上 下
2 / 162
第1部 第1章 追放と出会い

第2話 ざまあみろ、です

しおりを挟む
 ふたりで魚を釣って食べ終える頃には、陽が沈んでいた。

 おれたちはその場で野宿することになる。

 けれど、おれはいつまで経っても眠れず、ただ焚き火の炎を見つめていた。

 目をつむれば、裏切られ、奪われたあの光景がぐるぐると何度も浮かんでくるのだ。

「……眠れないのですね」

 ソフィアの声が穏やかに響く。

「ごめん、起こしちゃったか」

「いえ、わかります。わたしにも、眠れない夜は何度もありましたから」

 それで話が終わるかと思ったが、ソフィアは寝袋から抜け出してきて、おれの隣に腰を下ろした。

 今まであえてなにも聞かずにいてくれたソフィアが、初めて踏み込んできた瞬間だった。

「眠れないのなら、いっそ吐き出してみませんか」

「……面白くない話しか出てこないよ」

「それはきっと、考え方次第です」

「裏切られて、奪われて殺された。そんな話を、どう考えたら面白くなるって言うんだよ」

 声が荒くなりかけて、ぎりぎりで自制する。

 ソフィアはゆっくりと首を横に振った。

「あなたは生きています。相手からすれば殺したかったのに見事に失敗して、まんまと生き延びられてしまったのです。ざまあみろ、です」

 ソフィアはそっと小首を傾げる。

「愉快ではありませんか?」

 なにも言い返せない。

 そういう発想は、おれにはなかった。

 そうなのか? 生きていただけで、ざまあみろ? たった、それだけで?

「それに、シオンさんがなにもかも吐き出して、それで眠ることができたなら、それもやっぱり、ざまあみろ、です。あなたの元お仲間は、裏切りを用いてさえ、あなたから安眠を奪えなかったことになるのですから」

 なんてポジティブな考え方だろう。

 もしくは、無理にでもポジティブに考えなければ、心が押し潰されていた。そういう日々をソフィアは送ってきたのかもしれない。

 おれにそうさせないために、自分で学んだことを教えてくれているのかもしれない。

 ソフィアはこんなときでも姿勢正しく、ぴんと背筋を伸ばしている。

 おれもそんな姿勢でいられたら、どんなにいいか。

 ……でも。

「疲れないか? そんな風に背筋を伸ばしっぱなしでさ」

「はい、実は長くこうしていると疲れてきます。でもこれは見栄なので、仕方がないのです」

「見栄?」

「はい、こうして背筋を伸ばしていれば、わたしの小さな胸も、少しは大きく見えるかと」

 急になに言ってんの、この子。

 ついソフィアの胸元に視線が吸い込まれる。

 ……慎ましい。まったくもって慎ましく、可愛らしい。

「いかがでしょうか」

「え、あ、いや、気にするほど小さくないと思う、よ?」

「つまり、小さくはある、と」

 おれは黙って目を背ける。

 それから気付く。

「ソフィア、君、またそんな真顔で冗談を」

「いいえ。割と本気、だぞ」

「マジか……」

「なんちゃって」

 おれはまた脱力して苦笑する。

 おいおい。

「意外とお茶目なんだな、君は」

「はい、たまにそう言われます。ただ、胸のことは本当に気にしていないので、安心してください。まだ将来に希望がありますので」

 穏やかな、けれどわかりづらいソフィアの微笑みに、おれはもうひとつ気付く。

 かなり気を遣わせてしまっている。

 わざわざこのタイミングで冗談を言うなんて、おれの心を和ませる以外の理由なんてない。

 そこまでしてくれたお陰か、ソフィアの提案に乗るのも悪くない気がしてきている。

 おれは小さく息をついてから、心のわだかまりを吐き出すべく口火を切った。

「……おれは『フライヤーズ』っていう、S級冒険者パーティの一員だったんだ――」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:91,540pt お気に入り:3,204

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,163pt お気に入り:3,572

好きになって貰う努力、やめました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,674pt お気に入り:2,188

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,395pt お気に入り:3,117

処理中です...