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34.来客達の到着

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「ようこそ、我が領へ。遠路はるばるお越し頂いて、ありがとうございます」

 領主邸の応接室は、大勢の来客があっても対応できるよう、広く造られている。その一角へ腰を下ろしたハミルトン侯爵家の方々に、皆を代表し、アルノーが領主として歓迎の挨拶をする。

「お招きいただき、ありがとうございます」

 返事をするのは、ハミルトン侯爵。灰色の髪が様になる、落ち着いた紳士だ。その隣で礼をするのが、侯爵夫人。笑顔の明るい女性である。
 ふたりとも、日頃から鍛えているであろう様子が、見てわかる。ハミルトン侯爵は、肩や腕の筋肉によって、上着の布が張っている。侯爵夫人はすらっとしていて、無駄な贅肉が全くない。背筋が伸び、些細な動きをする度に、内なる筋肉の力強さを感じる。父はハミルトン侯爵家が、騎士団員を多く輩出していると言っていた。家族をあげて、日頃から鍛錬に励んでいるのだろうか。
 この特徴的なふたりが、パーティやお茶会で父母と話している様子を、そういえば見たことがある。
 その横に、少年がいる。溌剌としたふたりに雰囲気がよく似て、小さいながら、胸を張って立っている。顔立ちも両親の要素を受け継いでいる上に、パーツの配置が素晴らしく、将来有望だということが既にわかる。
 母がその少年を見て、頬を緩めた。

「まあ、カールも大きくなりましたのね」
「そうなのです。カール、ご挨拶なさい」
「こんにちは。お目にかかれて嬉しいです」

 挨拶もはきはきとして、印象が良い。ハミルトン侯爵夫人が愛おしげに眺めるのも納得の、素直そうな良い子だ。
 リアンも母に促され、挨拶をする。ニックに対してそうだったような拒絶的な態度はないが、どこかぎこちない。体の大きなカールと比べると、リアンは小さくて、ますます頼りなさげに見える。この様子を見るに、リアンは他の貴族の子ども以上に、同年代との付き合いが苦手なのかもしれない。

「失礼致します。ローレンス公爵家の皆様と、王女殿下が御到着されます」

 ハミルトン侯爵家との対面もそこそこに、また来客が告げられる。その瞬間、出迎えのため、さっと先に立ち上がったのはハミルトン侯爵夫妻。さすがの反射神経である。私達は来客を迎えるため、場を整えた。
 最初に許可を取って入室したのは、制服を身に纏った騎士である。王女の警護のため、室内の、定められた場所に立つ。少しものものしい雰囲気に変わった応接室へ、ローレンス公爵夫妻とミア、ミアの弟のギル、そして少女が入ってくる。ギルは、ミアそっくりな焦げ茶の澄んだ瞳を持つ、大人しそうな顔立ちの少年だ。顔が俯きがちなのは、元の性格が引っ込み事案なのか、それとも学校へ通えないのが原因なのか。いずれにせよ、大人しいというか、むしろ暗いと言った方が良いような印象である。
 要するに、陰気ーーそんなギルの隣にいる少女が、先ほどの知らせによると、王女であるはずだ。

 大人同士の挨拶を聞いていると、王女ーーシャルロットは、ローレンス公爵家が面倒を見ることになったそうだ。
 王によって、多数の騎士による盤石な警護体制が敷かれているため、馬車の数自体は私たちと変わりはなかった。ところが、王妃によって指示されるはずの侍女が全くいないらしい。王の溺愛ぶりと王妃の育児放棄が想像される異常なほどあからさまな差に、妾腹でもないのになぜだろうと、声を潜めて話し合っている。
 生みの母になぜか愛されない、哀れな王女、シャルロット。彼女は、赤に近いピンクの髪と目を持つ、はっとするほどの美少女だ。その姿は、王に似ているとか王妃に似ているとかいう以前に、誰もが認めるだろう、普遍的な美しさをもっている。
 ミアは彼女を、「妖精のように可愛い」と表現していたが、その言葉に同意する。こんなに可愛い娘がいたら、王が溺愛するのも納得だ。

「よろしくね」

 素晴らしく美しいものを目にした感動は、シャルロットが覚束ない仕草で挨拶をした途端、消えてしまった。何しろ、動作が微妙なのだ。言葉遣いも、なっていない。
 王家の教育を受けているならば、この年齢でも完璧な礼が出来ていて当然なのに、シャルロットの仕草には、優雅さの欠片もなかった。
 どうして、そうなってしまったの?

「シャルロット様は……」

 その答えを求めて視線を泳がせると、目の合ったミアが、気の抜けた笑みを浮かべた。シャルロットには、何かありそうだ。
 とにかく、役者は揃った。私はリアンに友達を作るべく、ハミルトン侯爵家のカール、ミアの弟のギル、王女のシャルロットとリアンの4人に、「同じ苦労をさせる」のである。
 4人の顔を順番に見ながら、私は事前に立てた計画を、頭の中で反芻していた。
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