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第二章 牙を剥く皇帝

ジャッジメント

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「どうしました、ウォールさん? 行かないんですか?」
「……いえ、行きます」
「おおっ! 大型新人ウォールの出番、早くもキターッ!」

 エドナーがはやし立てる中、俺はバジルに羽交い絞めにされた暴漢の元へと歩み寄っていく。もうあと十歩ほどの距離だ。

「や、やめろ……!」

 男の怯えた顔が心を突くが、仕方ない。こっちだってやられかけたんだ。やられたらやり返すのは当然だろう。それに俺はもう《エンペラー》のウォールだ。やるぞ、やってやる。大切なものを奪ってやる……。

「い……今、新人とか言ったな、お前……」

 男の声で俺は足を止める。なんだ……?

「新人なら目を覚ませ! こいつらは外道だ! こんなやつらの味方をすれば、いずれ必ずや天罰を食らうぞ……!」
「……な、何?」
「おやおや、一体何を根拠にそのような出鱈目を仰ってるんでしょうねえ。ウォールさん、そのような戯言に耳を貸す必要はありません。シュルヒさんが助けなければあなたはこの男にやられていたかもしれないのですよ。さあ、やり返すのです。やられたら倍にして返す。それが《エンペラー》の信条なのですから……」
「……お、おのれ。外道どもめが……」
「……」

 ドクンと心臓が跳ねる感じがした。そうだ、この暴漢は俺から命を取ろうとした。だから盗んでいい。奪ってもいいんだ……。俺は意を決して、やつにさらに近付いていく。

「や、やめろぉ、来るな……来るなあぁ……」
「へへっ、その調子だぜ、ウォール! おい、そこの卑怯者、ウォールの能力を知ってるか? 俺たち《エンペラー》の大型新人に相応しいアビリティ【盗聖】だぁっ!」
「……と、【盗聖】……?」
「そうよ。おめーの一番大事なものを奪っちまうんだ。命だろうがなんだろうがなあっ!」
「そ……そんな……嫌だ、助けてくれ……」
「フフッ……暴れても無駄です。さぁ、ウォールさん、やるんですよ……!」
「盗む……盗んでやる……」
「ひぃぃ、嫌だ、嫌だぁぁ……」

 俺は暴漢の間近に迫り、一気に【盗聖】を行使してやった。もし命が一番大事だったところで、既に俺は人を一人殺してるんだ。それが二人になろうが三人になろうが大して変わらないだろう……。

「……はぁ、はぁぁ……」

 男の荒い息遣いが聞こえてくる。どうやら命ではなかったらしい。命拾いをしたな。

「あれ、死んでねえのか? じゃあウォールは何を盗んだんだ!?」
「なんでしょうねえ。あなたの一番大事なものはなんですか?」
「そ、そんなの、言うわけ……ぎっ!?」

 バジルが男の体を締め上げている。おそらく【王手】によって筋力までも低下してる状態だろうから、このままだと容易く骨を折られてもおかしくない。

「自分の立場がおわかりですか? 拷問にかけられて地獄の苦しみを味わいながら死にたいというのであれば話は別ですが……」
「た、助けてくれぇ……」
「一番大事なものが何か言えば、片手一本だけで済ませることも検討しますよ?」
「……ア、アビリティだ……」
「ほう……」
「【神速】っていう……。だから奇襲を選んだ……そ、それがなんだっていうんだ……」
「なるほど……ではウォールさん、盗んだものを使ってみてください」
「あ……はい」

 正直、俺は暴漢の【神速】という回答にはあまり驚かなかった。あいつから何を盗んだのかなんとなくわかっていたからだ。【盗聖】は盗めば盗むほど、具体的にどんなものを盗ったのかわかっていくアビリティなのかもしれない。ランクはAか。まあまあだな。

 早速使ってみたわけだが、驚くほど自分の体が軽く感じた。こりゃいい。歩いてるのに全力で走ってるかのような感覚で、走ってみると瞬間移動したかのようなスピードを体感できた。

「すげー! ウォールのやつアビリティを盗みやがった!」
「フフッ、素晴らしいですねえ……」
「ふっ……まどろっこしいものだ」
「……さすが、ウォールどの」

 レギンス以外には好評のようだ。

「そ、そんなぁ……俺の、大事なアビリティを盗んだというのか。そんな能力があるなんて……。か、返してくれ、返してくれよぉ……」
「……」

 暴漢の悲鳴のような声が胸を打つが、命じゃないだけいいだろう。お前はアビリティよりも大事な命を奪おうとしたんだ。その報いだ……。

「ではレギンスさん、最後はあなたの番ですよ」
「ふん、言われるまでもない」
「……なっ……?」

 信じられない光景だった。レギンスが暴漢に向かって歩み寄っていくかと思うと途中で立ち止まり、宙を殴るたびにやつの顔が酷く変形していった。なんだこれ……男との間にはかなり距離があるし実際に殴ってるようには見えないのに……。

「がふっ! ごふぅっ!」
「ククッ……とどめだ……むんっ……!」
「げはっ……!?」

 レギンスが腰を据えて力強く拳を宙に打ち込んだ直後、暴漢の胸から血飛沫が上がった。な、なんて威力だ……。

「ひえー、胸板を貫通しやがった。さすがはレギンスだぜ! ウォール、あいつのアビリティ、なんだと思う?」
「さ、さあ……」
「へへっ……【隔絶】っていってよ、結構離れた場所からでもああやって遠距離攻撃ができるんだ。しかもその間は攻撃力がぐんと上がって、相手の防御力も無視できるっていう優れもんだ」
「……なるほど……」
「ふっ、実に退屈なものだ……」

 当のレギンスは何事もなかったかのように涼しい笑みを覗かせている。俺が言うのもなんだが、おっかないアビリティだな……。男は、当然だが崩れるように倒れたあともう動く気配がなかった。

「死体はその辺に投げ捨てておきなさい。シュルヒさん、お願いします」
「……」
「シュルヒさん……?」
「そこまでする必要があるのだろうか……」
「ん、こんな雑用はやりたくないと仰るのですか?」

 なんか妙に気まずい空気だ。険悪というか。

「……あ、それなら俺がやるよ」

 俺は男の死体を引き摺り、茂みの中まで運んでおいた。シュルヒがはっとした顔で追いかけてきて頭を下げてくる。

「ウォールどの、すまない……」
「い、いやいいよ、俺は新人なんだし、こういう雑用ならうってつけだろうし……」
「自分は決して雑用が嫌だったわけではないのだ……」
「……え?」
「な、なんでもない……」
「……」

 じゃあなんで渋ってただろう? シュルヒ、以前にも感じたがリーダーとの関係が相当こじれてそうだな……。
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