A*Iのキモチ

FEEL

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「五月ちゃんって工作得意だよね」
「え……」

 小学校の時、図工の授業で提出したものが返却された時に声をかけられた。話しかけてきたのはクラスの女子で、その時まで一度も話したことはなかった。

「あ……う……うん、好き、だから」

 突然話しかけられたことに困惑しながらも、私はなんとか返事をすることが出来た。女の子は「そうなんだ」と一言だけいうと、どこかへ行ってしまった。それ以降話しかけられたことはない。それが十二月晦五月の日常だった。
 別にいじめられていたとか、仲間外れにされていたとか、そういうことではない。ただ私は他と比べてもコミュニケーション能力が著しく低いらしく、せっかく話しかけられたりしても上手く返すことができなかった。必然。面白くもなんともないと判断された私はコミュニティから弾き出される。
 中学、高校と学年を重ねていってもその性分は治らなかった。もとより私自身が治す気がなかったわけだが。
もちろん、寂しい気持ちもあった。クラスの人間が和気あいあいとしている雰囲気を見て、そこに加わりたいと考えたりもした。だが見切りの早い脳が実行に移す前に無理だと決めつけてしまい、次第にそう思う気持ちもなくなっていた。
 そこで取った決断は他者との関りを断つこと。中途半端に手に入りそうだからこそ羨ましいと思うのだ。だから私はその幻想から目覚める為に人を寄せ付けないように物作りに没頭した。元々人から関心を持たれない私が人との交流を断つことは容易だった。たまに話しかけてくる人間だって何かしら用事が合って話しかけてきているわけだし、こちらから話しかけて来るなと興味のない素振りを見せればすぐに誰も話しかけて来ることはなくなった。
 煩わしさから解放された私は物作りに没頭した。子供の時からとにかく私は工作というものが好きだった。そこには決められたルールがあり、法則がある。それに従えって構築すれば思ったままのものを作る事が出来る。それが私には非常に性に会っていた。
 段ボールなどの端材から始まったわたしの工作はどんどんと技量を上げていき、人型の模型や動物など、現実そっくりの造形をこなせるようになっていた。そこで私はふと思う。
 もしもこの模型たちが動いたら、私に話しかけてくれたら、私が求めていたものが手に入るんじゃないだろうか。
 結局私は、どこまでも貪欲だったのだ。手に入らないからと手放した他者との交流。捨てたと思った渇望はただ封印されていただけだっただけ。一度封が開いてしまえば、可能性が見えてしまえば抑えられた欲望は質量を増して一気に私を支配した。

「この本、全部借ります」
「え……返却期限は一週間ですけど、大丈夫ですか?」
「問題ありません」

 善は急げと私は図書室に飛び込んで資料を探し回った。
 模型が動くといっても、無機質なものに命を吹き込むことなど神でもないかぎり出来やしない。だから私は機械工学の本をひたすらに読み進めた。機械なら指定されたプログラムを組み込める、ならばプログラムで私と友達になるようにと書き込んでしまえばいいのだ。
 それから、私の工作熱は薪をくべられた炎のように燃え上がった。ただなんとなく作っていただけの工作品に、命を吹き込むという使命感に没頭していった。それから二か月近くの時間が流れて、模型の内側に、骨格フレームを組み込んだ簡易型のロボットが完成した。
 機械工作の知識を仕入れるのに時間がかかってしまい、稚拙なプログラムしか覚える時間がなかったが、それらを打ち込んでロボットを起動させる。

「コンニチハ、コンニチハ」

 ロボットはぎこちなく手をバンザイさせて私に挨拶をする。実験は成功だ。

「コンニチハ、コンニチハ」
「――こんにちは」

 ロボットに返事を返しながら、今まで一度も味わったことのない達成感。そして同じくらいの多幸感に満たされていた。まだコンニチハと繰り返すしか出来ない出来損ないだったが、私にとっては、人生を変えるぐたいの大発明だった。
 そこからも私は止まらなかった、深く没頭していくほどに睡眠時間は削れていき、起きている時間はすべて機械工作に注ぐ。そうしている間は、周りの雑音は全く気にしなくなっていた。
 そんな時だ。久しぶりに私が声をかけられたのは。

「ね、五月ちゃん。何作ってるの?」

 話しかけてきたのは女子だった。いきなり名前で呼ばれて少しだけ驚いた。

「……いきなり名前呼びは止めて欲しいんだがね」
「えー、ごめん。そういうの気にするタイプだった?」
「一般的な礼節の話だ。論理や道徳は習ってこなかったのかい?」

 人と話す方法をすっかり忘れていた私は、我ながら嫌味ったらしく返事をした。それをあははと笑っていなした女子は「勉強苦手だからさぁ」と更に声を大きくして笑う。

「見るからにデリカシーがなさそうだから仕様がないのかもね。なら教えてあげよう。そもそも相手の名前を呼ぶ前に、自分の名前を名乗るのはとても大事な礼儀だよ」
「あっ、ごめんっ。私の名前知らなかった?」
「君は有名人か何かなのかい? それともただの自意識過剰か?」
「うっ……今のはボディに入ったよ……」

 お腹を押さえてよろめく彼女はとても愛らしい。これだけの会話でもわかる。多分この人は性別を問わずにモテるのだろう。人なんてまともに知らない私ですら、彼女と話して少しだけ心が和んでいるのが実感できたから。
 彼女は体勢を戻すとにこやかな表情をして「わたしはクラスのお節介さんだよ」と答えた。

「クラスのお節介さんか。私が君なら両親を謀殺してしまいそうな名前だね」
「ちょっとちょっとっ、そんな名前なわけないでしょうが。ちゃんとした名前が別にあるよっ!」
「だったらそちらを教えてくれないかい。いちいちクラスのお節介さんと呼びたくはないんだがね」
「だ~め、教えない」

 悪戯っぽく口角を上げた彼女は細くした目で私を見る。いったい何を思ったのか誇らしそうにこちらを見下す姿になんとも言えない苛立ちを感じてしまった。

「君は私を馬鹿にするために話しかけたのかい? だったら他を当たってくれ、私は忙しい」
「ほら~怒んないの。社会にルールがあるように、私にもルールがあるのです」
「ほう、それはどんなルールなんだい?」
「私の名前は仲のいい人にしか教えないというルールです!」
「リスク管理の出来たいいルールだね。それなら私が君の名前を知ることは未来永劫ないだろう。さ、どこかに行ってくれ」

 手をひらひらとされて工作に戻ると彼女は肩を組んで抱き着いてきた。

「おいおい~。そんなつれないことをいうなよ~~。言ったでしょ、私はクラスのお節介さんだって」
「だ、だからなんだ」
「お節介さんは一人で寂しそうにしている五月ちゃんをほっとけないんだ。だから私は決めました。今日から君と仲良くなります」
「はぁっ……?」

 心外だった。私が寂しそうにしている? 少なくとも自分ではそう感じたことなんてない。なぜなら私にはこの子たちがいる。私が作ったこのロボットたちはずっと、私とともに歩んでいくのだ。そう思っているからこそ、寂しさなんて感じたことはない。
 だが彼女は私の考えなど知る気もなくて、「一人はつらいよねぇ~」としみじみしてすり寄ってくる。こんな話も聞かなければ距離感の詰め方が下手くそな奴なんて、今まで見た事も聞いた事もない。
 しがみつかれた体を振り払おうと暴れるが、ビクともしない。鍛えているのだろうか。すぐに体力の限界がやってきた私は引き離すのを諦めた。

「おやおや、大人しくなったね。私のママ味にやられちゃった?」
「ふざけないでくれないかい……久しぶりに動いたから……疲れただけだ……」
「そんなにテンション上がっちゃったんだ。おーよしよし、憂いやつじゃのぉ~」

 力が入らないのいいことに頭部を力の限り擦りつけられた。もう、好きにさせよう。少ししたら飽きてどこかにいくだろう。今までと同じように……。
 小学校で女の子に工作を褒められた時を思い出していた。あの時彼女は作品のクオリティに声をかけてきたのだろうが、私のクオリティの低さに失望して関係を持つのを止めてしまった。今回もそれと同じだ。彼女だって私と話をしていたらすぐに愛想が尽きる。だからそれまでの辛抱だ。
 だが、彼女は一向に離れることはなかった。三日、一週間、一ヶ月、月日を重ねるごとに彼女との接触は増えていく。

「ねぇねぇさっちゃん。これなに?」
「さっちゃんと呼ばないでくれないか。童謡を思い出して哀しい気分になる」
「うお、出足めっちゃ動く」
「君はほんとーーーーに話しをきかないね?」

 完成したばかりの新作ロボットを手に取り、彼女ははしゃいでいた。私が新作を作るたびに、彼女は手に取って凄い凄いと目を輝かせる。その時間は案外嫌いではない。

「で、さっちゃん。これなに?」
「自足歩行ができる新型だ。学習機能も組み込んだから簡単な受け答えも可能だよ」
「受け答え? ロボットが?」
「君には論より証拠だね」

 ロボットに端子を繋いで起動スイッチを入れる。すると瞳の部分に仕込んだLEDが点灯して折りたたんだ膝関節が金属音を鳴らして伸びた。

「おおー!」
「見せるのはここからだよ」

 私は机の端にロボットを立たせて、反対の端を指で叩いた。

「ロク、ここに来てくれ」
『はい』

 少しだけ時間を置いてから、ロボットはぎこちなく足を前にだす。するともちろん重心に従って人形は前のめりになる。そのまま前に向かってこけそうになったタイミングで、もう片方の足を前に差し出して姿勢を保つ。人間の機能を参考にした歩行方法。これなら力学的なエネルギーで前に進むので、動力は関節の役割をしている脚の駆動部分、そして重心を保つための腕の駆動部分を動かすモーターだけで事足りる。細かい問題点は多いが、我ながらいい出来栄えだ。
 たどたどしい動きで指定した場所まできたロボット回収すると、一部始終を見ていた彼女は驚きの声を上げる。
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