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(谷静の不安)
おにーさん、君に言ったでしょ?
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遼平にはあんなことを言ったが、オレは内心、薄氷の上を歩いている心持だった。
――――――――――――――――――
初めて見た水無瀬葉月君は、とても地味で目立たない子だった。
オレはこの会社のタレントキャスティングを一手に引き受けている。
人の美醜や声、立ち振る舞いにはうるさいほうだ。新人の発掘にだって力を注いでいる。
そんなオレでさえ見落としてしまったぐらいに葉月君は集団に埋没する容姿をしていた。
だが、今は。
遼平の話だと、葉月君には兄と弟がいるそうだ。
しかも、養子の可能性があるときた。
そこらの女を足元に置かないほど美しく、自分より格下のか弱い相手を、いつまで目こぼしてくれるだろうか。
運が悪けりゃ、一日目にレイプされてもおかしくはない。
遼平には処女がどうこうとこだわるような性癖はない。
葉月君が男に襲われようが、慰めることこそすれ突き放すなど有り得ない。
だけど。
葉月君自身の精神状態はどうだ?
あの子は耐えられるのか?
オレが首を触ったぐらいでパニックに陥ったあの子が、好きでもない相手に触れられて自分を保つことが出来るのか!?
「水無瀬氏自身が弁護士ではなくとも、息子に弁護士だと信じ込ませていたぐらいですから、法曹関係者……もしくは、弁護士と関わりの深い仕事をしているのかもしれません。例えば弁護士秘書ですね。川添先生を通じて該当する人物が居ないか調査を依頼しましょう」
二本松がスマホをタップしながら言った。川添とはこの会社の顧問弁護士だ。すぐさま先生に連絡を取るつもりなのだろう。
ついでに家庭の法律問題に詳しい弁護士を紹介してもらってくれ。
口出ししそうになって踏みとどまる。
その程度、二本松は百も承知だろう。
水無瀬氏が一時的に弁護士資格をはく奪されているだけの本物の弁護士であれば、こちらも弁護士を立てないと要求を通すことは難しい。
葉月君が住むオンボロアパートに聞き込みをしたのだが、住人達は口をそろえて、葉月君が姿を消した日、騒ぎは無かったと答えた。
葉月君は無理矢理連れ戻されたわけじゃない。自分の判断で家に帰ったんだ。
帰った理由は判らない。
弱みを握られているのか人質でも取られているのかそれともほかに事情があるのか。
言えることはただ一つ。
自分の意志で帰った以上、並大抵の説得では親から引きはがせないということだ。法律を盾に合法的に引きはがしてやらないと。
だが、親元に留まろうとする18歳の子を引きはがす……そんなことができるんだろうか?
いや、どんな手を使っても引きはがさなければ。
今のあの子と過去のあの子は違うんだ。
眼鏡を没収しなければよかった。髪を整えなければよかった。
後悔が意識をかき乱す。
瞼を閉じると、カメラのファインダー越しに覗いたかのように、無防備に笑う葉月君が浮かび上がった。
(葉月君。おにーさん、君に言ったでしょ?)
(何かあったら遼平に相談しなさいって)
(オレでも二本松でもいいからって)
(オレ達はいつでも葉月君の話を待っていたのに、どして相談してくれなかったの)
(例え君が人質を取られていても弱みを握られてても、相談してくれていれば、なんとでもできたかもしれないのに)
(手を伸ばして貰わないと引っ張り上げることもできないんだよ)
笑顔に愚痴ってから、思い直した。葉月君は助けなど望んでなかったのかもしれないと。
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初めて見た水無瀬葉月君は、とても地味で目立たない子だった。
オレはこの会社のタレントキャスティングを一手に引き受けている。
人の美醜や声、立ち振る舞いにはうるさいほうだ。新人の発掘にだって力を注いでいる。
そんなオレでさえ見落としてしまったぐらいに葉月君は集団に埋没する容姿をしていた。
だが、今は。
遼平の話だと、葉月君には兄と弟がいるそうだ。
しかも、養子の可能性があるときた。
そこらの女を足元に置かないほど美しく、自分より格下のか弱い相手を、いつまで目こぼしてくれるだろうか。
運が悪けりゃ、一日目にレイプされてもおかしくはない。
遼平には処女がどうこうとこだわるような性癖はない。
葉月君が男に襲われようが、慰めることこそすれ突き放すなど有り得ない。
だけど。
葉月君自身の精神状態はどうだ?
あの子は耐えられるのか?
オレが首を触ったぐらいでパニックに陥ったあの子が、好きでもない相手に触れられて自分を保つことが出来るのか!?
「水無瀬氏自身が弁護士ではなくとも、息子に弁護士だと信じ込ませていたぐらいですから、法曹関係者……もしくは、弁護士と関わりの深い仕事をしているのかもしれません。例えば弁護士秘書ですね。川添先生を通じて該当する人物が居ないか調査を依頼しましょう」
二本松がスマホをタップしながら言った。川添とはこの会社の顧問弁護士だ。すぐさま先生に連絡を取るつもりなのだろう。
ついでに家庭の法律問題に詳しい弁護士を紹介してもらってくれ。
口出ししそうになって踏みとどまる。
その程度、二本松は百も承知だろう。
水無瀬氏が一時的に弁護士資格をはく奪されているだけの本物の弁護士であれば、こちらも弁護士を立てないと要求を通すことは難しい。
葉月君が住むオンボロアパートに聞き込みをしたのだが、住人達は口をそろえて、葉月君が姿を消した日、騒ぎは無かったと答えた。
葉月君は無理矢理連れ戻されたわけじゃない。自分の判断で家に帰ったんだ。
帰った理由は判らない。
弱みを握られているのか人質でも取られているのかそれともほかに事情があるのか。
言えることはただ一つ。
自分の意志で帰った以上、並大抵の説得では親から引きはがせないということだ。法律を盾に合法的に引きはがしてやらないと。
だが、親元に留まろうとする18歳の子を引きはがす……そんなことができるんだろうか?
いや、どんな手を使っても引きはがさなければ。
今のあの子と過去のあの子は違うんだ。
眼鏡を没収しなければよかった。髪を整えなければよかった。
後悔が意識をかき乱す。
瞼を閉じると、カメラのファインダー越しに覗いたかのように、無防備に笑う葉月君が浮かび上がった。
(葉月君。おにーさん、君に言ったでしょ?)
(何かあったら遼平に相談しなさいって)
(オレでも二本松でもいいからって)
(オレ達はいつでも葉月君の話を待っていたのに、どして相談してくれなかったの)
(例え君が人質を取られていても弱みを握られてても、相談してくれていれば、なんとでもできたかもしれないのに)
(手を伸ばして貰わないと引っ張り上げることもできないんだよ)
笑顔に愚痴ってから、思い直した。葉月君は助けなど望んでなかったのかもしれないと。
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