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前線基地3

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「あ、起きたね。」
「……ん。ごめん、寝てたのか。」
「泣き疲れちゃったみたいだよ。……まぁ、旅疲れっていうのもあるんだろうけど。」

目を開けてみれば画面いっぱいにアルフレッドの笑顔が拡がっていた。ドウヤラ彼の太腿に頭を預けてるみたいである。少し困った雰囲気もあったので、割と長めに寝込んでしまっていたようだ。退かなければと思い、のっそりと身体を起こした。

「気分は?」
「頭が、少し痛いかな。」
「はいお水。あれだけ泣いてたから、仕方ないよ。水分不足から来てるかもしれないから、これ飲んでおいて。ヨハンと涼達ももう少しでも終わるみたいだから。」
「ありがと。分かった。」

当たりを見回してみれば、空は既に燦々としていた浅葱色から橙色へと移り変わり始めていた。陽射しもレッドウォールならではの強めのものから、少し和らいだ光加減になっている。

「思いの外時間がかかってるんだな。」
「そうだね。まぁ、あれだけの重症具合じゃ仕方ないよ。なんなら、涼が治そうとしてたし。」
「……直すのはダメなのか?」
「ヨハンがどこまで、介入していいのか判断が出来ないんだってさ。それに、一人治してしまえばきっとキリがなくなってしまうだろうって。涼と奏多は後方支援側の魔獣討伐をメインにしてるからね。戦う方に魔力を注ぎ込まなくちゃいけないでしょ?」
「そういう、事か。タンク役の俺でもバテる可能性があるのか。」

確かに、それはそうなんだが。
未だに脳裏に焼き付いている、あのテントの中を思い返してしまった。敢えて視界に入れないようにしていたが、そう簡単には消えてくれはしない。

「そういう事。だから今、伝達係の兵士さんにダニエル様へと確認を取ってもらってるんだ。」
「え?!そ、そうなのか。」
「あはは、そうだよ。ヨハンは余り乗り気じゃないんだけどね。涼がせめて確認位は良いんじゃないかって譲らなくて。」

さ、流石涼様……と言ったところだろうか。アレン君の時と同じだ。諦める事を知らない、全力前進系の猛者。
彼女が聖女たる理由の最大点であると思っている。
俺にはもうそんな若さはないので、猪突猛進気味な彼女がとても輝いて見える。



「終わったよー!!……あ!お兄ちゃん起きてる。」
『ずいぶんとねむっていたな。』
「よぉっす。アレン宛の手紙は父親から受け取った。……その様子だと状況はアルフレッドから聞いてるようだな。」
「まぁね。」

涼達三人が少しだけ顔を青くした状態でテントから出てきた。彼等が言うように俺と涼の郵便局員としてやるべき事は終わった様である。
そのまま全員集まると、ヨハンが先導してくれた。向かう先は急遽騎士の皆さんが立ててくれた、俺達専用のテント。これも俺が眠っている間に用意してくれたらしい。

「三人とも、これ飲んで。ヨハンは少し苦手かもだけど。皆顔色悪過ぎるから。」
「なぁにこれ。」
「レモンウォーターだよ。蜂蜜入ってるから飲みやすいと思う。」
『レモン?果物か。』
「俺酸っぱいの苦手なんだよなぁ……。」

なるほど、ヨハンはそれで苦手ななのか。意外な一面を見た気がする。けれど、アルフレッドから差し出されたレモンウォーターを一気に煽っている所を見るに結構重要な飲みものなのだろう。

「みんな大好きダニエル様からの差入れのひとつだよ。回復薬みたいなものだっねさ。」
「みたいなもの?」
「正規の回復ポーションじゃなく、所謂漢方薬。ジワジワと身体が解れていく筈だよ。」
「なるほどな。」

顔を顰めているヨハンとは対象に涼とアトラは美味しそうに飲んでいるのが、なんだか面白かった。
俺も徐々に張り詰めていた気持ちが治まってきているのかもしれない。

「それで、今はそのダニエル様からの返答待ちみたいだけど。大体どの位で返ってくるものなんだ?」
「その伝達係の腕前と受信者の返答次第なんだが、凡そ一日半って所だな。」
「そうか……涼は、どっちを優先したいんだ?」

そう言い、涼の方を真っ直ぐ見た。
彼女も同様に俺を見ていて、変わらぬ意志の強さを改めて確認したのだった。
これは間違いなく折れる気もないし、ダニエル様に言われたとしても変わらないのだろう。遠くの王子殿下の胃痛が増えてしまうかもしれないな。

「私は、どっちもやりたい!!!」
「……………どっちもだったのか。」
「うん。前回の前線でもそれを求められていたしね。勝手で申し訳ないと思うけど、リベンジだと考えてる。」
「……そうか。」

正直な話随分と身勝手だと思う。
前回出来なかったからといって、今回魔獣撃退も怪我人回復も完璧に出来るかという保証が全く無いからだ。
彼女はそんな危うさを含めた若さゆえの勢いがある。

「お兄ちゃん、手伝って……くれるかな?」
「………何かあった時に、止めるのが大人の仕事であり役割だよな。」
「俺はそう思う事にしてる。」
「なんだ、ヨハンはもう決めてたのか。」
「いざとなれば戦闘はアトラに任せれば良いし、このメンバーなら幾らでもなんとかなるだろ。」
「……確かに。」


「ファンゴ班長殿!!ダニエル第一王子殿下から便りが参りました!!!」
「……来たか。」

彼女が前回聖女として役目を全う出来ず、傷付いていたのもまた事実なのだ。
それを大人の都合で可能性の芽を潰しては、身勝手な彼女のリベンジ以上に非道な行いなのではないかと思う。
だからこそ、俺達が傍で支えてあげるのが一番の正解なのでは、今はそう考えれた。
もう随分と昔に置いて来た、嘗ての自身の夢のようなものが……少しだけ煌めいた気がした。



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