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第2部 第1章 可憐な王女 -新素材繊維-

第92話 わたくしが、なんのお役に立ちますの?

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 おれたちの工房――ガルベージ工房の周囲は、すっかり労働者が居付いた立派な村に発展していた。

 射出成形インジェクション装置の試作機や、大型機は相変わらずレンズや盾の生産にフル稼働している。

 同時に、各工房へ普及させるための新たな射出成形インジェクション装置の製作も続々と始まっている。

 村人たちのために商店がいくつも開かれ、駅馬車の運行も始まっている。

 魔物を飼育して新素材を得る様子は物珍しさもあり、観光目的でやってくる者も増えているらしい。

「まあ、まあまあまあ……! これが本物の魔物ですのね。思っていたよりも大人しくて、なんだか可愛らしいですわ!」

「そう躾けられていますから。よその魔物はこうはいかないのでお気をつけくださいね」

 サフラン王女が楽しく見学している間に、ノエルとアリシアがやってきた。

「やっほー、みんなおひさー!」

「久しぶり、ノエル。あれ、どこか行ってた?」

 ノエルは旅から帰ってきたばかりという風体だった。

「うん、領内人助けの旅してたの。えっへへー、楽しかったわよー♪」

 一方、アリシアは目の下にクマができていた。

 ソフィアは心配そうに見つめる。

「アリシアさんは……お疲れのようですね」

「ああ……。領地が増えたものでな。その管理や人員の手配に追われているよ。面会やら縁談やらもあって、とにかく時間が足りない。もう少しで人手も足りるから、落ち着くと思うのだがな……」

 アリシアの様子から、シュフィール家に来てくれたベネディクトさんがどれだけ優秀に働いてくれているのか、改めて理解した。

 おれは内心で彼に感謝し、アリシアに同情した。

「忙しいところ、ごめん」

「いや、気分転換にはちょうどいい。サフラン様もいらっしゃっていることだし、喜んで出迎えるさ」

「とか言っちゃってー。サフラン様じゃなくて、ショウが来たからのほうが大きんじゃないの~?」

 アリシアはノエルのツッコミに、照れるように目を逸らす。

「べ、べつに、そんなつもりはない、ぞ」

「ふ~ん?」

「ほ、本当だぞ。それよりショウ、今日はいったい、どんな用事なのだ? やはり、新しい物作りなのだろう?」

「ああ、実はサフラン王女の発案でね。新素材で糸を――つまり布を作ってみたいんだ」

「糸の作り方は、通常の紡績とは異なりますが……ここに来るまでにラフな設計図を書いてみました。まずはこれを試作してみましょう」

 そのスケッチを見て、ノエルもアリシアも「面白そう」「さすが」と楽しげに微笑んだ。


   ◇


 溶かした新素材に圧力をかけ、微細な穴をたくさん開けた口金に通す。出てきたたくさんの繊維を魔法で起こした風で冷却、凝固させる。最後に、繊維をひとつにまとめ、一般的な太さの糸に紡ぐ。

 そこまでの装置を、おれたちはその日のうちに作り上げた。

 作りかけの射出成形インジェクション装置の部品を流用できたのが大きい。足りない部品はソフィアが新造し、ノエルが魔力回路をアレンジしてくれた。

 そしてアリシアには、たくさんの種類の新素材を用意してもらった。

 さっそく装置を稼働させ、色々な種類の糸を作り出す。

 装置作成中におれは織機を買い付けに行った。今すぐ輸送することを条件に高額で買い取り、さらにその場にいた機織り職人も雇って連れてきた。

「さあ、ここからはサフラン王女のお力をお貸しください」

 王女はきょとんと目を丸くした。

「わたくしが、なんのお役に立ちますの?」

「わたしたちは、布地の良し悪しに詳しくないのです。裁縫のお得意なサフラン様のご視点から、どの糸から作った布が良い物か見定めていただきたいのです」

 ソフィアの言葉に、王女は戸惑った。

「ですが姉様、わたくしは新素材に関してなにも知りませんわ。わたくしなんかが選んでは、きっとご迷惑をおかけしてしまいます……」

 アリシアが小さく「姉様?」と呟き首を傾げていたが、そこはスルーする。

 ソフィアは人差し指を立てて、王女の眼前に持っていく。

「めっ、ですよ。サフラン様。『自分なんか』なんて言っては、できることもできなくなってしまいます」

 それから優しく微笑む。

「ただご自分が、この布で服を作ってみたいと思えるものを選べば良いのです。それに、たとえ上手くいかなくても、迷惑だなんて思いませんよ。わたしたちは失敗しても、何度でもやり直してより良い物にしていくことを、なによりの楽しみにしているのですから」

 サフラン王女はうつむきかけた顔を、ゆっくりと上げる。

 その青い瞳には、わずかながらに輝きが宿る。

「そう仰ってくださるなら……はい。わたくし、挑戦してみますわ!」

 その日からサフラン王女は、数日ごとにガルベージ工房へ通うようになった。

 機織り職人に作ってもらった小さな布地サンプルを、肌にこすりつけてみたり、濡らしてみたり、折りたたんでみたり、と思いつく限りのやり方で確かめていってくれた。

 そして数週間後……。

「これです! これこそ、わたくしの求めていた布地ですわ!」

 サフラン王女はついに、彼女が納得する最高の布地に巡り合った。
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