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側妃のすすめ
レオンハルトが国王の座についたのは、シルヴィアと結婚してから二年が経った春だった。
レオンハルトの父、前王が流行病で急に崩御した。母、前王妃は、精神的に弱い人で、前王の急な崩御を受け入れられず、後を追うように亡くなった。
こうして、半ば雪崩れ込むような形でレオンハルトとシルヴィアは王と王妃に即位することとなった。先導して道を示してくれる者はいなかった。
王太子妃としての最初の二年間、そして、王妃になって一年間、臣下たちは静かに見守っていた。
慣れない政務に、体が追いついていないのだろうと。
二人が結婚してから四年を過ぎると、そろそろ国王夫妻に子ができないことに苦言を呈する者が現れるようになった。
その度に、レオンハルトは言った。
「心配することはない」
けれど、子を待望する声は日に日に大きくなっていった。
それに比例するように、シルヴィアの心は蝕まれていく。月のものが来るたびに、深くため息をつく。
夫レオンハルトとの仲は問題なく、また、どんなに検査をしても、身体に不調は見られない。
でも、なぜか子ができないーーー
五年目の秋、ついに宰相が膝をついて言った。
「陛下。どうか、側妃をお迎えください」
玉座の間に沈黙が落ちた。
シルヴィアは王妃の席に座り、まっすぐ前を見ていた。
王妃たる毅然とした態度であった。
覚悟していたことだ。
しかし、その手はギュッと固く握られ、瞬きの回数が増えていた。呼吸は浅くなる。
隣に座るレオンハルトの指が、わずかに震えたのが見えた。
「……それは、王妃を退けよという意味か」
低い声だった。
レオンハルトが怒っているのがわかる。
宰相は深く頭を垂れる。
「いいえ。王妃陛下のご身分、御才覚、隣国との同盟、いずれを取っても代わる方はおりません。…ただ、王家の血を絶やすわけにはまいりません…」
誰もが知っていた。
王には一人、弟がいた。
しかし、その弟は母方の血筋により、王位継承に反対する派閥が多かった。
国内は表向き穏やかでも、王位継承問題は常に火種が燻っていた。
シルヴィアに子が生まれれば、すべては収まる。けれど、五年待っても、二人に子ができる気配はなかった。
「側妃など迎えない」
レオンハルトは言い切った。
「余には王妃がいる」
シルヴィアの胸が痛んだ。
その言葉は、かつてなら幸福だった。
レオンハルトに愛される唯一の存在でいられることが。
自分を上手く愛せなかったシルヴィアだが、レオンハルトに丸ごと包みこむように愛され、王妃として立派に立つことができた。
レオンハルトの“王妃”
でも、今は、刃のように感じる。
なぜならシルヴィア自身が、誰よりもわかっていたから。
この国に必要なのは、王の愛ではなく、王の子。
そろそろ、覚悟を決めなければならない。
ーー私は王妃なのだから。
その夜、シルヴィアは、レオンハルトの訪れを待った。
まだ秋だというのに、今夜は冷える。
レオンハルトは、政務を終え、夜がふけたころに夫婦の寝室に入ってきた。
いつもなら、もう少し早く戻られるのに。
「昼の件なら、聞く必要はない」
「私は側妃を迎えない」
レオンハルトは、シルヴィアの目を見て続けて言った。
「陛下」
その呼び方に、彼の肩がわずかに強張った。
二人きりの時、シルヴィアは、彼を名で呼んでいた。レオン様、と。
けれど、今日は違った。
普段と違う様子のシルヴィアに、レオンハルトは警戒する。
「側妃を、お迎えください」
シルヴィアの言葉に、レオンハルトが目を見開いた。
青い瞳に、怒りにも似た痛みが浮かんでいた。
「君まで、そう言うのか」
「王家のためです」
「君は私の妻だ」
「私は“王妃”です」
声は震えなかった。
震えないように、爪が掌に食い込むほど握りしめていた。
「王妃だからこそ、申し上げています」
レオンハルトは近づいてきた。
「シルヴィア。シル。」
名を呼ばれた。それだけで泣きそうになった。
「私は君を裏切りたくない」
「裏切りではありません」
「では何だ」
シルヴィアは、一呼吸つき、言った。
「責務として理解しますわ」
その瞬間、レオンハルトの顔が歪む。
シルヴィアは微笑んだ。
王女として、王妃として、誰よりも上手に身につけた微笑みだった。
「私たちは、そのためにここにおります」
レオンハルトは長い間、何も言わなかった。
やがて、ひどく掠れた声で問う。
「君は、それで平気なのか」
ーー平気なはずがない。愛する夫に他の女性を勧めるだなんて、吐き気を催すほど嫌に決まってる。叫び出して、当たり散らして、何もかもめちゃくちゃにしたいくらいだ。
でも、シルヴィアにはそんなことできない。腐っても王妃なのだ。
シルヴィアは、精一杯、微笑んでみせる。
「はい」
きちんと、笑えただろうか。
レオンハルトが傷ついた顔をする。
その一言で、何かが壊れる音がした。
たぶん、それは、レオンハルトの心であり、シルヴィア自身の心でもあったのかもしれない。
本当は、もっとレオンハルトに抵抗して欲しかったのかもしれない。
王妃の殻を被った私の本当の気持ちを汲んでほしい、抗って欲しい。
しかし、シルヴィアの言葉に傷ついたレオンハルトは、それ以上言葉を重ねることはなかった。
⸻
側妃候補として選ばれたのは、南方の伯爵令嬢ミリアだった。
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