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怨嗟の夢
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バルシファルとサンタは馬車の後をついて移動していた。
「しかし、随分と我儘なお嬢様でしたね」
サンタは出発時のルシアナの言葉を思い出し、バルシファルにそう呟く。
「あぁ、確かにあれは強烈だったね。でも、おかげで随分とやりやすくなったのも確かだ」
「確かに、俺たちが現場に到着したときは、なんというかあいつらの視線が痛かったですからね」
冒険者として雇われたのは、彼らを合わせて五名しかいない。ほとんどは、公爵家に仕えている兵であり、どこかの貴族の子弟がほとんどだ。
騎士爵を持つ者も多く、自分たちは特権階級の人間だと思っている者も多い。そんな彼らが、冒険者という底辺に近い身分の人間と同じ仕事をするとなったとき、快く思わないはずがない。
ルシアナの馬車が現れるまで、両者の間には物凄い緊張感が漂っていた。
だが、ルシアナが現れ、バルシファルに罵声を浴びせた結果、公爵家に仕えている側の者の溜飲が一気に下がったのを感じた。
ルシアナが、冒険者の役割はあくまで魔物の露払いであり、自分が頼りにしているのは騎士達だと明言したからである。
そして、冒険者側も冒険者側で、兵たちへの怒りの感情が薄まった。というのも、出発前の緊張感は確かに全員が感じていたが、直接兵たちに何か言われたわけではない。そんな中、ルシアナに暴言を吐かれた結果、もやもやとしていた怒りの矛先がルシアナの方に向かってしまったのだ。
といっても、相手は公爵家のご息女のため、何か行動を起こすことができないので、もやもやした気持ちは残ることになるが、少なくとも、兵たちに向けられるものではなくなった。
むしろ、あんなお嬢様の相手をこれからもずっとしなくてはいけないのだろうか? と同情的な声も上がったほどである。
「もしかしたら、全部計算して、彼女はあのようなことを言ったのだろうか?」
「まさか、そんなはずありませんよ、ファル様」
「しかし、あのお嬢様は少し変だった気がする。演技――とは少し違うかもしれないが、本心とも違うような気がするんだよね」
「そうですか? 俺には我儘ばかり言っているお嬢様に見えましたけど」
そう言って、サンタは視線を馬車へと向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その馬車の中で、ルシアナはいまだに悶え苦しんでいた。
バルシファルにあのような暴言を吐いてしまったことへの罪の意識が、ルシアナに強く圧し掛かる。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか? いまなら王都に引き返せますが」
「大丈夫です。本当に……大丈夫なのでしょうか?」
「私に聞かれましても」
正体はバレなかっただろうか? いや、それより、バルシファルは下劣な臭いと言われて傷つかなかっただろうか?
そんなことを考えると――ルシアナはまた胸が苦しくなる
「少し休ませてもらいます。外の騎士達には適度に休憩を挟むように伝えてください」
ルシアナはそう言って、少し目を閉じることにした。
微かな馬車の振動と、車輪の回る音が、緩やかにルシアナを眠りへと誘っていく。
そして、彼女は夢を見た。
聞こえてくるのは悲痛な男の叫びだった。
場所は、トラリア王都の裁判所だった。
「何故だ。何故、どうして。すべてを裏切ったというのに、すべてを犠牲にしたというのに、何故、私のたった一つの願いが叶えられない。こんな世界など滅んでしまえばいい。こんな世界など無くなってしまえばいい。許せない許せない許せない許せない許せない許せるはずがない!」
叫び過ぎて喉が裂けたのか、男の口から僅かな血が飛ぶ。
彼はすべてを恨んでいた。すべてを憎んでいた。
たった一つという彼の願いを叶えてくれないこの世界を。
一体、彼が何者なのかわからない。覚えていない。思い出せない。
ただ、一つだけわかることがある。
(これは過去の光景――前世で私が見た過去の――そして、現在の私からしたら、未来の光景だ)
彼は何をそんなに恨んでいるのか。そして、その目の奥が、どうしてそんなに悲しそうなのか。
ルシアナにはそれがわからない。
何故なら、過去のルシアナが、それをわかろうとしなかったから。
叫び続ける彼を見て、裁判官が指示を出した。
男は取り押さえられるも、なおも抵抗して叫ぶ。
「許さん! 絶対に許してなるものか――」
そう言った男の懐からブローチが落ちた。
女性が使うような、つまり、彼には似つかわしくないブローチが。
男はそれに気づき、拾おうとするが、しかし拘束されている男は、それを取る事ができない。
ルシアナは壇上から飛び降り、ブローチを掴もうと手を伸ばす。
しかし、彼女の手は何度ブローチを掴もうとしても、それをすり抜けてしまう。
取れないことに焦りが募る。
男が、とある女性の名前を叫んだ。
その時、彼は突然大量の血を吐いた。
その血がルシアナに降り注ぎ、彼女の体をすり抜けて、花のブローチごと床を赤く染め上げた。
病気によるものか、それとも服毒によるものかはわからない。
だが、ルシアナの見立てでは、彼はもう助からないということだけはわかった。
そんな男が死にゆく中、ルシアナは誰かの視線に気づき、視線を壇上に上げる。
そこで彼女が見たのは、とても愉快な見世物を見ているかのように笑みを浮かべる――
――ルシアナ自身の姿だった。
「――イヤっ!」
ルシアナが小さな悲鳴を上げたその時、彼女は馬車の中にいた。
どうやら、休憩中のようで、馬車は止まっていた。
「お嬢様、大丈夫ですか!? 物凄い汗ですが」
「……はい、大丈夫です。少し夢を見ていたようで」
ルシアナはそう言って、渡されたハンカチを受け取ると、汗を拭った。
一体、何故、あんな夢を見たのかがわからない。
過去の自分を真似して暴言を吐いたため、その当時の記憶が蘇ったのだろうか?
だが、それだけではない気がする。
トラリア王都の裁判所に、確かにルシアナは何度か当主代理として赴いたことがある。
公爵家が出席しなくてはいけない裁判は限られているので、本当に数えるほどだが。
その中で、一体、あれは誰の何の裁判だっただろうか?
まったく思い出せない。
ただ一つ、手がかりがあるとするのなら、男が最後に叫んだ女性の名前だろう。
マリアンヌ。
果たして、それが一体誰のことを指しているのか。それがわかれば、あの男の正体がわかる。そんな気がした。
「しかし、随分と我儘なお嬢様でしたね」
サンタは出発時のルシアナの言葉を思い出し、バルシファルにそう呟く。
「あぁ、確かにあれは強烈だったね。でも、おかげで随分とやりやすくなったのも確かだ」
「確かに、俺たちが現場に到着したときは、なんというかあいつらの視線が痛かったですからね」
冒険者として雇われたのは、彼らを合わせて五名しかいない。ほとんどは、公爵家に仕えている兵であり、どこかの貴族の子弟がほとんどだ。
騎士爵を持つ者も多く、自分たちは特権階級の人間だと思っている者も多い。そんな彼らが、冒険者という底辺に近い身分の人間と同じ仕事をするとなったとき、快く思わないはずがない。
ルシアナの馬車が現れるまで、両者の間には物凄い緊張感が漂っていた。
だが、ルシアナが現れ、バルシファルに罵声を浴びせた結果、公爵家に仕えている側の者の溜飲が一気に下がったのを感じた。
ルシアナが、冒険者の役割はあくまで魔物の露払いであり、自分が頼りにしているのは騎士達だと明言したからである。
そして、冒険者側も冒険者側で、兵たちへの怒りの感情が薄まった。というのも、出発前の緊張感は確かに全員が感じていたが、直接兵たちに何か言われたわけではない。そんな中、ルシアナに暴言を吐かれた結果、もやもやとしていた怒りの矛先がルシアナの方に向かってしまったのだ。
といっても、相手は公爵家のご息女のため、何か行動を起こすことができないので、もやもやした気持ちは残ることになるが、少なくとも、兵たちに向けられるものではなくなった。
むしろ、あんなお嬢様の相手をこれからもずっとしなくてはいけないのだろうか? と同情的な声も上がったほどである。
「もしかしたら、全部計算して、彼女はあのようなことを言ったのだろうか?」
「まさか、そんなはずありませんよ、ファル様」
「しかし、あのお嬢様は少し変だった気がする。演技――とは少し違うかもしれないが、本心とも違うような気がするんだよね」
「そうですか? 俺には我儘ばかり言っているお嬢様に見えましたけど」
そう言って、サンタは視線を馬車へと向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その馬車の中で、ルシアナはいまだに悶え苦しんでいた。
バルシファルにあのような暴言を吐いてしまったことへの罪の意識が、ルシアナに強く圧し掛かる。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか? いまなら王都に引き返せますが」
「大丈夫です。本当に……大丈夫なのでしょうか?」
「私に聞かれましても」
正体はバレなかっただろうか? いや、それより、バルシファルは下劣な臭いと言われて傷つかなかっただろうか?
そんなことを考えると――ルシアナはまた胸が苦しくなる
「少し休ませてもらいます。外の騎士達には適度に休憩を挟むように伝えてください」
ルシアナはそう言って、少し目を閉じることにした。
微かな馬車の振動と、車輪の回る音が、緩やかにルシアナを眠りへと誘っていく。
そして、彼女は夢を見た。
聞こえてくるのは悲痛な男の叫びだった。
場所は、トラリア王都の裁判所だった。
「何故だ。何故、どうして。すべてを裏切ったというのに、すべてを犠牲にしたというのに、何故、私のたった一つの願いが叶えられない。こんな世界など滅んでしまえばいい。こんな世界など無くなってしまえばいい。許せない許せない許せない許せない許せない許せるはずがない!」
叫び過ぎて喉が裂けたのか、男の口から僅かな血が飛ぶ。
彼はすべてを恨んでいた。すべてを憎んでいた。
たった一つという彼の願いを叶えてくれないこの世界を。
一体、彼が何者なのかわからない。覚えていない。思い出せない。
ただ、一つだけわかることがある。
(これは過去の光景――前世で私が見た過去の――そして、現在の私からしたら、未来の光景だ)
彼は何をそんなに恨んでいるのか。そして、その目の奥が、どうしてそんなに悲しそうなのか。
ルシアナにはそれがわからない。
何故なら、過去のルシアナが、それをわかろうとしなかったから。
叫び続ける彼を見て、裁判官が指示を出した。
男は取り押さえられるも、なおも抵抗して叫ぶ。
「許さん! 絶対に許してなるものか――」
そう言った男の懐からブローチが落ちた。
女性が使うような、つまり、彼には似つかわしくないブローチが。
男はそれに気づき、拾おうとするが、しかし拘束されている男は、それを取る事ができない。
ルシアナは壇上から飛び降り、ブローチを掴もうと手を伸ばす。
しかし、彼女の手は何度ブローチを掴もうとしても、それをすり抜けてしまう。
取れないことに焦りが募る。
男が、とある女性の名前を叫んだ。
その時、彼は突然大量の血を吐いた。
その血がルシアナに降り注ぎ、彼女の体をすり抜けて、花のブローチごと床を赤く染め上げた。
病気によるものか、それとも服毒によるものかはわからない。
だが、ルシアナの見立てでは、彼はもう助からないということだけはわかった。
そんな男が死にゆく中、ルシアナは誰かの視線に気づき、視線を壇上に上げる。
そこで彼女が見たのは、とても愉快な見世物を見ているかのように笑みを浮かべる――
――ルシアナ自身の姿だった。
「――イヤっ!」
ルシアナが小さな悲鳴を上げたその時、彼女は馬車の中にいた。
どうやら、休憩中のようで、馬車は止まっていた。
「お嬢様、大丈夫ですか!? 物凄い汗ですが」
「……はい、大丈夫です。少し夢を見ていたようで」
ルシアナはそう言って、渡されたハンカチを受け取ると、汗を拭った。
一体、何故、あんな夢を見たのかがわからない。
過去の自分を真似して暴言を吐いたため、その当時の記憶が蘇ったのだろうか?
だが、それだけではない気がする。
トラリア王都の裁判所に、確かにルシアナは何度か当主代理として赴いたことがある。
公爵家が出席しなくてはいけない裁判は限られているので、本当に数えるほどだが。
その中で、一体、あれは誰の何の裁判だっただろうか?
まったく思い出せない。
ただ一つ、手がかりがあるとするのなら、男が最後に叫んだ女性の名前だろう。
マリアンヌ。
果たして、それが一体誰のことを指しているのか。それがわかれば、あの男の正体がわかる。そんな気がした。
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