19 / 29
三.演劇は終わりを告げる
18.その行為は許されない
しおりを挟む
「あー、前島先生なら授業の準備があるからって理科準備室に行ったはずだよ」
職員室へと向かうと扉の傍に座っていた男性教諭が前島の居場所を教えてくれた。時久は先生に礼を言ってから職員室に出ると廊下で待っていた飛鷹に「理科準備室らしいです」と声をかける。
「こんな時でも授業の準備しないといけないって教師って大変だね……」
「顧問である演劇部の部員が死んでいても仕事は待ってくれないということです」
前島の様子を思い出してか、飛鷹は大変だなと彼に同情していた。彼だって部員たちの死にショックを受けているだろう。それでも、教師として授業は行わなければならない。
悲しむ暇など与えてくれないのだから、その気持ちは辛いものだろうことは想像ができると、廊下を歩きながら飛鷹は呟く。
人が死んだというのに時間というのはなんでもないように過ぎていく。そうして、そこにあったというのにいつの間にか空気になって人の記憶から薄れていくのだ。
理科準備室のある棟は人一人いない。放課後であるからだろうか、しんと静まっていて少しばかり不気味だった。
奥にある理科準備室の扉が僅かに開いているのを見て、誰かがいるのは確かだ。時久は扉に手をかけて「失礼します」と一言、断りを入れてから開けた。
そこには前島が立っていた――その首にはロープが括られている。天井に吊り下げられたロープに足場に使っている椅子。一瞬、何が行われているのか分からず思考が停止するも、すぐに時久は前島の元へと駆け寄った。
「前島先生、何をしようとしているのですか!」
「止めないでくれ!」
時久の大声にはっと我に返った飛鷹も慌てて前島の元へと向かい、彼の身体を抑える。
前島は首を吊ろうとしていた、自らの命を絶とうとしていたのだ。そんな現場を目撃して止めない人間はそういない。
時久は「落ち着いてください」と前島を説得するも、彼は「止めないでくれ!」と言って椅子を蹴飛ばそうとする。
「止めないでくれ! わたしなんて生きていてもしかたないんだ!」
「どうしてそんな考えに至るんですか!」
「生徒が、わたしが顧問をしていた部員が死んだんだ!」
前島の言葉に時久は彼も追い詰められていたのだろうと察する。それでも死なせるわけにはいかないので、死のうとする彼の首からロープを取った。 がくんと椅子から転げて前島はうずくまる。「死なせてくれ」と嘆きながら泣いているようだった。
「わたしは、わたしは三人も死に追いやってしまったんだ。滝川の自殺を止めれず、白鳥も半沢も誰かに殺されてしまった。きっと、わたしがもっと彼らを見てあげればよかったんだ……」
滝川未来の死はきっと演劇部にも関係があるはずだ、それを苦に自殺したに違いない。白鳥も、半沢も二人が揉めていることを知っていながら気づかぬふりをしていた。もっともっと彼らに向き合っていれば、死なせずにすんだのではないのか。前島は泣きながら言った、わたしのせいなのだと。
前島の心は美波と同じように不安定になっていた。一人が死に、また一人と立て続けに死んでいく。それが自分の顧問の部員なのだから。
気の弱い卑怯な自分のせいで、彼女たちを救えなかったのだとそう思い込んでいる。嗚咽を吐きながら泣く前島に飛鷹は声をかけられない。
「前島先生、だからといって死ぬのはよくないです」
時久は冷静だった。前島が死のうとした気持ちがわからないわけではないけれど、それは許されない。誰かが死ねば全てが解決するわけではないのだ。犯人を見つけて捕まえなければ終わることはない。
前島が死んだからと言って何になるというのか。三人を救えなかったからお詫びに死ぬなど、誰が納得するのか。時久ははっきりと彼に告げる、それはただ逃げているだけだと。
「先生が死んだからと言って三人の生徒が生き返るわけでも、救われるわけでもありません」
「し、しかし、わたしは……」
「後悔と反省をしているのであれば、これ以上悲しむ生徒を増やさないように支えてあげてください」
演劇部の部員だって仲間の死に悲しみ、ショックを受けている生徒もいるはずだ。そんな彼らを支えてあげられるのは誰か、顧問である貴方じゃないか。
両親だけでなく、周囲の助けがあって気持ちを持ち直す生徒も多いはずだ。だから、死ぬだなんてことをせず、生徒たちの心のケアをするべきだろうと時久は指摘する。
「先生。悲しむ生徒を、塞ぎこむ生徒をこれ以上増やすつもりですか?」
顧問である前島が死んだとなれば、さらに不安に感じて心を病む生徒は出てくることだろう。
前島は顔を上げて時久を見る。彼の瞳は揺るがず、強さを持っていた。それはまるで、今ここで逃げるのを許さないと言うようで。
「わたしは……また逃げようとしていた、ということか…」
やっと自分のしようとした行為を理解したのか、前島はぼろぼろと涙を零しながら誰に向かうでもなく「すまない」と謝った。
「前島先生。あたし、上手く言えないけどさ。先生だけが悪いとは思わないんだよ」
飛鷹は膝をつく前島の隣にしゃがみこむと、彼と目を合わせる。
「きっともっと何かできたのかもしれないっていうのはわかる。あたしは演劇部の部員じゃないから部活動の事はえないけどさ。先生が死んだからって何にも解決はしないんだよ」
後悔も反省もあるのならば次へと進むべきだ、死ぬ勇気があるならできるはずだと。
飛鷹は「あたしが演劇部の部員なら、先生が死んだらきっと悲しいと思うんだ」と震える声で言う。目の前で誰かが死のうとする瞬間を見て、怖かっただろうにそれでも自分の思ったことを彼女は伝えた。
「……すまない」
前島はそんな飛鷹を見てもう一度、謝った。
職員室へと向かうと扉の傍に座っていた男性教諭が前島の居場所を教えてくれた。時久は先生に礼を言ってから職員室に出ると廊下で待っていた飛鷹に「理科準備室らしいです」と声をかける。
「こんな時でも授業の準備しないといけないって教師って大変だね……」
「顧問である演劇部の部員が死んでいても仕事は待ってくれないということです」
前島の様子を思い出してか、飛鷹は大変だなと彼に同情していた。彼だって部員たちの死にショックを受けているだろう。それでも、教師として授業は行わなければならない。
悲しむ暇など与えてくれないのだから、その気持ちは辛いものだろうことは想像ができると、廊下を歩きながら飛鷹は呟く。
人が死んだというのに時間というのはなんでもないように過ぎていく。そうして、そこにあったというのにいつの間にか空気になって人の記憶から薄れていくのだ。
理科準備室のある棟は人一人いない。放課後であるからだろうか、しんと静まっていて少しばかり不気味だった。
奥にある理科準備室の扉が僅かに開いているのを見て、誰かがいるのは確かだ。時久は扉に手をかけて「失礼します」と一言、断りを入れてから開けた。
そこには前島が立っていた――その首にはロープが括られている。天井に吊り下げられたロープに足場に使っている椅子。一瞬、何が行われているのか分からず思考が停止するも、すぐに時久は前島の元へと駆け寄った。
「前島先生、何をしようとしているのですか!」
「止めないでくれ!」
時久の大声にはっと我に返った飛鷹も慌てて前島の元へと向かい、彼の身体を抑える。
前島は首を吊ろうとしていた、自らの命を絶とうとしていたのだ。そんな現場を目撃して止めない人間はそういない。
時久は「落ち着いてください」と前島を説得するも、彼は「止めないでくれ!」と言って椅子を蹴飛ばそうとする。
「止めないでくれ! わたしなんて生きていてもしかたないんだ!」
「どうしてそんな考えに至るんですか!」
「生徒が、わたしが顧問をしていた部員が死んだんだ!」
前島の言葉に時久は彼も追い詰められていたのだろうと察する。それでも死なせるわけにはいかないので、死のうとする彼の首からロープを取った。 がくんと椅子から転げて前島はうずくまる。「死なせてくれ」と嘆きながら泣いているようだった。
「わたしは、わたしは三人も死に追いやってしまったんだ。滝川の自殺を止めれず、白鳥も半沢も誰かに殺されてしまった。きっと、わたしがもっと彼らを見てあげればよかったんだ……」
滝川未来の死はきっと演劇部にも関係があるはずだ、それを苦に自殺したに違いない。白鳥も、半沢も二人が揉めていることを知っていながら気づかぬふりをしていた。もっともっと彼らに向き合っていれば、死なせずにすんだのではないのか。前島は泣きながら言った、わたしのせいなのだと。
前島の心は美波と同じように不安定になっていた。一人が死に、また一人と立て続けに死んでいく。それが自分の顧問の部員なのだから。
気の弱い卑怯な自分のせいで、彼女たちを救えなかったのだとそう思い込んでいる。嗚咽を吐きながら泣く前島に飛鷹は声をかけられない。
「前島先生、だからといって死ぬのはよくないです」
時久は冷静だった。前島が死のうとした気持ちがわからないわけではないけれど、それは許されない。誰かが死ねば全てが解決するわけではないのだ。犯人を見つけて捕まえなければ終わることはない。
前島が死んだからと言って何になるというのか。三人を救えなかったからお詫びに死ぬなど、誰が納得するのか。時久ははっきりと彼に告げる、それはただ逃げているだけだと。
「先生が死んだからと言って三人の生徒が生き返るわけでも、救われるわけでもありません」
「し、しかし、わたしは……」
「後悔と反省をしているのであれば、これ以上悲しむ生徒を増やさないように支えてあげてください」
演劇部の部員だって仲間の死に悲しみ、ショックを受けている生徒もいるはずだ。そんな彼らを支えてあげられるのは誰か、顧問である貴方じゃないか。
両親だけでなく、周囲の助けがあって気持ちを持ち直す生徒も多いはずだ。だから、死ぬだなんてことをせず、生徒たちの心のケアをするべきだろうと時久は指摘する。
「先生。悲しむ生徒を、塞ぎこむ生徒をこれ以上増やすつもりですか?」
顧問である前島が死んだとなれば、さらに不安に感じて心を病む生徒は出てくることだろう。
前島は顔を上げて時久を見る。彼の瞳は揺るがず、強さを持っていた。それはまるで、今ここで逃げるのを許さないと言うようで。
「わたしは……また逃げようとしていた、ということか…」
やっと自分のしようとした行為を理解したのか、前島はぼろぼろと涙を零しながら誰に向かうでもなく「すまない」と謝った。
「前島先生。あたし、上手く言えないけどさ。先生だけが悪いとは思わないんだよ」
飛鷹は膝をつく前島の隣にしゃがみこむと、彼と目を合わせる。
「きっともっと何かできたのかもしれないっていうのはわかる。あたしは演劇部の部員じゃないから部活動の事はえないけどさ。先生が死んだからって何にも解決はしないんだよ」
後悔も反省もあるのならば次へと進むべきだ、死ぬ勇気があるならできるはずだと。
飛鷹は「あたしが演劇部の部員なら、先生が死んだらきっと悲しいと思うんだ」と震える声で言う。目の前で誰かが死のうとする瞬間を見て、怖かっただろうにそれでも自分の思ったことを彼女は伝えた。
「……すまない」
前島はそんな飛鷹を見てもう一度、謝った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる