不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません？

外伝 ～ヨツバ王国編～

東聖将の正体

「おい、近づくな……あだぁっ！？」
「うわ、誰かこいつを捕まえろよ！？」
「無茶を言うな！！子供でもユニコーンだぞ！？抑え込めるわけないだろうがっ！！」
「ヒヒンッ！！」
「ウォンッ！！」


ウルを牽制するために槍を構えた兵士に対してユニコは背後から蹴飛ばし、兵士達は慌ててユニコを落ち着かせようとするが、ウルが近寄って雄たけびを上げる。


「ウォオンッ！！」
「ヒヒィンッ！！」
「おい、ユニコーンが怯えてる！！早くそいつをどうにかしろよ！？」
「出来るのならとっくにやってんだよ！！くそ、これでも喰らえっ！！」


兵士の一人が小袋を取り出し、袋から漂う臭いを察知したウルは中身が「腐敗石」を粉末状にした代物だと悟ると、事前に右腕を振りはらって地面の砂を放つ。


「ガウッ！！」
「うわぁっ！？め、目がぁっ！？」
「馬鹿かお前はっ！？何でお前の方が目晦ましを喰らってんだ！？」


魔物を追い払うために常備していた腐敗石の粉末を浴びる前に先に兵士の目を封じると、ウルの視界に月光樹を潜り抜けて移動しようとするレナ達の姿が映し出され、頃合いと見計らってユニコに合図を送る。


「ウォンウォンウォンッ！！」
「ヒヒンッ……」
「な、何だ！？」


泣き声を三回上げるとユニコはそれに応じて兵士達を振りはらい、その場を駆け出す。慌てて兵士達はユニコを捕まえようとするが、先にウルがユニコと兵士の間に割って入って追いかけられないように唸り声を上げた。


「グルルルッ……！！」
「ひいっ！？」
「情けない声を出すな！！こいつ……風の精霊よ！！」
「馬鹿、月光樹の近くで魔法を使うな！！折れたりしたらどうするんだ！？」


いい加減に我慢の限界を迎えようとした兵士が精霊魔法をウルに仕掛けようとしたが、他の兵士がそれを止めた。過去に召喚された勇者が残した大切な月光樹が傷つく事を恐れた兵士達は仕方なく魔法の発動を中断すると、ウルは安心したように後方を振り返る。

既にユニコも月光樹から十分な距離まで離れた事を確認すると、ウルは一度だけレナ達が忍び込んだ方角に視線を向け、作戦が成功した事を示すために雄たけびを上げながら走り去った。


「ウォオオオオンッ！！」
「……な、何だったんだ？」


ユニコを追いかけるようにあっさりと退散したウルの姿を見て兵士達は唖然とした表情を浮かべる中、その様子を遠目で観察していたレナ達は兵士に気付かれる前に月光樹を離れ、東聖将の領地内への侵入を果たす――




――無事にウルとユニコの活躍で月光樹の見張りの兵士達に感付かれずに侵入を果たしたレナ達はしばらくの間は歩き進むと、ユニコとウルが追い付くまで休憩を取る事にした。２匹だけならばそれほど時間が掛からずに侵入を果たせるため、ウル達が戻るまでの間にレナ達は食事の準備を行う。


「本当にここで火を使ってもいいの？煙が上がれば兵士に気付かれるかもしれないけど……」
「大丈夫っすよ、ここまで来れば問題ないっす」
「臭いで魔獣が近寄ってくるかもしれないけど……」
「その時は食べられる食材が増えたと考えれば問題ないっす」


レナ達は焚火を焚いて食事の準備を行い、久しぶりに暖かな食事を味わう。途中で狩猟した一角兎とオークの肉と野草で即席のスープを作り出し、異空間内に預けていた魚を串焼きにして食す。


「うん、美味しいでござる。レナ殿は料理も美味いのでござるな」
「調理のスキルも覚えているからね」
「ほう、それは良い事だな。調理のスキルを覚えている冒険者は重宝されるからな」
「あたしは野菜料理しか出来ないから羨ましいっすね」
「キュロロッ……」


アインは果物を食べながら心配そうに周囲を見渡し、ウルとユニコが戻ってくるのを待つ。やはり魔獣仲間が傍に居る方が安心するらしく、何度も立ち上がっては２匹の姿を探す。


「アイン、落ち着けよ。もう少し待てばウルもユニコも追いつくって……」
「キュロロッ？」
「アインも友達が心配なのでござるな……レナ殿、兄者！！」
「ああ、分かってる」


食事の最中にレナ達は立ち上がり、周囲を警戒するように武器を身構える。こちらに向けて複数の気配が接近している事を確認すると、レナは鍋に蓋をして空間魔法を発動させて退魔刀を取り出す。


「魔物かな？」
「いや……これは人の気配だ」
「正しくは森人族の気配でござるな」
「この感じ……もしかして」


レナ達は背中合わせに周囲を警戒する中、エリナは何かに気付いたように右手を上げ、風の精霊を呼び集める。すると遠くの方から馬の蹄の音が鳴り響き、最初はユニコが戻って来たのかとレナは考えたが蹄の音の数が合わない事に気付いて警戒を強める。


「ユニコーンに乗った兵士達が近づいているのか？」
「いえ、違うと思います。この独特な足音は……きっとあたしの叔父さんです！！」
「叔父だと……東聖将が近づいているのか？」


エリナの自分の叔父が近づいているという言葉にレナ達は警戒を解こうとした時、蹄の音を鳴り響かせながら茂みの中から予想外の生物が出現した。


「おおっ！！やはりそこにいるのはエリナだったか！！」
「叔父さん！！１０年ぶりぐらいっすね！！」
「……叔父、さん？」



――茂みから姿を現したのは下半身が馬、上半身が人間の男性（外見は３０代程度）の姿をした人物が現れ、その姿を見たレナの脳裏に思いついたのは「ケンタウロス」という地球でも有名な半人半馬の生物で間違いなかった。



「本当に久しぶりだなこの薄情者め！！騎士になった途端に殆ど遊びに来なくなったから俺も妻も寂しかったぞ！！」
「いや、すいません。色々と仕事が忙しくて……でも、たった１０年ぶりじゃないですか」
「森人族にとっての１０年とケンタウロスの１０年の感覚は全然違うぞ！！相変わらずだなエリナは！！はっはっはっ！！」
「……この男、ゴウライと同じ気配を感じる」
「兄者が苦手な性格の人物でござるな」


現れたケンタウロスの男性はエリナの姿を見ると両手に握りしめていた鉞を背中に戻して朗らかな笑みを浮かべながら接近する。近づいてみると随分と身長が高く、下半身が馬である事を考慮しても背の高さは２メートルを超えていた。

エリナから叔父と呼ばれたケンタウロスの他にも彼の後に続いて５人の男女のケンタウロスが姿を現し、それぞれが握りしめていた武器を背中に戻す。レナが観察した限りでは同じケンタウロスと言っても人間と同様に外見には違いが存在した。

例えば女性のケンタウロスは上半身を普通の人間のように服で覆い隠して頭には髪飾りも身に着けているが、男性のケンタウロスの場合はエリナの叔父を除いて上半身が裸の状態だった。そのエリナの叔父も普通の服ではなく、皮鎧を身に着けているだけで特に着飾ってもいない。男性と女性では価値観が違うのか、それとも故人の趣味で今の恰好をしているのかは不明だが、外見だけを見ると女性のケンタウロスの方がまともに見える。


「将軍、エリナ様はともかく、こちらの方々もお知合いですか？」
「いや、知らん顔だな！！エリナ、誰だそいつらは？」
「叔父さんは相変わらずっすね……紹介します、この人はあたしの兄貴分のレナさんっす！！とっても強い魔術師さんですよ！！」
「あ、どうも……」
「ほう、エリナの兄貴か！！という事は俺の甥になるわけだな！！」
「いや、何でですかっ……というか、エリナの叔父さんなんですよね？」


エリナに紹介されながらもレナは彼女の叔父であるケンタウロスに視線を向け、エリナの方向を振り返る。森人族であるエリナが魔人族と思われるケンタウロスの叔父が居るのか不思議に思うと、レナの疑問を察したようにエリナが事情を説明する。