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<水無瀬葉月>

変な事してごめんなさい

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 ぅ……、そろそろ朝かな? 起きなきゃ……。

 百円均一で買った腕時計で時間を確認する。うん、いつもどおりの時間だ。

 念の為にと掛けてる目覚ましのスイッチを切ってから体を起こす。
 目覚ましより数分早く起きれるのは僕の特技だった。

 そっと遼平さんの寝顔を覗きこんで頬に触る。ジョリジョリ感を楽しむのが最近の日課だ。

 昨日布団の中で聞いた遼平さんの声が蘇ってくる。
 『ほんっと幸せだよ。ありがとう』……それはこっちの台詞だよ。

 お礼に今日も美味しいご飯を作るからね。
 寝顔に誓い布団から立ち上がった。

 さて。
 まずは身支度を整えなきゃ。
 歯を磨いて洗顔し、静さんに切ってもらった髪をブラッシング。

 いつかは僕も遼平さんみたいな髪型にしたいな。

 鏡の前で自分の髪を指先で持ち上げて逆立てる。

 うーん……。

 似合わないな。なんというかホウキっぽい。もしくはモップ。

 上げた腕から袖が下がり、赤いキスマークが露になった。

「ぜ、全然薄くなってない……!?」
 痛くなかったのにまだくっきりと痕が残ってる。
 どうやったらこんなに残るんだろ。
 肺活量の違いなのかな?

 遼平さん、ひょっとして二十分ぐらい息を止めてられる人なのかもしれない。凄いぞ。

 うぅ……それにしても、ここに、キスをされたんだ。
 唇の感触が嫌ってぐらいに蘇ってくる。

 舐められて、キス、されたんだ。

 、あ、、

 僕の体を真っ黒の汚れが覆った。
 そっか。さっきまでは遼平さんと一緒に寝てたから綺麗になってたけど、遼平さんから離れたから汚れが表面に出てきちゃったんだ。
 鏡を見る。

 顔や髪まで真っ黒に覆われて、唯一見えるのは僕の右目だけになっていた。
 気持ち悪いな。お化け屋敷で見た怪物よりずっと怪物っぽい。

 指先から足の先まで真っ黒。

 だけど、遼平さんのキスマークが残る右手の手首は綺麗なままだった。

 おお。キスマークにも除菌効果があったんだ。感動だ。

 そっと左の指で触る。真っ黒だった左手も一気に綺麗になった。

「………………」

 口をつければ体の中の汚れが少し綺麗になるかもしれない。

 少し、迷ったけど…………。
 手首に残るキスマークに、そっと、キスをした。

「見ちゃった」

 突然声を掛けられて、漫画みたいにカチンと僕の時間が凍った。

 風呂の入り口に遼平さんが立っていた。

「みみみみみみみみみみちゃ、」
「葉月がキスマークにキスするのを見ちゃいました」

「○×ー=※$△■∴☆●」

「おい! からかわないから落ち着け落ち着け。風呂場で暴れたら危ないだろ。それと日本語で頼む」

「±☆=■■※△□#∞」

「一分でも早くネクタイ付けたくて早起きしただけなんだけど、いやー、早起きは三文の徳って良く言ったもんだ。三文どころじゃねーけど」

 からかわないっていったのにからかう……!!!!

「ほらほら、顔を隠すなって。葉月くーん、恥ずかしがらなくていいんだぞ。俺は嬉しいんだから」


☆☆☆


 僕はお風呂から逃げ出し、敷きっぱなしだった布団の中に逃げ込んでいた。
 全身をすっぽり布団に隠して体を丸める。外から見たら、まるでコタツのような形に布団が膨らんでいるに違いない。

「へ……変な事してごめんなさい……」

 暗闇に引きこもったまま、遼平さんに謝る。

「変な事? どこがだ? 朝からいい物を見せていただいたってのに。可愛かったぞ。それよりそろそろ出て来い。朝ごはんが完成しましたよ」

「え!?」

 慌てて起き上がる。

 片隅に置かれたちゃぶ台の上に、ご飯とお味噌汁とハムエッグが乗ってた!!!
 料理してくれてたんだ、恥ずかしいのに一杯一杯で音も聞こえてなかったよ……!

「ご、ごめんなさい、僕がやらなきゃいけないのにご飯まで作らせて……!!」
「お前がやらなきゃいけないことじゃないよ。今まで晩飯も朝飯も弁当も家事も、葉月が全部やってくれてたろ? 甘えっぱなしで俺の方こそごめんな。一緒に暮らしてるんだから、これからは家事を分担しよう」

「ぶぶぶ分担!!??」

「葉月の反応っていちいち面白いな。分担がどうかしたのか?」

 家事を誰かに手伝ってもらうなんて考えた事も無かった!

「分担は必要ないよ! 遼平さん仕事大変なのに……!」
「必要あるよ。でも、そうだな、飯は葉月に任せて俺は掃除洗濯の担当でお願いしたいです。なにせ、こんなだから」

 遼平さんが指差したハムエッグは、端が焦げているのに黄身は生の状態になってる。
 味噌汁はワカメを入れすぎて水面が真っ黒だった。

「朝飯程度もまともに作れないとは我ながらなさけないよ。食えなかったら残していいからな」
「の! 残すなんてとんでもないよ! すごく美味しそう……、すごく嬉しいです! 食べるのがもったいないぐらいだよ……!」

 慌ててばたばた布団を畳んで、ちゃぶ台の前に座る。

 嬉しい。嬉しい。箸を持つ手が震えてしまう。

「食う前に、俺に注目」

 遼平さんが僕の正面にあぐらをかく。

「?」

「似合うだろ?」

「?」

「葉月……! これ! お前がくれたネクタイ! 俺コレ付けるために早起きしたのにノーリアクションだと寂しいぞ」

「あ。そうでした」

「反応薄い」

「遼平さんは何を着ててもカッコイイから特別感はあんまり……」

 それよりもご飯だ!
 黄身をくずさないように頑張ってご飯に乗せて、ご飯の上でそっと卵焼きを割った。



 美味しいご飯をいただいて、ホコホコ弁当に出勤する。

 唐揚げ、丼のほか、最近では、サラダ用のドレッシングや生姜焼きも任せてもらえるようになった。
 たまに「美味しい」って言ってくれるお客さんが居るのが何よりの励みだ。

 お弁当を並べてシャッターを上げる。ホコホコ弁当、開店の時間です!

「おはよー、葉月ちゃん」
「ぅ、おはよう、ございます!」
 僕がこのお店で働きはじめた日から声を掛けてくれる常連の女性が真っ先に買いに来た。
 もう名前も知ってる。山本さんだ。

「ふふ、最近、笑顔で挨拶できるようになったわね。よろしい」
「あ、ありがとうございます……」

 笑顔で挨拶は出来ても緊張はしてしまいますが……。

「ヅッキー、おはよ!」
「おはよー」

 う。
 山本さんの次は、最近毎日買いに来る女子高校生のコンビだ。
 『葉月だからヅッキーね』と、一方的に押しきられてからというもの、ずっとあだ名で呼ばれている。

「サラダとツナマヨお握りー」
「アタシも同じの。ねぇねぇ、ここのドレッシングヅッキーが作ってるってほんと? 超美味いよねー!」
「愛美もマジ好き。ヅッキー、今度一緒に遊びに行かない? 友達連れてきてよ。愛美と由紀と、ヅッキーと、ヅッキーの友達でどっかいこうよ」

「そ、そんな、僕は、その、」

 女の子と遊びに行くなんて無理だよ!!

「ビクビクすんの超かわいー」
「ヅッキーって可愛いのに女友達居ないの? すぐ真っ赤になるよね。遊び行くぐらいいーじゃん」

 ど、どうしよう、どう断れば、

「はいはーい、逆ナンは他所でやってねー。ヅッキーは仕事中だからねー」

 あ! 遼平さん!

 遼平さんにたしなめられ女子高校生達が引いてくれた。「またねー」って手を振りつつ道の向こうに歩いて行く。
 よかった……!

「ありがとう遼平さん……」
「いいよ。ヅッキーって呼ばれてるんだな」
「うん。葉月だからって。恥ずかしいからやめてほしいんだけど……」

 響きが野菜のズッキーニに似てるし。揚げても炒めても美味しい水無瀬ズッキーニ……。やめよう。怖くなってきた。僕は食べられません。

「お弁当用意できなくてごめんね。何にしますか?」

 キスマークにキスしたのを見られたショックで布団に引きこもり、朝ごはんどころかお弁当の準備まで放棄してしまったのだ。
 忙しい遼平さんにわざわざホコホコ弁当まで足を運ばせてしまうとは。自分が情け無く申し訳無いよ。

「もちろん葉月が作ってる唐揚げ弁当と生姜焼き弁当だ」
「はい」

「働く葉月を見るのも久しぶりだな」

 僕も、遼平さんがお客さんになるのは久しぶり。

「いつも家で会ってるから、お店で会うと変な気分になっちゃう」
「変な気分?」
「えと……テレビの中の有名人と会ったみたいな?」
「なんだよそれ」

 笑う遼平さんに袋を差し出す。

「いってらっしゃい。気をつけてください」
「あぁ。今度こそナンパされるなよ。しっかり断れ」
「うん」

 肩越しに手を振る遼平さんに僕も振り返す。
 遼平さんが来てくれるとやる気が出てくるな。

 さぁ、今日も一日頑張ろう!
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