの人達が野営地から離れて行っても、どこか妙な空気が漂っていた。
「シャーロット、大丈夫か?あの一団はもう船に乗って帰る。だから、気にしなくていいから。何かあれば、俺に言って」
港町から乗船してドールドランに戻るそうだから、もう二度と会う事はないと思いたい。
「もう気にしていません。でも、ありがとうございます」
すぐそこの調理場の中まで、レオンが送ってくれた。
「大丈夫かい?シャーロット、あんた、変な事に巻き込まれてしまったねぇ。大丈夫だよ。私もレオンも、あんたの味方だからね」
よほど動揺しているように見えたのか、ジーナさんの私を見る顔も曇る。
「すみません、お騒がせしてしまって……」
「いやいや、あんたのせいじゃないだろう?一体、あっちの大陸の連中は何なんだろうね。自分達で問題を起こしているくせに、こっちに協力しろって。レオン、しっかり見回りをするんだよ。私も変な奴がいたら、この包丁で微塵切りしてやるから」
「じゃあ俺はしっかりと仕事をして来ます。シャーロットの事を、よろしくお願いします」
ジーナさん愛用の包丁がキラリと光ると、その気迫に押されるようにレオンは調理場から出て行った。
その日はジーナさんの配慮からか、配膳はせずに調理場の中でずっと過ごしていた。
陽が沈み、辺りが暗くなった頃には、夕食も済んで私の仕事は終わりだ。
松明の炎が所々に灯された野営地内は、端の方に行くと月明かりで歩かなければならない。
すっかり慣れてしまった場所だから、何の警戒もしないでテントに入っていた。
でも、それは前置きもなく突然で、テントの入り口に設置されている木製の扉を開けた瞬間、背後から背中を押され、突き飛ばされるように中に押し入れられていた。
咄嗟のことに、足の踏ん張りがきかずに床に倒れ込むと、誰かに口元を押さえられ、腕を背中側に捻られ、床に組み伏せるように押し付けられる。
ギリギリと音がしそうなほど腕を強く握られ、痛みが走る。
そして、間をおかずにビリっと布が裂く音が聞こえていた。
外気に晒された背中の感覚から、肌を見られている嫌悪が生まれ、抵抗するように体を起き上がらせようとして、
「動くな」
なんの躊躇もなく顔を殴られていた。
鈍痛と共に、口の中に覚えのある鉄の味が広がる。
「見ろ、翼の紋様。こいつ、やっぱりあの大陸の縁者だ」
背中の、翼の紋様……
自分の身に何が起きたのか認識する前に、それを聞かされていた。
視線を向けると、また、顔を殴られる。
頬骨から鼻の奥に痛みが響くと、あの時の記憶が蘇る。
理不尽な暴力を私に向けていたのは、月華騎士団の騎士達だった。
いずれも、馴染みのない者達だ。
三人の男達に取り囲まれ、一人に馬乗りにされ、見下ろされている。
「星の大陸から何をしに来た。吐け。何を企んでいる」
尋問してくるくせに、何度も殴りつけてきて、口を開く隙を与えない。
あの人が騒いだせいで、また私はこんな目に遭っているんだ。
また、暴力の果てに殺される。
そう思わされるほどの恐怖。
圧倒的な男の力には敵わない。
怖い。怖い。怖い。
今度は、なけなしの魔力でこの大陸に呪いを振り撒かなければならないのかと、意識が朦朧となる中思っていると、急に体にかかっていた重みが消えた。
視線を向けると、私を痛めつけていた男達が、呻き声を上げながら床に倒れている。
また少しだけ視線を上に動かすと、初めて見るレオンの姿があった。
怒り。
その感情を全身に巡らせた姿は憎悪そのもので、もはや、相手を殺す気でいるほどだ。
「シャーロット」
レオンの方が泣きそうになりながら、すぐそばに膝をついた。
私を抱き上げ、テントを飛び出して行く。
何処へ運ばれて行くのか、レオンに確認することはできなかった。
どれだけ暴力を振るわれても、痛みに慣れるはずがない。
頭痛と耳鳴りは私から思考を奪い、急速に意識は薄れていく。
みんな滅びてしまえばいいのにと、そう思い願ってしまった事は、レオンには知られたくない事だった。
「シャーロット、大丈夫か?あの一団はもう船に乗って帰る。だから、気にしなくていいから。何かあれば、俺に言って」
港町から乗船してドールドランに戻るそうだから、もう二度と会う事はないと思いたい。
「もう気にしていません。でも、ありがとうございます」
すぐそこの調理場の中まで、レオンが送ってくれた。
「大丈夫かい?シャーロット、あんた、変な事に巻き込まれてしまったねぇ。大丈夫だよ。私もレオンも、あんたの味方だからね」
よほど動揺しているように見えたのか、ジーナさんの私を見る顔も曇る。
「すみません、お騒がせしてしまって……」
「いやいや、あんたのせいじゃないだろう?一体、あっちの大陸の連中は何なんだろうね。自分達で問題を起こしているくせに、こっちに協力しろって。レオン、しっかり見回りをするんだよ。私も変な奴がいたら、この包丁で微塵切りしてやるから」
「じゃあ俺はしっかりと仕事をして来ます。シャーロットの事を、よろしくお願いします」
ジーナさん愛用の包丁がキラリと光ると、その気迫に押されるようにレオンは調理場から出て行った。
その日はジーナさんの配慮からか、配膳はせずに調理場の中でずっと過ごしていた。
陽が沈み、辺りが暗くなった頃には、夕食も済んで私の仕事は終わりだ。
松明の炎が所々に灯された野営地内は、端の方に行くと月明かりで歩かなければならない。
すっかり慣れてしまった場所だから、何の警戒もしないでテントに入っていた。
でも、それは前置きもなく突然で、テントの入り口に設置されている木製の扉を開けた瞬間、背後から背中を押され、突き飛ばされるように中に押し入れられていた。
咄嗟のことに、足の踏ん張りがきかずに床に倒れ込むと、誰かに口元を押さえられ、腕を背中側に捻られ、床に組み伏せるように押し付けられる。
ギリギリと音がしそうなほど腕を強く握られ、痛みが走る。
そして、間をおかずにビリっと布が裂く音が聞こえていた。
外気に晒された背中の感覚から、肌を見られている嫌悪が生まれ、抵抗するように体を起き上がらせようとして、
「動くな」
なんの躊躇もなく顔を殴られていた。
鈍痛と共に、口の中に覚えのある鉄の味が広がる。
「見ろ、翼の紋様。こいつ、やっぱりあの大陸の縁者だ」
背中の、翼の紋様……
自分の身に何が起きたのか認識する前に、それを聞かされていた。
視線を向けると、また、顔を殴られる。
頬骨から鼻の奥に痛みが響くと、あの時の記憶が蘇る。
理不尽な暴力を私に向けていたのは、月華騎士団の騎士達だった。
いずれも、馴染みのない者達だ。
三人の男達に取り囲まれ、一人に馬乗りにされ、見下ろされている。
「星の大陸から何をしに来た。吐け。何を企んでいる」
尋問してくるくせに、何度も殴りつけてきて、口を開く隙を与えない。
あの人が騒いだせいで、また私はこんな目に遭っているんだ。
また、暴力の果てに殺される。
そう思わされるほどの恐怖。
圧倒的な男の力には敵わない。
怖い。怖い。怖い。
今度は、なけなしの魔力でこの大陸に呪いを振り撒かなければならないのかと、意識が朦朧となる中思っていると、急に体にかかっていた重みが消えた。
視線を向けると、私を痛めつけていた男達が、呻き声を上げながら床に倒れている。
また少しだけ視線を上に動かすと、初めて見るレオンの姿があった。
怒り。
その感情を全身に巡らせた姿は憎悪そのもので、もはや、相手を殺す気でいるほどだ。
「シャーロット」
レオンの方が泣きそうになりながら、すぐそばに膝をついた。
私を抱き上げ、テントを飛び出して行く。
何処へ運ばれて行くのか、レオンに確認することはできなかった。
どれだけ暴力を振るわれても、痛みに慣れるはずがない。
頭痛と耳鳴りは私から思考を奪い、急速に意識は薄れていく。
みんな滅びてしまえばいいのにと、そう思い願ってしまった事は、レオンには知られたくない事だった。
153
あなたにおすすめの小説
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
別れ話をしましょうか。
ふまさ
恋愛
大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。
お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。
──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。
でも。その優しさが、いまは辛い。
だからいっそ、わたしから告げてしまおう。
「お別れしましょう、アール様」
デージーの声は、少しだけ、震えていた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
※この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる