59 / 103
<水無瀬葉月>
噴水のある公園!
しおりを挟む
うん。
よくよく考えると、僕が海に行きたいって言ったから計画を立ててくれたのに、違う人と行っていいだなんて失礼だ。
気配りの仕方が変だった。
立派な社会人になるにはまだまだほど遠いな。
ほとんど同時に食べ終わったから今度は二人で料理を取りに行く。
「遼平さんが食べてた貝の料理美味しそうだったね」
「ワイン蒸しか。美味かったぞ。お勧めだ」
「へぇー、どれかしら? 私にも教えていただけます?」
ぽん、と柔らかい体に弾き飛ばされる。さっきの女社長さんが僕と遼平さんの間に割り込んできたんだ。
僕の身長は遼平さんの肩にも届かない。
ハイヒールを履いた女社長さんはそんな僕より十五センチ以上高かった。
下目に睨まれてしまい、お邪魔をしないようにそそくさとその場を離れる。
うわぁ。遼平さんの腕に腕を回してる。とてもお似合いだぞ。
いつか犯罪組織の幹部になった遼平さんが、あの綺麗な人と恋人になって裏社会を牛耳るのかも。かっこいいな。
邪魔者はさっさと席に戻ろう。あ。遼平さんが食べてた貝料理発見。さ、サーモンサラダが無くなってる……違うサラダに変わっちゃってる……! しまった、もっと取っておけばよかった。無念だ……。あ! マリネがあった! やったーこれにしようっと。
サーモンマリネを二つ(!)いただき席に戻る。
「こんにちは」
席に座ると同時に話しかけられた。
女社長さんだった。
「貴方と遼平さんはどんな関係なのかしら?」
顔は笑顔だけど、詰問口調で問いかけられる。かなり怖い。
「どんな関係……?」
僕は遼平さんの道具です。とはさすがに言えないな。
「知人です」
「ち……っ?」
社長さんが絶句した。
しばし沈黙して再び口を開く。
「ごまかすのはやめて。陸王さんのような男はあんたみたいな小娘が釣り合う相手じゃ無いのよ。わかってる?」
う、顔まで怖くなった、どうしよう……!
「し、しし、知ってます、釣り合うなんて考えたことも、な、ないです、話せるのも奇跡みたいなものなのに」
それと訂正しなくちゃ。
「第一、僕、コムスコです」
ん? あれ? 小娘の男バージョンって小息子でよかったのかな?
慌てるあまり変なことを言った気がするぞ。
「え?」
社長さんがまた絶句してしまう。
それから僕をまじまじと見た。
「ひょっとして、男の子……?」
「はい」
「やだ、ごめんなさい、変な勘違いしちゃった、今のは忘れて!」
そっか、この人も僕を遼平さんの彼女だと勘違いしたのか。
「はい、忘れます。遼平さんをよろしくお願いします」
椅子から立って深々と頭を下げる。
遼平さんの将来のため僕が足を引っ張るわけにはいかない。礼儀正しく頑張らなければ。
その後、慌てた様子で戻ってきた遼平さんが女社長さんを連れて行ってしまった。
すぐに戻ってきて、僕に「ごめんな」と謝ったけど何がごめんだったんだろうか。
取ってきた料理を全部食べ終わり、お待ちかねのデザートに取り掛かる。
今朝、遼平さんに宣言した通り、これまでの恨みを晴らすかのごとくいちごのキャラメルケーキもプリンも(四角に切られてたからプリンだって判らなかった)シュークリームもワイングラスのも、そして、チョコレートファウンテンも大量に頂いて一つ残さず食べまくった。
食べ過ぎて苦しいぐらいだけど楽しいのと幸せなのとで大満足だ……!
☆☆☆
「美味しかった……! 大満足しました。連れてきてくれて本当にありがとう!」
シートベルトを締めながら遼平さんにお礼を言う。
「どういたしまして。葉月は食わせがいがあるよなぁ。何食ってもニッコニコして」
「何を食べてもじゃなかったよ。ふきのとうが駄目だった」
「あぁ、あれは面白かったな」
遼平さんが爆笑した。
「一口食った瞬間、騙された猫みたいにじーっと天ぷら睨んでたもんな。苦いのは駄目だったんだな」
「駄目じゃないよ! ピーマン平気だから。でもあれは駄目だったよ……。生まれて初めてご飯を残してしまいました……」
「葉月」
遼平さんが腕を広げた。
「?」
「抱きついてぎゅーは無いのか?」
「無いです」
「どうしてだ? おもちゃ屋まではくっ付いてくれたのに」
「シートベルトをしたから」
「そうか……」
なんだかしょんぼりして遼平さんもシートベルトを締めた。
「さて、次は噴水の公園だな。今度こそ知人と遭遇しなければいいがな……。さっきは悪かった。俺の取引先の相手を葉月にまでさせて」
「僕は別に……。失礼が無かったか不安だよ。僕のせいで遼平さんの将来が台無しになったら大変だから」
「大げさだな」
「大げさにもなるよ。僕のせいで遼平さんが玉の輿を逃したらどうお詫びしていいのやら……」
みし、と、ハンドルが軋んだ。
「………………………………」
遼平さんはハンドルから手を放すと片手で顔を押え眉間にきつく皺を寄せて、考え事を始める。
「なるほど……、そういうことか。だから日野さんとホテルに行っていいなんて言ったんだな……」
「?」
はー、と、体中の空気を全部絞り出すみたいな大きなため息を付いてから僕の頭を撫でた。しまった。逃げるのが間に合わなかった。
「聞きたいことも言いたいこともスッッッゲーいっぱいあるけどホテルでゆっくり話そうな。今は一つだけ言っておく。俺は、さっきの女の人のことは何とも思ってないよ。むしろ苦手だ。向こうが好きになってくれてもお付き合いをするつもりは一切ありません」
「えっ!? そんな勿体ない。お似合いだったのに……」
「何を言われてもめげないぞ」
「?」
めげるって何に? あれ? めげるってどういう意味だったっけ? 二回しか言ってないのにゲシュタルト崩壊した。めげめげ。
車が走り出し景色が流れていく。
「ドライブって楽しいね。景色を見てるだけでも退屈しないよ」
「俺もだよ。だからつい高速じゃなくて国道を走っちまう」
「あ。大人のおもちゃ屋さんって看板があるよ! 大人専用のおもちゃ屋さんなんて存在したんだね。何が売ってるのかな?」
「高速に乗るかなぁ……」
前に、大人の階段があるって静さんが言ってた。
世の中には大人しか知らない未知の世界がたくさんあるらしい。
公園は意外とレストランから近かった。
もうちょっと車に居たかったなぁと残念だったんだけど、レストランを出てから一時間以上も経ってて驚いてしまった。
麗さんのお店で買った、ボールと掌サイズの丸い盾が二つ入ったキャッチボールのセットをリックに入れ車から降りる。
ボールはスポンジみたいにやわらかく盾にくっつくので、僕みたいなキャッチボール初心者でも簡単に遊べるセットだ。
「葉月」
遼平さんが僕に向かって掌を差し出した。
手を繋ごうの合図だ。
大きな掌は暖かくてとてもさわり心地が好い。
触りたい……。
誘惑に負けそうになったものの、ぎりぎりで耐えた。
「こんな場所で男同士で手を繋ぐのは変だよ」
できるだけキリッとした顔を作る。
「……そうか……」
遼平さんは諦めてくれたけど手を繋ぐ代わりに、と、僕のリックを持った。
これが変わり? 逆に負担になってるのに。
「まずは噴水に行くか」
「うん!」
僕の中の噴水のイメージは、丸く囲われた水槽に水が溜まり真ん中から水柱が上がるといった定番のものだ。
「おおおお! すごい……!」
ここの噴水はそのイメージとは全然違った。噴水の周辺は石畳の通路から緩やかな傾斜になってたんだ。
想像よりずっと規模が大きく、一番深い中央からは五メートルに届きそうなぐらい高い水柱が上がってる。それもいくつも!
かと思えば、通路の石畳からも水が発射される。筒状になった水の塊がまるでアーチを描く魚みたいに飛んで噴水の水面に呑み込まれた。
「うわぁ……! 水が紐に見えるよ」
「あれ見てると掌で邪魔したくなるよな。夏になったら濡れてもいい恰好でまた来ような」
「え」
よくよく考えると、僕が海に行きたいって言ったから計画を立ててくれたのに、違う人と行っていいだなんて失礼だ。
気配りの仕方が変だった。
立派な社会人になるにはまだまだほど遠いな。
ほとんど同時に食べ終わったから今度は二人で料理を取りに行く。
「遼平さんが食べてた貝の料理美味しそうだったね」
「ワイン蒸しか。美味かったぞ。お勧めだ」
「へぇー、どれかしら? 私にも教えていただけます?」
ぽん、と柔らかい体に弾き飛ばされる。さっきの女社長さんが僕と遼平さんの間に割り込んできたんだ。
僕の身長は遼平さんの肩にも届かない。
ハイヒールを履いた女社長さんはそんな僕より十五センチ以上高かった。
下目に睨まれてしまい、お邪魔をしないようにそそくさとその場を離れる。
うわぁ。遼平さんの腕に腕を回してる。とてもお似合いだぞ。
いつか犯罪組織の幹部になった遼平さんが、あの綺麗な人と恋人になって裏社会を牛耳るのかも。かっこいいな。
邪魔者はさっさと席に戻ろう。あ。遼平さんが食べてた貝料理発見。さ、サーモンサラダが無くなってる……違うサラダに変わっちゃってる……! しまった、もっと取っておけばよかった。無念だ……。あ! マリネがあった! やったーこれにしようっと。
サーモンマリネを二つ(!)いただき席に戻る。
「こんにちは」
席に座ると同時に話しかけられた。
女社長さんだった。
「貴方と遼平さんはどんな関係なのかしら?」
顔は笑顔だけど、詰問口調で問いかけられる。かなり怖い。
「どんな関係……?」
僕は遼平さんの道具です。とはさすがに言えないな。
「知人です」
「ち……っ?」
社長さんが絶句した。
しばし沈黙して再び口を開く。
「ごまかすのはやめて。陸王さんのような男はあんたみたいな小娘が釣り合う相手じゃ無いのよ。わかってる?」
う、顔まで怖くなった、どうしよう……!
「し、しし、知ってます、釣り合うなんて考えたことも、な、ないです、話せるのも奇跡みたいなものなのに」
それと訂正しなくちゃ。
「第一、僕、コムスコです」
ん? あれ? 小娘の男バージョンって小息子でよかったのかな?
慌てるあまり変なことを言った気がするぞ。
「え?」
社長さんがまた絶句してしまう。
それから僕をまじまじと見た。
「ひょっとして、男の子……?」
「はい」
「やだ、ごめんなさい、変な勘違いしちゃった、今のは忘れて!」
そっか、この人も僕を遼平さんの彼女だと勘違いしたのか。
「はい、忘れます。遼平さんをよろしくお願いします」
椅子から立って深々と頭を下げる。
遼平さんの将来のため僕が足を引っ張るわけにはいかない。礼儀正しく頑張らなければ。
その後、慌てた様子で戻ってきた遼平さんが女社長さんを連れて行ってしまった。
すぐに戻ってきて、僕に「ごめんな」と謝ったけど何がごめんだったんだろうか。
取ってきた料理を全部食べ終わり、お待ちかねのデザートに取り掛かる。
今朝、遼平さんに宣言した通り、これまでの恨みを晴らすかのごとくいちごのキャラメルケーキもプリンも(四角に切られてたからプリンだって判らなかった)シュークリームもワイングラスのも、そして、チョコレートファウンテンも大量に頂いて一つ残さず食べまくった。
食べ過ぎて苦しいぐらいだけど楽しいのと幸せなのとで大満足だ……!
☆☆☆
「美味しかった……! 大満足しました。連れてきてくれて本当にありがとう!」
シートベルトを締めながら遼平さんにお礼を言う。
「どういたしまして。葉月は食わせがいがあるよなぁ。何食ってもニッコニコして」
「何を食べてもじゃなかったよ。ふきのとうが駄目だった」
「あぁ、あれは面白かったな」
遼平さんが爆笑した。
「一口食った瞬間、騙された猫みたいにじーっと天ぷら睨んでたもんな。苦いのは駄目だったんだな」
「駄目じゃないよ! ピーマン平気だから。でもあれは駄目だったよ……。生まれて初めてご飯を残してしまいました……」
「葉月」
遼平さんが腕を広げた。
「?」
「抱きついてぎゅーは無いのか?」
「無いです」
「どうしてだ? おもちゃ屋まではくっ付いてくれたのに」
「シートベルトをしたから」
「そうか……」
なんだかしょんぼりして遼平さんもシートベルトを締めた。
「さて、次は噴水の公園だな。今度こそ知人と遭遇しなければいいがな……。さっきは悪かった。俺の取引先の相手を葉月にまでさせて」
「僕は別に……。失礼が無かったか不安だよ。僕のせいで遼平さんの将来が台無しになったら大変だから」
「大げさだな」
「大げさにもなるよ。僕のせいで遼平さんが玉の輿を逃したらどうお詫びしていいのやら……」
みし、と、ハンドルが軋んだ。
「………………………………」
遼平さんはハンドルから手を放すと片手で顔を押え眉間にきつく皺を寄せて、考え事を始める。
「なるほど……、そういうことか。だから日野さんとホテルに行っていいなんて言ったんだな……」
「?」
はー、と、体中の空気を全部絞り出すみたいな大きなため息を付いてから僕の頭を撫でた。しまった。逃げるのが間に合わなかった。
「聞きたいことも言いたいこともスッッッゲーいっぱいあるけどホテルでゆっくり話そうな。今は一つだけ言っておく。俺は、さっきの女の人のことは何とも思ってないよ。むしろ苦手だ。向こうが好きになってくれてもお付き合いをするつもりは一切ありません」
「えっ!? そんな勿体ない。お似合いだったのに……」
「何を言われてもめげないぞ」
「?」
めげるって何に? あれ? めげるってどういう意味だったっけ? 二回しか言ってないのにゲシュタルト崩壊した。めげめげ。
車が走り出し景色が流れていく。
「ドライブって楽しいね。景色を見てるだけでも退屈しないよ」
「俺もだよ。だからつい高速じゃなくて国道を走っちまう」
「あ。大人のおもちゃ屋さんって看板があるよ! 大人専用のおもちゃ屋さんなんて存在したんだね。何が売ってるのかな?」
「高速に乗るかなぁ……」
前に、大人の階段があるって静さんが言ってた。
世の中には大人しか知らない未知の世界がたくさんあるらしい。
公園は意外とレストランから近かった。
もうちょっと車に居たかったなぁと残念だったんだけど、レストランを出てから一時間以上も経ってて驚いてしまった。
麗さんのお店で買った、ボールと掌サイズの丸い盾が二つ入ったキャッチボールのセットをリックに入れ車から降りる。
ボールはスポンジみたいにやわらかく盾にくっつくので、僕みたいなキャッチボール初心者でも簡単に遊べるセットだ。
「葉月」
遼平さんが僕に向かって掌を差し出した。
手を繋ごうの合図だ。
大きな掌は暖かくてとてもさわり心地が好い。
触りたい……。
誘惑に負けそうになったものの、ぎりぎりで耐えた。
「こんな場所で男同士で手を繋ぐのは変だよ」
できるだけキリッとした顔を作る。
「……そうか……」
遼平さんは諦めてくれたけど手を繋ぐ代わりに、と、僕のリックを持った。
これが変わり? 逆に負担になってるのに。
「まずは噴水に行くか」
「うん!」
僕の中の噴水のイメージは、丸く囲われた水槽に水が溜まり真ん中から水柱が上がるといった定番のものだ。
「おおおお! すごい……!」
ここの噴水はそのイメージとは全然違った。噴水の周辺は石畳の通路から緩やかな傾斜になってたんだ。
想像よりずっと規模が大きく、一番深い中央からは五メートルに届きそうなぐらい高い水柱が上がってる。それもいくつも!
かと思えば、通路の石畳からも水が発射される。筒状になった水の塊がまるでアーチを描く魚みたいに飛んで噴水の水面に呑み込まれた。
「うわぁ……! 水が紐に見えるよ」
「あれ見てると掌で邪魔したくなるよな。夏になったら濡れてもいい恰好でまた来ような」
「え」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,086
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる