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本編
29 嫌疑
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王太子バージルと会わなくて済んだのが唯一の幸運と言っていいのか、あの人達が野営地から離れて行っても、どこか妙な空気が漂っていた。
「シャーロット、大丈夫か?あの一団はもう船に乗って帰る。だから、気にしなくていいから。何かあれば、俺に言って」
港町から乗船してドールドランに戻るそうだから、もう二度と会う事はないと思いたい。
「もう気にしていません。でも、ありがとうございます」
すぐそこの調理場の中まで、レオンが送ってくれた。
「大丈夫かい?シャーロット、あんた、変な事に巻き込まれてしまったねぇ。大丈夫だよ。私もレオンも、あんたの味方だからね」
よほど動揺しているように見えたのか、ジーナさんの私を見る顔も曇る。
「すみません、お騒がせしてしまって……」
「いやいや、あんたのせいじゃないだろう?一体、あっちの大陸の連中は何なんだろうね。自分達で問題を起こしているくせに、こっちに協力しろって。レオン、しっかり見回りをするんだよ。私も変な奴がいたら、この包丁で微塵切りしてやるから」
「じゃあ俺はしっかりと仕事をして来ます。シャーロットの事を、よろしくお願いします」
ジーナさん愛用の包丁がキラリと光ると、その気迫に押されるようにレオンは調理場から出て行った。
その日はジーナさんの配慮からか、配膳はせずに調理場の中でずっと過ごしていた。
陽が沈み、辺りが暗くなった頃には、夕食も済んで私の仕事は終わりだ。
松明の炎が所々に灯された野営地内は、端の方に行くと月明かりで歩かなければならない。
すっかり慣れてしまった場所だから、何の警戒もしないでテントに入っていた。
でも、それは前置きもなく突然で、テントの入り口に設置されている木製の扉を開けた瞬間、背後から背中を押され、突き飛ばされるように中に押し入れられていた。
咄嗟のことに、足の踏ん張りがきかずに床に倒れ込むと、誰かに口元を押さえられ、腕を背中側に捻られ、床に組み伏せるように押し付けられる。
ギリギリと音がしそうなほど腕を強く握られ、痛みが走る。
そして、間をおかずにビリっと布が裂く音が聞こえていた。
外気に晒された背中の感覚から、肌を見られている嫌悪が生まれ、抵抗するように体を起き上がらせようとして、
「動くな」
なんの躊躇もなく顔を殴られていた。
鈍痛と共に、口の中に覚えのある鉄の味が広がる。
「見ろ、翼の紋様。こいつ、やっぱりあの大陸の縁者だ」
背中の、翼の紋様……
自分の身に何が起きたのか認識する前に、それを聞かされていた。
視線を向けると、また、顔を殴られる。
頬骨から鼻の奥に痛みが響くと、あの時の記憶が蘇る。
理不尽な暴力を私に向けていたのは、月華騎士団の騎士達だった。
いずれも、馴染みのない者達だ。
三人の男達に取り囲まれ、一人に馬乗りにされ、見下ろされている。
「星の大陸から何をしに来た。吐け。何を企んでいる」
尋問してくるくせに、何度も殴りつけてきて、口を開く隙を与えない。
あの人が騒いだせいで、また私はこんな目に遭っているんだ。
また、暴力の果てに殺される。
そう思わされるほどの恐怖。
圧倒的な男の力には敵わない。
怖い。怖い。怖い。
今度は、なけなしの魔力でこの大陸に呪いを振り撒かなければならないのかと、意識が朦朧となる中思っていると、急に体にかかっていた重みが消えた。
視線を向けると、私を痛めつけていた男達が、呻き声を上げながら床に倒れている。
また少しだけ視線を上に動かすと、初めて見るレオンの姿があった。
怒り。
その感情を全身に巡らせた姿は憎悪そのもので、もはや、相手を殺す気でいるほどだ。
「シャーロット」
レオンの方が泣きそうになりながら、すぐそばに膝をついた。
私を抱き上げ、テントを飛び出して行く。
何処へ運ばれて行くのか、レオンに確認することはできなかった。
どれだけ暴力を振るわれても、痛みに慣れるはずがない。
頭痛と耳鳴りは私から思考を奪い、急速に意識は薄れていく。
みんな滅びてしまえばいいのにと、そう思い願ってしまった事は、レオンには知られたくない事だった。
「シャーロット、大丈夫か?あの一団はもう船に乗って帰る。だから、気にしなくていいから。何かあれば、俺に言って」
港町から乗船してドールドランに戻るそうだから、もう二度と会う事はないと思いたい。
「もう気にしていません。でも、ありがとうございます」
すぐそこの調理場の中まで、レオンが送ってくれた。
「大丈夫かい?シャーロット、あんた、変な事に巻き込まれてしまったねぇ。大丈夫だよ。私もレオンも、あんたの味方だからね」
よほど動揺しているように見えたのか、ジーナさんの私を見る顔も曇る。
「すみません、お騒がせしてしまって……」
「いやいや、あんたのせいじゃないだろう?一体、あっちの大陸の連中は何なんだろうね。自分達で問題を起こしているくせに、こっちに協力しろって。レオン、しっかり見回りをするんだよ。私も変な奴がいたら、この包丁で微塵切りしてやるから」
「じゃあ俺はしっかりと仕事をして来ます。シャーロットの事を、よろしくお願いします」
ジーナさん愛用の包丁がキラリと光ると、その気迫に押されるようにレオンは調理場から出て行った。
その日はジーナさんの配慮からか、配膳はせずに調理場の中でずっと過ごしていた。
陽が沈み、辺りが暗くなった頃には、夕食も済んで私の仕事は終わりだ。
松明の炎が所々に灯された野営地内は、端の方に行くと月明かりで歩かなければならない。
すっかり慣れてしまった場所だから、何の警戒もしないでテントに入っていた。
でも、それは前置きもなく突然で、テントの入り口に設置されている木製の扉を開けた瞬間、背後から背中を押され、突き飛ばされるように中に押し入れられていた。
咄嗟のことに、足の踏ん張りがきかずに床に倒れ込むと、誰かに口元を押さえられ、腕を背中側に捻られ、床に組み伏せるように押し付けられる。
ギリギリと音がしそうなほど腕を強く握られ、痛みが走る。
そして、間をおかずにビリっと布が裂く音が聞こえていた。
外気に晒された背中の感覚から、肌を見られている嫌悪が生まれ、抵抗するように体を起き上がらせようとして、
「動くな」
なんの躊躇もなく顔を殴られていた。
鈍痛と共に、口の中に覚えのある鉄の味が広がる。
「見ろ、翼の紋様。こいつ、やっぱりあの大陸の縁者だ」
背中の、翼の紋様……
自分の身に何が起きたのか認識する前に、それを聞かされていた。
視線を向けると、また、顔を殴られる。
頬骨から鼻の奥に痛みが響くと、あの時の記憶が蘇る。
理不尽な暴力を私に向けていたのは、月華騎士団の騎士達だった。
いずれも、馴染みのない者達だ。
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あの人が騒いだせいで、また私はこんな目に遭っているんだ。
また、暴力の果てに殺される。
そう思わされるほどの恐怖。
圧倒的な男の力には敵わない。
怖い。怖い。怖い。
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また少しだけ視線を上に動かすと、初めて見るレオンの姿があった。
怒り。
その感情を全身に巡らせた姿は憎悪そのもので、もはや、相手を殺す気でいるほどだ。
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私を抱き上げ、テントを飛び出して行く。
何処へ運ばれて行くのか、レオンに確認することはできなかった。
どれだけ暴力を振るわれても、痛みに慣れるはずがない。
頭痛と耳鳴りは私から思考を奪い、急速に意識は薄れていく。
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