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番外編

惹かれてしまってたまらないね【ヴァン】

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「で?」
 ニヤニヤとするアーノルドは機嫌が良さそうに近づいてきて肘で僕を小突いた。
 痛い。シンプルに痛い。
 僕はお前みたいに鍛えているわけでもなければ、屈強な体を持っているわけでもない。
 ただ、重いものを持ったり力仕事が多かっただけだ。そのせいで少しばかり体格はいいかもしれないが、打たれ強いわけではない。
 嫌な顔をすれば、すっかり酔いが回っているのか、ケラケラと変なタイミングで笑っている。

「して、ヴァン、隠さなくとも良い。ここは我々しかいないんだからな」

 その肩に肩肘を預けたクリス殿下が、機嫌が良さそうにわはは、とアーノルドに同調して笑い合っている。

「いや、なんですっかりダチなの? 殿下だよ、アーノルド……」

 完全に同意だ。
 トムが「こわ」と呟く気持ちはわかる。僕もアーノルドの気軽さが怖い。
 僕もクリス殿下と付き合いは長いが、こんなにフレンドリーにはいかない。幼い頃から彼が殿下であったし、その関係性は友人というよりも取引相手に近く、より一層その身分を痛感することは幼心に多かった。クリス殿下も少々擦れた部分もあったので、その権力を振りかざす事も多かったのを覚えている。 

 一番酷かったらしい時期は、僕は忙しくて夜会にも出れていないし、そこまで交流はなかった。話で聞いたことあるだけだが、今はその時と比べものにならないほどに穏やかだ。
 
 酒が入っているせいもあるかもしれないが、そんなクリス殿下も気軽に絡んでいくから余計に怖い。お願いだから、暴君であった頃のクリス殿下を呼び覚ましてくれるなよ。
 
 元来、王族と対等な者は居ないのだから、おかしいのはこれを許しているクリス殿下なのだろう。しかし彼が許している以上は口出しするわけにはいかない。

「疲れた、夜会も出たくない。一晩付き合え」と突如呼び出された店は、貴族や王族が顔を出すような一晩一棟貸し出すような屋敷で、使用人は王室の使用人が何人か。料理人と騎士達が来ることとなった。部屋の外に騎士達が待機する形で、広い部屋の円卓に四人きりだ。
 
 どうやらこの二人にも招待状はあったらしい。   
 僕の友人で、騎士団の所属のため、よしと判断したのだろう。二人を呼べば僕が来やすいと踏んだか。
 しかし話を聞くと、なんでも、以前密輸や麻薬の件の時に意気投合したらしい。

 アーノルドは酒が入ると記憶が飛ぶので、何かやらかしたのではと戦々恐々だったというのに酒が入った途端これだ。
 こちらが怖くなる。
 まぁ、2人もいるし少しなら、と返事をすればすぐにこの場が用意されたというわけだ。

 それがまさか、こんな事になるとは。

「え? 嘘だろ? お前まだ結婚式やってないのか?」

「……うん、まぁ」

「バカなの?」

「……う」

 全くその通りなのはわかっている。
 トムの言葉がグサリ、胸に刺さる。

 せめて彼女が我が家に来てくれた時、すぐにでも式は挙げるべきだったし、やらないならやらないで彼女にも確認をするべきだった。
 どうしても自分のゴタゴタした感情や事情や仕事にかまけて、それを適当に流してしまっていた。前にベリルに聞いた時は、結婚にそんなに期待をしていないような話をしていたが、僕が考えるよりもずっと女性の結婚は夢に見るものがあるに違いない。

「それはいけないな、ヴァン、それはいけない。なぁアーノルド」
「そのとーり! あんな美人がお前のところに嫁いできてくれて、しかも仕事も手伝ってくれてんだろ? 二人きりの時間多いんだよな……やばいな」
「アーノルド、ちょっと黙れ……」

 身を乗り出して何を思案したのか、今にも下品な言葉を吐き出しそうな気配を察して、なんとか理性と知性を保っているトムがアーノルドの顔面を掴み、椅子に戻していく。

「感謝はしてるよ、本当に。僕にとっては思いもよらない幸運になったよ。お互い顔も知らなかったし……や、顔でものを言ってるわけではないんだけど……」

「うっ、きっ聞きたくない」
「あっおい! トム!」
 
 トムは、ばちんと耳を塞ぐと、一気に酒を煽った。並々注がれている葡萄酒は一気に喉に流し込まれていく。
 僕も酔いが回ったようで、うっかり惚気てしまった。それが気に障ったのか、トムは一気に知性を放棄したようだ。
 もうこの場にはアーノルドを止める者は居ない。クリス殿下は誰にも止められないし、トムまで酔ったらこの場はどうなるかわからない。

「確かに、美人だな。あの初めて会った夜会では美しかった」
「うん。わかる」
「うっ、わかりたくないっ」
「そうなんだよ……ベリルは美しいんだよなぁ」

 うんうん、と頷く一同に混ざり、同じように頷いた。そうか、やはりベリルは美しい。
 贔屓目で可愛く美しく見えていたのかとも思ったが、やはり誰から見ても美しい女性だ。

 そう意識したら、急にモヤっとした何かが胸に渦巻く。
 
 なんか、嫌だなぁ。

 彼女は何故かものすごく自己評価が低い。
 僕もさほど自己評価は高くは無いが、それ以上に低い。何も見えていないと言っていいほど、低い。彼女の姉上や両親がおそらくずっと彼女の価値を抑え続けて、麻痺させ、そう思い込ませるよう仕込んでいたんだろう。
 相当に勤勉で、働き者で、僕にとっては理想的な伴侶だ。
 我が屋敷の精霊を見つめる瞳も、僕を見る目も、彼女の手も、肌も。

 誰かに見られるのは、嫌だな。
 奪われるのも手放すのも、もっと、嫌だ。
 
「あんな奥様、俺も欲しいわ」
「はははは、俺もだ! しかし第二王子という身分上、兄上が身を固めてくれるまでは身を粉にして働かねばならんからな!」

「俺も~、ベリルちゃんかわいいよなぁ、ヴァンに対する尊敬も感じるさ……」

 トムはもうグデングデンで、それだけ言ってテーブルに顔を沈めた。息は……している。というか泣いてる。

「体もふわふわそうだし……」
 アーノルドの手が動く前に、がしりと掴むと、反対の手に持っていた葡萄酒のグラスが揺れ、派手に水面が揺れて溢れる。
 パシャン、と自分の服と机に赤いシミがついた。
 
 目の前がカッと赤くなるような気がした。
 自分らしくも無い。
 今まで散々男だけになれば繰り広げられてきた話だ。
 でもこれがベリルでされると思うと、我慢ならない。
「……アーノルド、ベリルでいかがわしい想像をするのはやめてくれないか」
「す、すまん」
「あ、いや」

「はははは! なんだヴァン、お前、十分ご夫人を大事にしているではないか!それは国にとっても重要な事だ。それならば、余計に誓いを立てなければならんな、大事な事だ。……それに、俺も祝福したい」

 スッと出された手はそっと僕の手に触れると、アーノルドの手を掴む僕の手を解いた。

 子供じみた、独占欲に似た感情が、スッとおさまっていく。
 こんな気持ちを女性に対して感じるのは初めてで、自分でも戸惑ってしまう。


「で? 子供はいつだ? それまでに式を挙げねばなるまい?」
「は」
「ん? 気持ちは繋がっているんだろう?」

「そっ……です、けど」
「?」
 アーノルドも殿下も、首を傾げる。
 思いは繋がっている、という言葉に、かぁぁ、と顔に熱が集まって、それが冷める様子はない。
 頭に、彼女の頬の柔らかさや、唇の感触が浮かぶ。より一層顔が熱くなっていく。

「おい、まてまてまて」
 アーノルドが、嘘だろ、と溢した。
「へ……」
 トムまでもとうとう顔を上げて、ギョッとした顔をしている。

「おい、ピュアか?ピュアなのかお前は……?」

「き、きすは……」
 情けない声に、自分でも恥ずかしくなり両手で顔を隠す。そうすると、隙間から服の赤いシミが見えた。またそのせいで、ふわりと笑うベリルの顔が脳裏に浮かんで、さらに顔が熱くなった。
 もう末期かもしれない。

「ピュアなんじゃん……」
 トムがげっそりとした顔でつぶやいた。

「それはいち早く式の日取りを決めねばなるまい。早くお前は帰ってご夫人に日取りを聞け」

 殿下が合図すると、騎士達や使用人がテキパキと帰り支度を始め、僕だけ先に馬車に放り込まれて帰った。
 もうどうやって、どれくらい時間が掛かって、最後に見送ってくれたアーノルドとトムの表情さえ思い出せない。
 ただ思い出せるのは最後の殿下の面白いものを見たという表情だけだった。


「お帰りなさい、お早かったですね、あれ?」

 駆け寄るベリルが、シャツを見た。赤いシミを見て、くすりと笑みを溢す。

「ふふ、また溢しちゃいましたか?」
 
 花のような笑顔が、眩しすぎて、赤くなる顔を見られるのが恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまった。きっと不思議に思っているだろう。またそれを想像して頬が熱くなる。

 どうしよう。
 どうしようもなく、君に惹かれていく。


ーーーーーーーーーー

「うそだろ、あの二人、何にもないのか」
「しんじられない」
「でもキスはしたっぽいよな。なんか言ってなかったか?」
「言ってたか?」
「あいつ、何ヶ月経ってるんだ? 信じられないわ」
「アーノルドは手が早すぎ」
「トムは手が遅すぎ」

「お前たちを足して割ったらちょうどいいだろうに」
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