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親友というのはとても鋭い観察眼を持っているようだ。自分でも気づかなかった口癖を言い当てられ、悩みを感じているのも的中している。俺は一瞬だけはっとした表情をしてしまったが、すぐさま口を新一文字に閉じてから、表情を緩ませる。
「本当になんもないって。調子が悪く見えたとしたら。昨日あんまり寝てなかったから、そのせいだと思うよ」
「へぇ、翔琉が夜更かししたなんて今まで聞いたことないのに、珍しいな」
「言ってないだけで結構あるよ。幸人だってなんかわかんないけど眠れないってことあるだろ」
「いーや。俺はないね。布団にはいったら三秒で眠りにつける自信があるわ」
「どっかのアニメキャラかよ」
俺がツッコミを入れると幸人はがははと大口を開けて笑った。「ま、なんもないならいいんだ」そう言って机から立ち上がった幸人は手を上げて席から離れていく。
「ただまぁ、なんかあったら頼ってくれよ。そん時は手を貸すからさ」
去り際、幸人はそう言ってくれた。俺はその気遣いが嬉しくて、「ありがとう」と小さな声で言った。果たして幸人は聞き取れたのかはわからないが、この言葉は俺の素直な気持ちだった。
「お話は終わりましたか?」
「うわぁっ!」
急に声を掛けられて俺は慌てて振り向く。
そこには愛がいた。弁当箱を二つ持って幽霊のように佇んでいる。俺が霊媒師だったら反射的に塩でも投げつけているところだった。
「どうしたんだよ。いつもみたいに声をかけてくれたら良かったのに」
「ご友人と楽しそうにお話していたので、私が入るのは差し出がましいかなと思いまして」
「そんなことを気にする配慮があったのか」
いつも愛は人と話をしているとき、割り込むように会話に交ざってくる記憶があったのだが……。
「その時は相手が女性だからです」
「あ……なるほど……」
心の中を読まれて返事をされてしまった。幸人の時といい、俺って意外と考えていることが顔にでるタイプなのだろうか。
「それはさておき、早く昼食を取りましょう。時間がなくなってしまいます」
「あぁ、そうだな」
愛に先導されて教室を出る。心なしか愛の足取りは忙しないものだった。だがよくよく考えてみたら当たり前のことだ。
ここでの昼食も彼女にとっては最後のものになる。それなのに俺を待って時間が少なくなってしまっているのだから。彼女の心境を考えたら少しだけ申し訳ないことをした気持ちになる。
やってきたのは校舎裏だった、日陰にあるせいか常にじめじめとした空気をまとったこの場所は生徒から人気もなく、いつきても貸し切り状態だ。そういえば、いつだか愛と夏凪と話しをした時もここを選んだな。
「さぁ、それじゃあ食べましょうか」
言いながら適当に座り込んだ愛は弁当箱を広げる。特別な飾りっけはないが、から揚げに卵焼き、炒めた野菜などが入った美味しそうなレパートリーだった。愛の向かいに座って弁当箱をまじまじと見つめる。無造作に置かれた卵焼きはとても綺麗に切られていて、まるでプロの技だ。
「前から思ってたけど、凄いな。こんなに料理が出来るなんて」
「そ、そうですか?」
恥ずかしそうに愛は俯く。
料理が上手なんて立派な特技なのだから、恥ずかしがらずに誇ればいいのに。そう思いながら卵焼きを取り出し口に運んだ。
「……!」
美味い。
美味すぎる。
口に入れた瞬間伝わる優しい甘み。そこに加えて出汁の味なのだろうか。いかにも和風な味付けが口の中にゆっくりと広がる。
風味を堪能してから卵焼きをかみ切ると、程よい弾力が伝わってくる。内部にはよりよく味が染み込んでいて淡白な卵の味を邪魔しないように甘味や旨味がそれぞれ自己主張してくる。いくらでも噛んでいられそうだった。
口が幸せになるというのはこういうことをいうのだろうか。口角が吊り上がるのを感じながらも、咀嚼するのを止められなかった。
飲み込んだ後ですら口の中に余韻が残る。そのまま俺はから揚げに手を付けた。
「んお……っ!」
卵焼きにも驚いたけどから揚げもまた絶品だった。
かみ切ると同時にシャクリと衣の音が聞こえる。余計な油が付着していない証拠だ。かといってぱさついているわけではなく、染み込んだ油は鶏肉の隙間に詰め込まれている。嚙み切るほどに肉汁に混じった油が口の中に溢れだしてくるのだ。弁当という事は暫く時間が置かれているはずなのに、まるで揚げたてのような触感に思わず目を丸くしてしまった。
一番感動したのは味付けだった。醤油の味が強く、すぐに飽きてしまいそうだと感じるくらいなのだが、そこにニンニクの風味が追加されて食欲が促進されてしまう。このにんにくのサポートがとてつもなく、濃い味付けに関わらずいくらでも食べれてしまいそうだった。おまけに何なのかよくわからないがどことなく中華を感じさせる味わいが更に風味を豊かにして、たまらなく白米が欲しくなる。まるで有名な飲食店で出されるような味わいに俺は唸りを上げそうになった。
――飲食店?
自分の言葉にひっかかりを感じて箸をピタリと止める。
確か、数日前に愛の弁当を食べたことがあった。その時も美味かった記憶があるのだが味付けは素朴で薄くもなく濃くもなく、いかにも手料理という印象だった。だがこれは違う。
美味いのは美味いのだが、どことなく食べた覚えのある味付けばかりだった。
「これって愛が作ったのか?」
「……」
「愛?」
愛は満面の笑みで唇を引きつらせていた。
確認のために野菜炒めを一口つまむ。これも凄く美味しい。美味しすぎる。一緒にあるから揚げと凄く似た風味だ。ここまで味に統一感を与えれるなんて、愛は本当にプロの料理人なのかも知れない。
「いや、これ出来合いだろ」
「ち、ちがいますよっ!?」
「慌てすぎて声が裏返ってるじゃないか……どこの料理だこれ、駅前の中華料理屋か?」
何度か食べに行ったことがあるが、あそこの店は中華料理屋であるのにも関わらず朝の客の為かいくつかの和食も取り扱っていた。生存戦略のメニュー追加なのかどうかはさておいて、卵焼きもあそこのメニューにあったはずだ。
愛は否定をすることもなくロボットのように視線を逸らす。都合のいいときだけ機械らしくしやがって。
「なんでこんなこんな真似を? このあいだ普通に料理できてたじゃないか?」
「いえその……今日は色々ありまして……少し時間が押していたんです。それでもお弁当は作りたいなと思って……」
「それで偽装工作に行きついたのか」
「はい、ごめんなさい……」
「それは別にいいんだけど、確かこの店って結構な値段したよな。いくらぐらい使ったんだ?」
俺の質問に黙り込んでいた愛はおずおずと手を差し出した。左手で指を一本、右手で指を二本立てた彼女は俯いたままだった。
三千円? いやでもわざわざ両手を使ってるということは……一と二、
「一万二千円!?」
驚きのあまり声を荒げると愛はゆっくりと頷いた。
「いやおかしいだろう。いくらなんでも弁当箱に詰め込める量でその値段は……」
「本当はもっと安かったんです。でも創造主に事情を説明してお金を頂こうとしたら色々注文されてしまって……」
「色々買い込んだ訳か」
「はい……その場で弁当箱に詰めさせてもらって、残りはお店の人に家まで運んでもらいました」
「サービス良すぎだろ」
店の人も早朝から大変だっただろうな。お疲れ様です。
「……嫌いになりましたか?」
「え、なにが?」
「お金の使い方が粗い女性は嫌われるってよく聞くので……嫌になってしまわれてないかと……」
遠慮がちに質問してくる愛はとても不安そうにしていた。
さっきからどうして口数が減っていたのか気になっていたが、どうやら変な心配をしていたらしい。
「別に、というかこの場合。金遣いが荒いのは十二月晦の方だろう」
そもそも細身で華奢な見た目なのにそんな値段になるまで料理を頼むなんてどんな胃袋をしてるんだ。
それにしても時間が無くて出来合いで済ませようとしている相手に買い物を頼むなんてどこか頭のネジが緩んでいるんじゃないのかあいつは。
そんなことを考えていると、愛の表情が安堵に包まれていた。
「よかったぁ」
ほっと息を吐きだして、安心したように胸を撫でおろす。そんなに印象が悪くなることを怖がっていたのか。
でも考えてみたらそんなものかも知れない。俺だって仕事や学期最終日みたいな節目にミスをしてしまうと自己嫌悪や罪悪感なんてもので胸がいっぱいになると思う。
愛からしたら今日はまさにそういう日だ。こんなつまらないことで疑似恋愛に支障が起きたら死んでも死にきれないというものだろう。
ちくり。
そこまで考えて俺の胸に何かが刺さる。不謹慎な例えをした良心の呵責かと思ったが、そういうのしかかるような重みとは違う気がする。しかし考えてもわからないまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、戻らないとですね」
いつのまにか愛はすっかり元の調子に戻っていた。俺は急いで食事を詰め込むと、愛は空になった弁当箱から片していく。急いで食べたせいか、すべてを食べ終わったころには腹がパンパンになっていた。
「ご馳走様」
「お粗末様です」
手を合わせて言うと、愛は優しい笑顔で返してきた。少し前までは考えられなかった表情に、俺は知らず知らずの内に心地の良いものを感じていた。
――まるで新婚夫婦のようだ。色々すっとばしてそんな考えが出てきた俺は自分でもわかるくらいに顔を熱くさせた。恐らく愛から見れば熟したりんごのように赤くなっていることだろう。
だが、幸い愛には気づかれることもなく片づけを終わらせた愛は立ち上がる。俺も一緒になって立ち上がってから教室に戻った。
教室に戻ってから午後の授業は正直なところ全く耳に入っていなかった。ノートを取るのも忘れてしまうほど、俺は気が抜けてしまっていた。今、俺の意識は愛に向いている。
後数時間もすれば彼女と街に出かける。散歩だなんだと言っていたが、形式的にはデートなわけで、それを意識してしまって不本意ながら舞い上がっていたのだ。
反面、愛の方は静かなものだった。授業に集中して先生の言葉に聞き入っている。誘ってきたのはあちらからなのにこちらの方がドギマギしてしまっているのがなんだかまぬけに思えてしまう。
「本当になんもないって。調子が悪く見えたとしたら。昨日あんまり寝てなかったから、そのせいだと思うよ」
「へぇ、翔琉が夜更かししたなんて今まで聞いたことないのに、珍しいな」
「言ってないだけで結構あるよ。幸人だってなんかわかんないけど眠れないってことあるだろ」
「いーや。俺はないね。布団にはいったら三秒で眠りにつける自信があるわ」
「どっかのアニメキャラかよ」
俺がツッコミを入れると幸人はがははと大口を開けて笑った。「ま、なんもないならいいんだ」そう言って机から立ち上がった幸人は手を上げて席から離れていく。
「ただまぁ、なんかあったら頼ってくれよ。そん時は手を貸すからさ」
去り際、幸人はそう言ってくれた。俺はその気遣いが嬉しくて、「ありがとう」と小さな声で言った。果たして幸人は聞き取れたのかはわからないが、この言葉は俺の素直な気持ちだった。
「お話は終わりましたか?」
「うわぁっ!」
急に声を掛けられて俺は慌てて振り向く。
そこには愛がいた。弁当箱を二つ持って幽霊のように佇んでいる。俺が霊媒師だったら反射的に塩でも投げつけているところだった。
「どうしたんだよ。いつもみたいに声をかけてくれたら良かったのに」
「ご友人と楽しそうにお話していたので、私が入るのは差し出がましいかなと思いまして」
「そんなことを気にする配慮があったのか」
いつも愛は人と話をしているとき、割り込むように会話に交ざってくる記憶があったのだが……。
「その時は相手が女性だからです」
「あ……なるほど……」
心の中を読まれて返事をされてしまった。幸人の時といい、俺って意外と考えていることが顔にでるタイプなのだろうか。
「それはさておき、早く昼食を取りましょう。時間がなくなってしまいます」
「あぁ、そうだな」
愛に先導されて教室を出る。心なしか愛の足取りは忙しないものだった。だがよくよく考えてみたら当たり前のことだ。
ここでの昼食も彼女にとっては最後のものになる。それなのに俺を待って時間が少なくなってしまっているのだから。彼女の心境を考えたら少しだけ申し訳ないことをした気持ちになる。
やってきたのは校舎裏だった、日陰にあるせいか常にじめじめとした空気をまとったこの場所は生徒から人気もなく、いつきても貸し切り状態だ。そういえば、いつだか愛と夏凪と話しをした時もここを選んだな。
「さぁ、それじゃあ食べましょうか」
言いながら適当に座り込んだ愛は弁当箱を広げる。特別な飾りっけはないが、から揚げに卵焼き、炒めた野菜などが入った美味しそうなレパートリーだった。愛の向かいに座って弁当箱をまじまじと見つめる。無造作に置かれた卵焼きはとても綺麗に切られていて、まるでプロの技だ。
「前から思ってたけど、凄いな。こんなに料理が出来るなんて」
「そ、そうですか?」
恥ずかしそうに愛は俯く。
料理が上手なんて立派な特技なのだから、恥ずかしがらずに誇ればいいのに。そう思いながら卵焼きを取り出し口に運んだ。
「……!」
美味い。
美味すぎる。
口に入れた瞬間伝わる優しい甘み。そこに加えて出汁の味なのだろうか。いかにも和風な味付けが口の中にゆっくりと広がる。
風味を堪能してから卵焼きをかみ切ると、程よい弾力が伝わってくる。内部にはよりよく味が染み込んでいて淡白な卵の味を邪魔しないように甘味や旨味がそれぞれ自己主張してくる。いくらでも噛んでいられそうだった。
口が幸せになるというのはこういうことをいうのだろうか。口角が吊り上がるのを感じながらも、咀嚼するのを止められなかった。
飲み込んだ後ですら口の中に余韻が残る。そのまま俺はから揚げに手を付けた。
「んお……っ!」
卵焼きにも驚いたけどから揚げもまた絶品だった。
かみ切ると同時にシャクリと衣の音が聞こえる。余計な油が付着していない証拠だ。かといってぱさついているわけではなく、染み込んだ油は鶏肉の隙間に詰め込まれている。嚙み切るほどに肉汁に混じった油が口の中に溢れだしてくるのだ。弁当という事は暫く時間が置かれているはずなのに、まるで揚げたてのような触感に思わず目を丸くしてしまった。
一番感動したのは味付けだった。醤油の味が強く、すぐに飽きてしまいそうだと感じるくらいなのだが、そこにニンニクの風味が追加されて食欲が促進されてしまう。このにんにくのサポートがとてつもなく、濃い味付けに関わらずいくらでも食べれてしまいそうだった。おまけに何なのかよくわからないがどことなく中華を感じさせる味わいが更に風味を豊かにして、たまらなく白米が欲しくなる。まるで有名な飲食店で出されるような味わいに俺は唸りを上げそうになった。
――飲食店?
自分の言葉にひっかかりを感じて箸をピタリと止める。
確か、数日前に愛の弁当を食べたことがあった。その時も美味かった記憶があるのだが味付けは素朴で薄くもなく濃くもなく、いかにも手料理という印象だった。だがこれは違う。
美味いのは美味いのだが、どことなく食べた覚えのある味付けばかりだった。
「これって愛が作ったのか?」
「……」
「愛?」
愛は満面の笑みで唇を引きつらせていた。
確認のために野菜炒めを一口つまむ。これも凄く美味しい。美味しすぎる。一緒にあるから揚げと凄く似た風味だ。ここまで味に統一感を与えれるなんて、愛は本当にプロの料理人なのかも知れない。
「いや、これ出来合いだろ」
「ち、ちがいますよっ!?」
「慌てすぎて声が裏返ってるじゃないか……どこの料理だこれ、駅前の中華料理屋か?」
何度か食べに行ったことがあるが、あそこの店は中華料理屋であるのにも関わらず朝の客の為かいくつかの和食も取り扱っていた。生存戦略のメニュー追加なのかどうかはさておいて、卵焼きもあそこのメニューにあったはずだ。
愛は否定をすることもなくロボットのように視線を逸らす。都合のいいときだけ機械らしくしやがって。
「なんでこんなこんな真似を? このあいだ普通に料理できてたじゃないか?」
「いえその……今日は色々ありまして……少し時間が押していたんです。それでもお弁当は作りたいなと思って……」
「それで偽装工作に行きついたのか」
「はい、ごめんなさい……」
「それは別にいいんだけど、確かこの店って結構な値段したよな。いくらぐらい使ったんだ?」
俺の質問に黙り込んでいた愛はおずおずと手を差し出した。左手で指を一本、右手で指を二本立てた彼女は俯いたままだった。
三千円? いやでもわざわざ両手を使ってるということは……一と二、
「一万二千円!?」
驚きのあまり声を荒げると愛はゆっくりと頷いた。
「いやおかしいだろう。いくらなんでも弁当箱に詰め込める量でその値段は……」
「本当はもっと安かったんです。でも創造主に事情を説明してお金を頂こうとしたら色々注文されてしまって……」
「色々買い込んだ訳か」
「はい……その場で弁当箱に詰めさせてもらって、残りはお店の人に家まで運んでもらいました」
「サービス良すぎだろ」
店の人も早朝から大変だっただろうな。お疲れ様です。
「……嫌いになりましたか?」
「え、なにが?」
「お金の使い方が粗い女性は嫌われるってよく聞くので……嫌になってしまわれてないかと……」
遠慮がちに質問してくる愛はとても不安そうにしていた。
さっきからどうして口数が減っていたのか気になっていたが、どうやら変な心配をしていたらしい。
「別に、というかこの場合。金遣いが荒いのは十二月晦の方だろう」
そもそも細身で華奢な見た目なのにそんな値段になるまで料理を頼むなんてどんな胃袋をしてるんだ。
それにしても時間が無くて出来合いで済ませようとしている相手に買い物を頼むなんてどこか頭のネジが緩んでいるんじゃないのかあいつは。
そんなことを考えていると、愛の表情が安堵に包まれていた。
「よかったぁ」
ほっと息を吐きだして、安心したように胸を撫でおろす。そんなに印象が悪くなることを怖がっていたのか。
でも考えてみたらそんなものかも知れない。俺だって仕事や学期最終日みたいな節目にミスをしてしまうと自己嫌悪や罪悪感なんてもので胸がいっぱいになると思う。
愛からしたら今日はまさにそういう日だ。こんなつまらないことで疑似恋愛に支障が起きたら死んでも死にきれないというものだろう。
ちくり。
そこまで考えて俺の胸に何かが刺さる。不謹慎な例えをした良心の呵責かと思ったが、そういうのしかかるような重みとは違う気がする。しかし考えてもわからないまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、戻らないとですね」
いつのまにか愛はすっかり元の調子に戻っていた。俺は急いで食事を詰め込むと、愛は空になった弁当箱から片していく。急いで食べたせいか、すべてを食べ終わったころには腹がパンパンになっていた。
「ご馳走様」
「お粗末様です」
手を合わせて言うと、愛は優しい笑顔で返してきた。少し前までは考えられなかった表情に、俺は知らず知らずの内に心地の良いものを感じていた。
――まるで新婚夫婦のようだ。色々すっとばしてそんな考えが出てきた俺は自分でもわかるくらいに顔を熱くさせた。恐らく愛から見れば熟したりんごのように赤くなっていることだろう。
だが、幸い愛には気づかれることもなく片づけを終わらせた愛は立ち上がる。俺も一緒になって立ち上がってから教室に戻った。
教室に戻ってから午後の授業は正直なところ全く耳に入っていなかった。ノートを取るのも忘れてしまうほど、俺は気が抜けてしまっていた。今、俺の意識は愛に向いている。
後数時間もすれば彼女と街に出かける。散歩だなんだと言っていたが、形式的にはデートなわけで、それを意識してしまって不本意ながら舞い上がっていたのだ。
反面、愛の方は静かなものだった。授業に集中して先生の言葉に聞き入っている。誘ってきたのはあちらからなのにこちらの方がドギマギしてしまっているのがなんだかまぬけに思えてしまう。
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