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(35)キャスカとサリハ

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「正に九死に一生とはこの事かもしれませんね。サリハには迷惑をかけましたけど、本当に助かりました」

「もったいないお言葉です、キャスカ様」

 教会の一室を与えられており、そこに二人で生活をしているシナバラス王国第二王女のキャスカと侍女のサリハは命の危険に直面している状態からすっかり回復し、今では時折教会の作業を手伝っているほどだ。

「ですが……あの御兄弟、姉妹の方々がこれほど非情になるとは思っておりませんでした。キャスカ様は早くから王位継承権を放棄すると明言され、誤解のないように戦力すら放棄しているのにもかかわらず……」

 サリハの言っている通りに、骨肉の争いを身内で行う事を嫌ったキャスカは相当早い段階で継承権を放棄すると宣言し、通常その身を守る為に配属される要員すら放棄していたので、味方、戦力足り得るのは従者のサリハだけとなっていた。

 他の継承権を持つ者達と比べるまでもない程の戦力になっているので、相手にする必要もない程の脅威と認識されるだろうと思っていたのだが、その思惑は完全に外れて、最も排除しやすい存在と認識されてしまった為に急襲され、サリハの命がけの逃走劇でこの教会までギリギリ到着する事が出来ていた。

 その後は落ち着いて生活が出来ているのだが、実はサリハの身体能力は極めて高い為に時折不穏な気配、他の王族達が手配した暗殺者の気配をほんの一瞬察知する時があるのだが、その気配はどんな時でも一瞬で消えてしまうので、気のせいと断じる事は出来ないながらも現実的に継続して気配はつかめず、そしてその痕跡すらないのでそれ程危険な状況にはないだろうと思っている。

 現実的には、ルビーを始めとした魔族三人が自分達の気配を完全に消した状態で対処しているだけなのだが……

「しかし、今回の決定はよりキャスカ様にとっては安全になる可能性が高く、ありがたい限りです」

 今回の決定とは言わずと知れたダンジョン攻略、即ち魔王を始末する事で王位継承を認めると言う布告であり、<勇者>パーティーでさえその手に余ると明言している戦力を相手にするので、ユガル王国と共闘すると言っても今までよりも遥かに自分達にかまう時間が無くなるだろうと思っており、それは正しいのだが、完全に無くなるとは思っておらず、それも正しい。

「教会をお手伝いさせて頂いている時に思ったのですが、あのお三方の癒しの力は素晴らしい!の一言です。実際にあの力が有れば、ユガル国王や<勇者>パーティーが癒し手として引き抜きたいと言う気持ちもわからなくもありませんね」

「確かに、あれほどの力をあれだけの人数に対して連続行使して疲れた様子、と言ってもベールで良くわかりませんが、ぱっと見は一切疲労の気配がないのですから、相当と言う言葉でも足りない力を持っているのは間違いありません」

「お三方の力はその通りだと思いますが、今回の継承が無事に済んだとして、私はどうすれば良いのか。先が見えないのには正直不安がありますね」

 <魔王>モラル達が勝手にキャスカに王位を継がせようと話しているなど知る訳もないので、継承をさっさと諦めている当人としては、誰が王位についても自分は消されてしまうのではないかと言う不安が付きまとう。

 互いに争っている間柄なら有り得なくもない……と言いたい所だが、既に継承権を放棄して争っておらずに、放棄の意志を明確に示す為に危険を冒して実際に戦力を持たずにある意味丸腰でいるキャスカに対しても、全兄弟姉妹から暗殺者が差し向けられている事まではサリハの情報収集によって掴んでいるので、誰が王となってもその未来は決して明るくはないだろうと思っている。

「いつまでも神父様のご厚意に甘える訳には行きませんし、何時追撃があるのかもわからないのですから……残念ですが、あの癒し手の方々を守る事が出来たと確信できた時が心優しい方々とのお別れの時かもしれませんね。サリハには私の我儘で迷惑を掛けますが、共にいてくれますか?」

「もちろんです。私の方からお願いいたします。いいえ、逆に去れと言われても、絶対に行動を共にさせて頂きます!」

 既に追撃の気配はあったのだが、実際には直接的な害はなくいつの間にかその気配も霧散していた事から余計な事は言わずに、唯々キャスカに付き従うと言う決意を表明するサリハ。

 この二人の無駄な決意表明は残念な事に<魔王>イリヤ達には聞かれておらず、当人達はおやつの話で夢中になっており、今のこの時点ではプリン派とケーキ派に分かれて激しいバトルが繰り広げられている。

 因みにバケットが主張していたクッキーは、シリアナが主張するケーキ派に乗っ取られた事は付け加えておく。

 と、そんな事はさておき改めて二人は互いの意志を確認すると、暫くは申し訳ない気持ちのままホリアスの教会にお世話になるのだが、恩返しの一部として癒し手をユガル国王から守る事が出来たと確信した段階で去ろうと決意する。

 行く当てもなく逃走する事になるので食料や水も現地で調達、更には当面真面な寝床で寝る事など不可能な事は理解しており、追撃がある事は間違いない中で教会に迷惑をかけたくない一心でこの決断ができるのだから、相当な覚悟だ。

 誰が王位を継ごうとも安全な場所などなく、逆に今更自分が王位を狙うにしても圧倒的に戦力がなさすぎるので打つ手がない為、あまり長く生きる事は出来ないだろうと言う悲壮な覚悟をしつつも、今と言う時を信頼できる者と共に全力で生きている。

 その決死の覚悟も実は無駄な覚悟であると知る事が出来るのは、もう少し後になる。

「さっ、明日も癒しのお仕事がありますから、今日はもう寝ましょうか、サリハ」

「そうですね。では、おやすみなさい。キャスカ様」

 二人が寝息を立てている頃……未だ神父の部屋では三傑と<魔王>モラルを含む面々がおやつの件で揉めており、その間に来たキャスカを狙った刺客はフェライトがさっさと捕縛の上ダンジョン下層送りにしている。

 ダンジョン下層に送られた者がいる事は嫌でもわかるが、モラル達にとってみればその程度の暗殺者はおやつと比べると非常に重要度が低いので、意識はそちらに向く事は無い。

 哀れ、暗殺者……プリンかケーキにあっさりと負けているとは知らずに、捕縛されたのだ。
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