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「次の王となるにしては、随分とお粗末な事ですね、王太子?」

 たっぷりと皮肉をこめた「王太子」だと思った。
 国王と同じく、バルティアスは冷たい目で、皮肉気な笑みを浮かべている。

「隣国との間に不穏な空気を感じ取った途端、面倒だとさぼっていた学園にまた通い始めた王太子?」

 バルティアスは抱きしめていた私を解放してから、モルドール王子へ一歩近づいた。
 その迫力に気圧され、一歩遠のくのはモルドール王子。

「最初の調停の場には王族を、との話だったのに、恐怖で逃げた王太子?」

 また一歩バルティアスは前に出て、モルドール王子は後ろへ一歩。

「流血沙汰の後、和平に向けて何度も何度も繰り返された話し合いに、一度たりとも出席しなかった王太子?」

 また一歩。

「それどころか遺族や傷ついたものを見舞う事も思いやる事もせず、派手な卒業式を敢行させ。やることと言えば、俺の愛する人を陥れ、罪人に仕立て上げようとする小細工のみ──」

 ひっ!とモルドール王子が小さな悲鳴を上げた。
 バルティアスの背中しか見えない私には分からなかったけれど、王太子が泣きそうになるような恐ろしい顔をしていたのだろう。

「貴様が──屑のお前が王太子だと?次期王だと?ふざけるのも大概にしろ。貴様など……王族であること自体がこの国の恥だ」

 憎々し気に、吐き出すように絞り出すような声でバルティアスは言った。

 そして、彼は腰の剣をスラっと抜き放ったのだ!

「ひいっ!」

 あの時のモルドール王子の情けない顔を、私はきっと一生忘れないだろう。
 対抗して剣を抜く事など出来ぬ、腰抜けの王子の顔は間抜け以外の何物でもなかった。

 けれどバルティアスはモルドールに切りつける事はなかった。
 剣を放って王子の足元に投げたのだ。

 剣の落ちる音が会場中に響く。

「な、何を……」

 戸惑いの声でモルドール王子はバルティアスを見た。

「お前は存在そのものが罪だ、罪人だ。今この場で自害するか?それとも殺してやろうか?」
「な!」

 驚愕の顔をバルティアスに向けたモルドール王子は──モルドールは絶句し、その場に立ち尽くした。

 右を見る。
 左を見る。
 背後を見る。

「ふ、フレアリア──助けてくれ、私は、私は……!」
「しょうもな」

 だが、救いを求めた相手は、ただただモルドールを冷たい目で見て、冷たい言葉をかけるだけだった。

「フレアリア!?」
「せっかく王妃になれると思ったのに?うざい姉を始末出来ると思ったのに?役立たず。消えてよ」

 さすがと言うべきか。
 フレアリアは切り捨てるのが早かった。切り替えが早かった。

「バルティアス王子様、わたくしはこの愚かなモルドールにだまされて居たのです、脅されていたのです」

 スッと前に出て、バルティアスの腕にその手をかける。思わず動きかけた私を、顔をコチラに向けたバルティアスが制す。ニコッと安心させるように微笑んで。

 直後、バルティアスはバッと乱暴にフレアリアの手を払いのけた。

「お、王子様?」

 戸惑うフレアリアを、バルティアスは鼻で笑う。

「くだらん芝居はもう仕舞にするんだな。お前の──お前たちの悪行の数々は、既に我らの知る事ととなっている」

 お前たち、の言葉の時には、モルドールとフレアリアに加担していた貴族の令息たちの方へも視線を投げた。
 その瞬間、彼らの顔から血の気が引いたのを私は確かに見た。

「ち、違うんです、私は……!」
「僕はフレアリアに騙されていたんです!」
「俺はモルドール様……いえ、モルドールに脅されて仕方なく!」

 口々に必死に言い募る言い訳は、バルティアスの氷のように冷たい視線で閉ざされた。

「お前たちの卒業後が安泰だと思うなよ。じきに沙汰を出す、覚悟しておけ」

 彼らへの断罪はそれにて終わる。ガックリとうなだれる者、鼻水を垂らして情けなく泣く者……誰もが絶望していた。

 そして相も変わらず呆然としているモルドールに、そこでようやく国王が声をかけた。

「情けなくも愚かな我が息子よ」
「ち、父上、私は……」
「お前は死にたくないと思うか?生きたいと思うか?」

 それが国王の恩情だと思ったのだろう。
 バッと動いたモルドールは、父親にすがりついた。

「は、はい、父上!私は反省しました、もうこんな愚かな事は致しません!立派な王になるべく精進してまいります!だから、どうか、どうか……!」

 あの時。
 まだ王になろうと考えたモルドールを、私は心のどこかで笑っていたのだろう。なんと愚かな男なのかと。

 おそらく会場にいた者全てが、傍観者の面々は全て思っていた事だろう。

 なんと阿呆な輩がいたのかと。

 こんなにも愚かな輩が次期国王の予定だったのかと、ゾッとした者も少なく無かっただろう。

 そんな思いが充満したその場で。

 モルドールはもう大丈夫だと安堵の吐息を漏らした。

 それを見やってから、国王は口を開いた。





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