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第二章~平山

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 パトカーの中で毛布にくるまりながら、ボーッと俺は待つ。先ほど救急車が去っていったから、栄一の遺体が運ばれて行ったのだろう。サイレンを鳴らして急ぐ様子を見せたが、おそらくもう手遅れだろう。俺が見た時点で、栄一はこと切れていた。助かることはない。
 脳裏に栄一の家族が浮かぶ。中学時代は何度か遊びに行ったあいつの家で、たまに見かけた家族。うちと違って賑やかで楽しそうな雰囲気を、羨ましく思ったものだ。
 きっともう、あの家族はあんな日々を送ることはできない。立ち直ることは出来ても、もうあの日には戻れないんだ。栄一が居た日は戻らない。

 俺が奪ったんだ、と思ったその時。携帯が震えた。見れば母からだ。俺がちっとも帰らないから心配してかけてきたのだろう。見れば時刻はまだ深夜。

「もしもし? うん、ちょっと平山が事故っちゃって……大丈夫、俺はなんともない。でも今警察に事情聴取されてて……」

 俺が電話に出たことに安堵する母。だが事故と警察という言葉に、明らかに動揺している。
 心配する母に「大丈夫だから。また連絡する」と言って電話を切った。切って苦笑が込み上げる。
 なにが”大丈夫”だ。ちっとも大丈夫じゃないではないか。俺はこれからどうすればいいんだ? せっかく愚鈍な刑事が事故で片付けようとしていたのに、わざわざ自分から首を絞めることをして……。

 正解が何かなんて分からない。ただ、栄一の家族が脳裏に浮かんだ瞬間、俺は覚悟を決めた。
 と同時に、ガチャッと音がしてパトカーの扉が開き、運転席に人が座った。

「こんばんは。久しぶりだね」

 まだ別れて一日も経っていない。日付は変わって昨日のことだが、久しぶりという言葉は相応しくない。
 だというのに、早川刑事は敢えてその言葉を使った。嫌味なのかボケてるのか分からないが、俺は無難に「こんばんは」と返しておく。
 次いでガチャッと音がして、助手席に人が乗り込んだ。こちらも見覚えのある顔。メモ係の新井刑事だ。ペコリと無言で頭を下げてきたので、俺も無言で下げ返す。

「それじゃ、話を聞かせてもらおうか」

 まだ長い夜は明けそうにない。

* * *

 トントンと、メモ帳を叩く音がする。見れば新井刑事が相変わらずの無表情でもって、ボールペンの先でメモ帳を叩いていた。
 その横では眠るように目を閉じている早川刑事。

「黒い球体、ねえ……」

 フッと目を開いて、早川刑事は背後に座る俺を見た。

「それ本当?」
「信じられないと思いますし、信じないのが当然だと思います」
「でも言うんだ? 黒い球体が夢に出てきて、選択を迫られたと。で、キミは選んだ、と?」
「はい」

 相手がどれだけの経験を積んだ刑事か知らない。世界はドラマや映画のように都合よく展開しないことくらい、俺にだって分かる。
 最悪の場合、頭がイカれた奴と認定される可能性もある。刑事は俺が栄一を突き飛ばしたと考え、俺が嘘をついていると思う……それが一般的な、正常な判断による結果だ。
 だが俺は嘘をついていない。もう正直に言ってしまおうと思ったから。

 俺は全てを話した。矢井田のことも奥田のことも、そして今回の栄一のことも。全て夢の中で黒い球体に言われて選んだ結果起きたことだと。

「予知夢ってやつかねえ……」

 だがやはりにわかには信じられないらしく、早川刑事はそう言って難しい顔をする。

「でも刑事さん、予知夢と片付けるには異常すぎませんか? なぜこうも伊織はいつも死にかけて……いや、死にかけること自体はともかくとして、犠牲者が入れ替わるなんて、そんなこと……」
「まあ普通なら有りえないよね」

 俺が選択した人間が死ぬのではなく、単に予知していたのだと言われたら、そうなのかもしれない。
 だがそれでは入れ替わりの説明がつかないのだ。

「でも、証拠がないんだよ。ショッピングモールでの一件も、何度見ても最初から犠牲者は奥田君なんだ」
「俺と奥田が、事件直前に会話していた映像、ないんですか?」
「なかったよ。カメラの端っこにキミ映ってたけど、終始一人だった。キミの幼馴染……えーっとなんだっけ」
「神澤伊織」
「そうそう、その神澤さんとキミが離れてしまう映像はあった。それからしばらく神澤さんは映ってないんだが、キミは映ってたんだよ。で……」
「ずっと一人だった、と?」
「そうそう。奥田君が馬乗りになって殺されそうになるのを、棒立ちで見ているシーンもある。しばらくして、カメラの端っこから神澤さんがキミの元に駆けていく姿も映っていた。つまり……」
「俺の言ってることを証明する映像はない、と」
「そういうこと」

 言って早川刑事は肩をすくめた。
 では、あれは無かったことになっているのか。
 奥田と最後に交わした会話。いや、あれを会話と言って良いのか分からないが、俺はハッキリと奥田の言葉を覚えている。

『あん? 良善じゃねえか。てめえ、こんなとこで何してやがる』

 俺を睨む目つき。ハッキリと奥田は俺を見ていた。俺の記憶にある、奥田の最後の言葉。
 だというのに、あれは無かったことになったということか。そんなことが有りえるのか? いや、そもそも入れ替わり事態が異常な話なのだ、一つ異常があれば二つ三つ異常があるのも普通。……異常なのに普通なんてな、と考えて自分の思考に苦笑する。

 夢だったとは思わない。幻を見ていたんだとも思わない。
 だって俺と同じ光景を見ていた奴がいたから。そう、栄一だ。

「栄一も、見たと言ってたんです。伊織と、矢井田や奥田が入れ替わるのを、栄一も見たと言って……」
「そして神澤さんが現れて、平山君はパニックになったと」
「はい。パニックになって、伊織を突き飛ばして……そしたら頑丈だったはずのフェンスが突然壊れて……」

 嫌な記憶がフラッシュバックする。目が血走っているのが自分でも分かる。呼吸も荒い。

「落ち着いて、相良君。深呼吸をして、少し冷静に……」
「これが落ち着いていられるか! 友達が死んだんだぞ!?」

 栄一の最後が目に浮かぶ。俺を真っ直ぐに見つめながらも、信じられないと目を見開いて落ちていくあの様が。

「……すみません」
「いや、いいよ。お友達が亡くなったんだ、仕方ない」
「でも俺は見たんです、本当に。話の続きですが、フェンスが壊れて伊織が落ちて……けれど落ちたのは栄一だった。伊織と入れ替わって、栄一が落ちたんです」
「それなんだけどねえ。やっぱり神澤さんが映ってないんだよ」
「え?」

 早川刑事が言うには、昨今のご時世もあって、公立とはいえこの中学にも監視カメラが設置されているらしい。それは正門と裏門共にである。暗くて分からなかったが、俺達が卒業すると同時くらいに設置されたんだとか。

「相良君──キミと平山君は、確かにカメラで確認できているんだ」

 俺達が忍び込む様子は、情けないことにカメラに映っていたらしい。そして早川刑事は……警察は既にそれを確認したと。ところが……

「伊織は映ってないんですか?」
「そうなんだよねえ。いくらなんでもただの女子高生が壁を飛び越える……いやさ、乗り越えられるとは考えにくいし」
「校舎内にカメラは?」
「まあさすがに門のとこだけみたいだね」
「そんな……」

 ではあれは誰だというんだ?
 俺だけじゃない、栄一だって見たんだ、伊織の姿を。だからあいつはあんなにもパニックになって……。

「とはいえ、神澤さんが入った証明ができないってだけのこと。逆に言えば、入ってないという証明もまた、できない」
「入ってないという証明……」

 つまり俺の証言を肯定も否定もできない、と。

「あとは本人に聞いてみるしかない」

 言って、早川刑事は前を見た。俺も見れば、どうやら撤収が始まっているようだ。残る人間もいるが、大半は帰る支度をしている。

「今日はこれくらいにしようか。詳しい話はまた後日……送ろうか?」

 振り返らずに言う早川刑事の言葉に、俺は「お願いします」と頷く。同時に動き出すパトカー。
 俺は流れる景色をただ無言で見ていた。

 翌朝。
 学校を休んだ俺に刑事から連絡がくる。
 その内容は、「神澤伊織は、中学校舎には行ってないと言っている」というものだった。
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