A*Iのキモチ

FEEL

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「凄いねっその子、さっちゃんの言う事をきいたよっ」
「厳密には少し違うけどね。フラワーロックって玩具を知っているかい?」
「おばあちゃんの家で見た事あるよ。近くで手を叩くと踊る花のかたちした玩具でしょ?」
「うん、それだ。基本的な考え方はあれと同じでね。こいつは私の声に反応したんじゃなくて指の音に反応したんだよ。返答は声の周波数を参照して登録した音声を再生している別のものだ。簡単な話、こいつは言う事を聞いたわけじゃなくて単に音に反応しただけだ」
「いやいやいやいやいやいや。全然簡単じゃないよ。十分凄いじゃんっ」
「そうかい?……ありがとう」

 不思議な感覚だった。彼女に作ったものを褒められると、むず痒い気持ちでなんとも居心地が悪くなる。同時に、初めてロボットを完成させた時のような、多幸感が体にじんわりと染み込んでくる。悪くない感覚にどこか体をおかしくしてしまったのか、私は笑うことに慣れはじめていた。
 その日を境に工作の原動力が少しだけ変わっていた。いままでは自分の寂しさを埋めるためのものだったのに、頭に浮かぶのはどうやって彼女を驚かせてやろうかということばかり。モチベーションは相変わらずだったので、そこまで気に留めていなかったが、今にして思えば私の目的はそこで達成されていたんだ。
 友達を作る。無機物体でも有機物体でも、私の願いの根源にあるのは誰かと話したかったという気持ちだ。それを手に入れるのは私にはとても大変で、勉強して、実験して、また勉強して、そこまでして必死に手に入れようとしていたものは、クラスのお節介さんに突然手渡されてしまった。あまりに突然のプレゼントに、私はこの時点ではまだ目的が達成されていることには気づけなかった。
 それから数週間経って、前から取り寄せていたものが届いた。私は早速学校に持ち込み、彼女の前で広げて見せる。

「お節介さん、これを見てくれ」
「なにこれ、四角い箱?」
「実にいい観察眼だ。視力は正常のようだね。……いくよ」
「おおおお……! とんだっ!」

 当時では一般での復旧が少なかったドローンだ。これを手に入れるのは大変苦労した。彼女の周りを回るように操縦して見せると、目で追いかけながら驚きの声を上げていた。目をキラキラとさせて子供みたいだ。

「次のロボットはこれを素体にする。このドローンに人工知能を埋め込んで自分で考え、行動できる機械を作るんだ」
「自分で考えて行動するって、人間みたいなロボットを作るってことっ!?」
「残念ながら見た目は箱だがね、でも驚いただろう?」
「驚いたっ! すごいよさっちゃん! あんた天才だー!」
「ぷぎゅぅっ! ああもうっ、何かあるたびに抱き着くのはやめてくれないかいっ!」

 思った以上に驚いた彼女を見て、私は心底嬉しかった。頭の中の構想が現実に動けば、これよりも驚いてくれるだろうか。彼女の喜ぶ姿が目に浮かび、私は持てるすべてを使って頭の中の表情を現実化させようと頑張った。元となる素体はドローンがあるので問題はないが、苦心したのは人工知能の部分だ。
 人工知能――すなわちAIはデータを参照、学習、そこから再び参照して最適な答えを導き出す。人間の知能を模した超技巧の工作だ。おまけに今回は重さという縛りもあった。得てして人工知能というのはでかくなりがちだ。膨大な情報をストックし、そこから探し出す工程が出来るようにしなければならないから、どうしても大掛かりになってしまう。
 素体となるドローンの飛行能力に影響を与えない範囲で搭載するとなると、せいぜいが500g頑張って1kgといったところだった。この縛りには大変悩まされた。機能を縮小して軽量化する手段もあったが、その選択肢は初めから外している。そんな妥協品じゃあお節介さんを驚かせることが出来ない。

「……できた」

 それから二か月近くの時間がかかり、やっと満足のいくものができあがった。完成したのは600g超の軽量人工知能だった。これだけ軽く出来たのは発想の転換をしたからだ。
 すべてを搭載すれば飛ぶことなんて不可能な重さになる。だから逆に取り外す方向で考えた。重要なのは管理、学習、実行をする機能だけ。それが素体部分に乗っていればいい。残りは自宅のラボに専用のコンピューターを導入してストレージ等の管理をさせる。その両者をネットでつないでデータ移動で記憶をやりくりするのだ。実験の結果、回線の状態によって行動にラグがあったが、想定していた機能はすべて滞りなく機能していた。つまり、完成出来たのだ。
 試運転をしながら彼女の驚く顔が目に浮かび、私はくすくすと笑い声を上げた。早速明日学校に持っていこう、今からお節介さんの驚く姿楽しみだ。
 次の日。いつものように話しかけてきたお節介さんに、私は腕を伸ばして会話を止める。

「なになに、どしたの?」
「完成したんだよ、こないだいっていたやつが」
「あ~……なんだっけ、自分で考えて行動するロボットだっけ」
「そう、それがこいつだ」

 耐衝撃に優れたケースを机に持ち上げ、開けてみると彼女の「おー!」という声が聞こえた。

「って、驚いてみたけどあんまり見た目変わってないね?」
「外装は出来るだけいじりたくなかったからね。でも積載量を増やすためにプロペラ周りは少し弄ってあるよ」

 説明をしながら起動スイッチを入れる。実験は何度もしてきたが、実際に彼女の前で動かすのははじめてでドキドキとした。

「ジューロク。起きろ」
「――おはようございます。マスター」
「すごい、はっきりと受け答えしてるっ」
「驚くのはまだ早い。何か質問でもしてごらんよ」
「えー、うーん……そうだな。私のこととかわかる?」
「あなたはマスターに話しかけてきた自称クラスのお節介さんです。綺麗な顔立ちや恵体をお持ちなのに使い方がわからない少し頭の弱い女子。それがあなたです」
「さっちゃーーーーん! 君の子が喧嘩売ってくる!」
「しょうがないだろう。学習させれる内容がこのぐらいしかなかったんだ。これから話すごとに学習して、どんどんレパートリーが増えていくだろうさ」
「むぅ……それならもっと色々言葉を覚えさせようっ。いい、私は優しくてナイスバデーの大人の女性。頭もすっごくいいんだからね」
「理解しました」
「間違った情報を学習させるのはやめてくれないかい?」

 彼女は想像以上に驚き、すっかりドローンとの会話を楽しんでいた。その姿がとても楽しくて、ずっと眺めていると肩を叩かれる感触がした。振り向くと同じ制服の男女が数人集まり、こちらを見ていた。

「ねぇねぇ、十二月晦さん……だよね?」
「そうだが」
「あれ……何?」

 女子が指でさしたのはジューロク号、ドローンだった。しかし関係のない人間に説明したところでエネルギーの無駄だ。適当を言って煙に巻こうとするとお節介さんが口を開く。

「これ五月ちゃんが作ったんだよ。凄くない? 会話も出来るんだって」
「会話……?」
「うんうん、ほらジューロクちゃん。お話してあげて」

 彼女が何を言っているのか理解できないのか、集まって来た人たちは訝しい目でジューロク号を見ていた。そこにジューロク号はゆっくりと近づく。

「何をお話ししましょうか?」
「え……じゃあ、今日はいい天気……だね?」
「そうですね、気持ちのいい日和です。しかし気圧の変化を感じます。数時間も経てば曇り空が広がるかもしれません」
「えっマジ!? うわ、俺傘持ってきてねぇよ」

 男生徒がジューロクの言葉を素直に信じてショックを受けた顔をしていた。よくわからない人間が作った詳細不明の機械の妄言かもしれないのに、男はみるからに真に受けていたのが私にはちょっとしたショックだった。
 今まで、私は自分に自信がなかった。考えてみれば当たり前のことなのだが、孤独に工作に打ち込んできた私は人と比べる術がない。つまりどれだけ技量が上がったと実感があっても、周りの人間だってやってみれば案外同じことが出来るかも知れない。そういう妄想という不安に憑りつかれていた。だから目の前の光景を目の当たりにして私は自分の価値観がいい意味で壊された。
 驚く男子の姿を見て共感するお節介さん。それを皮きりに残り二人の生徒たちがジューロク号に関心を示す。

「話しができるって、大体どんなことでも出来るのか?」
「え……どうなの五月ちゃん」
「あ――あぁ。基本的な会話はなんでも出来る。といっても学習途中だから精度はアテにならないと思うけどね」
「へぇ」

 突然の筆問に答えると、もう一人の男子生徒が悩み始めた。唸りながら熟考を重ねた末に口を開いた。

「俺の……好きな食べ物はなんだっ!」

 考えに考えた結果、彼が出した答えはしょうもないものだった。だいたいそんなこと、ジューロク号じゃなくてもわかるわけがないと思う。案の定、ジューロク号は会話に困って口を閉ざしたままだった。

「翔琉が今日食べたのは白ご飯と納豆、味噌汁、焼き鮭でしょ」
「なんでお前が答えるんだよ、しかも当たってるし、恐っ!」
「理想的な朝食ですね、栄養バランスを考慮した健康的な日本食です」
「おお、機械の癖にわかってるじゃん」

 誰よりも早く口を開いたのはお節介さんだった。彼女は質問した男子生徒の朝食を見事に言い当ててしまったのだ。

「もしかして、君とお節介さんは仲がいいのかい?」
「うーん……子供の時からずっと一緒にいる、腐れ縁みたいな感じかな、切っても切れない仲というか」
「その言い方だと切りたいけど切れないって聞こえるな」
「わかる? 縁が腐れすぎてくっさいから早く切り捨てたいんだよ私は」

 翔琉という男の胸を指でつき、悪戯めいた表情で問い詰める。棘のある言動の反面、彼女はとても楽しそうに彼と話していた。その姿を見て私は少し、ほんの少しだけ胸にチクリと棘が刺さった感触がした。
 雑談を続けているとチャイムが鳴ってお節介さんたちは席から離れていく。去り際にみんながこちらに手を振ったのがとても印象的で、今でも強く海馬の中に収められている。
 ジューロク号を見つめながら、私はさっきまでのやり取りを反芻した。特にお節介が去り際に言った最後の一言だ。
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