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<水無瀬葉月>

『幸せな家庭』の答え

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 派手に震えて丸まった僕の頭を、遼平さんは今までと同じように優しく撫でた。

「あり得なくない。俺は葉月に思いっきり優しくしたいよ。一緒に遊園地に行った日のコンビニの帰り道でさ、葉月のことをこの世で一番幸せにするって言ったよな? 葉月は笑い飛ばしてたけど、あれは本気だったんだぞ」

 ――――?

「はっきり言っておくけど、俺は葉月に犯罪なんかさせたくない。絶対に嫌だ。人殺しなんてとんでもない。これはごまかしてるんじゃないぞ。俺の心からの本心だ」

 ――――――!?

「どうして? 犯罪をさせるために優しくしてたんじゃないの? じゃあ、どうして優しくしてたの? どうして? 犯罪じゃないなら、ぼくはなにをすればいいの?」

「何もしなくて良いんだ。お前に何かをさせるために優しくしてたわけじゃない」

「でも、でも、じゃあ、ぼくは、なにもりょうへいさんにかえせない」

 どうしよう。何も返せないのに遼平さんに甘えてしまった。

 遼平さんにおもちゃを買わせた。

 ご飯を食べさせてもらって、こんなホテルに連れてきてもらって、その上、遼平さんを恋人扱いまで――――!!

 どうしよう……!!!

 僕の汚れが広がって床に滴り落ちていく。


「一杯返してもらってるよ。お前といるだけでも楽しいしな」

 そんなの、もっとあり得ない。

「そうだ、答え合わせをまだしてなかったな」

「こたえあわせ?」

「『幸せな家庭』の答え」

 あぁ、朝の質問か。僕はそれどころじゃないのに。

「俺が思うに『幸せな家庭』って言うのは、家族全員が思いやりを持って生活している家庭の事だな。答え合わせというか、俺の意見になって悪いが」

 僕の目を鼻が触れ合うぐらいに近くから覗き込んで、遼平さんは、言った。


「俺は、葉月と二人で、そんな、幸せな家庭を作りたい」


 え?


 意味が分からない。わからないのに心臓がギシリと軋んだ。




「葉月が好きだ。大事にする。だから、俺の傍に居てくれ」




 囁かれた言葉が脳に浸透するまで、ひどく時間が必要だった。

 すき?


 すき? すき? すき?

 意味がわからなくて同じ言葉がぐるぐると繰り返される。

 そうしてようやく、好き、と変換されて、泣き喚きたくなった。


 どうして、僕なんかを!?


 『汚い女の血の入った子が!』『あー、さっさと死なねーかな』『お前にどれだけ金がかかるかわかってるのか』『こんな飯食えるかよ』『夏休みに皆で旅行にいくわよ』『みんな? あいつも?』『そんなわけないでしょ』『三日ぐらい、何も食わせなくてもいいだろう。こいつに使う金が勿体無い』『汚い』『汚い』『気持ち悪い』

 耳の奥に、沢山の声が響く。お父さんの、お母さんの、兄弟の、クラスメイトの、声。

 強い腕が僕を抱きしめた。
 お父さんからもお母さんからも抱きしめて貰ったことがない僕を。そして多分、本当のお母さんも抱きしめてくれなかった僕を。




「葉月の生まれて初めてを、全部、俺にくれ」




 遼平さんは、笑顔で、僕を見てそう言った。


 いわないと。きちんと説明しないと。

 僕は汚いんです。汚い血が流れてます。

 遼平さんは僕には呪いも毒素も無いって言ってくれたけど、それは、遼平さんの目に見えていないだけだ。
 見える人が見れば僕は真っ黒の塊でしかない。

 今でさえ真っ黒の汚れが僕から滴り落ちてる。
 人間の姿さえしていない。

 ちゃんと、説明しないと。


 僕は浮気相手の子。汚い子。


 欲しがってもらえるほどの価値なんてないんです。



 口が、開く。



 言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ。

 声を出そうと、お腹に力を入れるけど――――――。







 ――――――――駄目だった。






 必死に言葉を搾り出そうと頑張るのに、何一つでてこない。

 ぼくは、よごれてるんです。きもちわるいにんげんなんです。



 ただ、それだけが、どうしても言えなかった。

 言えば、遼平さんは僕の両親のように、ゴミを見る目で僕を見て僕を罵倒する。触ってくれなくなる。友達でさえなくなってしまう。

 一人ぼっちに戻って、暖かいのが全部無くなって、こないだ買ったお揃いの食器が二度と使われなくなってしまう。


(無くしたくない)


 体が、全身が罪悪感に震え、ぶわっと涙が溢れた。

 ごめんなさい。

 許されない隠し事をします。


 よりによって、生まれて初めて優しくしてくれた暖かい人に、隠し事をします。


『『卑怯者!!!』』


 ぴょん太の声が響く。殴られたような衝撃が頭に走った。それでも、僕の口から出た言葉は、




「――――ぼくも、りょうへいさんが、だいすき、です。傍に、居たい」






 自分勝手な欲望だった。






 僕は卑怯者です。

 卑怯で汚れてて、この世で一番醜い人間です。
 でも、それでも。



 奇跡みたいに手に入れた、優しい人だけは失いたくなかった。

「葉月……!」

 三回目のキス。汚い僕にキスして貰えるのが嬉しくて、啄ばまれる感触を楽しんでたら、頭を押さえつけられて噛みつくみたいなキスに変わった。
「ん……!?」

 舌、が! ぬるりとしてすこしだけざらつく舌が絡み付いてきた。頭が痺れてまた真っ白になる。逃げ惑うのに長い舌が容赦なく絡み付いて舐めあげられた。

「あ……あ……」

 ヨダレが零れたころようやく開放され、初めての深いキスに顎がガクガクする。

「葉月、舌出せ」

 顎を指で摘まれて言う事聞かない舌を必死に伸ばす。
 伸ばした舌先を舐められた。距離があるので輪郭もぼやけず遼平さんと視線が合い獲物を狙う獣みたいに目を細めて笑われ、恥ずかしいのと怖いので涙が浮かんできた。

「ぇぐ……、――――!!」

 パーカーの裾から掌が入ってきて足に触れた。
 心臓がうるさい、苦しい。でも、気持ちいい。

 じゅ、って音を立てて舌を吸われて、キスが終わる。

 体がマットに埋まった。
 え?

 さっき見たばかりの天蓋が眼前に広がる。
 いつの間にか寝室に入ってた。

 胸に痛いぐらいの刺激が走りあやうく悲鳴で舌を噛みそうになる。
 パーカーの裾から入ってきた遼平さんの手が僕の乳首を押しつぶすように捏ね回してた。摘まれ、引っ張られて胸が反る。

 くりくりされると逃げ出したくなる変な痺れが沸きあがってきた。

「いつまで舌出してんだ? すげーエロイな」
「!」

 口の中に指を突っ込まれ、突き出しっぱなしにしてた舌をかき回される。
 苦しい、息ができない、歯を撫で舌を指先で挟まれて涎が口から零れる。

「ふ……、ふぅ……」
「嫌なら噛んでもいいんだぞ」

 僕の唾液で汚れた指が、労わるみたいに唇を優しく撫でてから離れて行った。

「――――ぅ」

 パーカーをたくし上げられそうになって慌てて押える。

「や――……!?」

 パーカーを押えるのに必死になってたせいで、あっけなく下着を脱がされてしまった。
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