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「君を愛することはない」
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「君だけをずっと想っているよ」
幼いあの日、あなたはたしかにそう言ってくれた。
そして、優しく愛を紡いでくれたその唇から今、私を拒絶する冷ややかな言葉が浴びせられる。
「僕は君を愛することはない。僕には大切な女性がいる。君と同じ名だが、全くの別人だ。幼い頃から、僕は彼女一筋だった。だからこうして伯爵家同士、政略的に婚約させられたからと言って、君のことを愛する日は絶対にやって来ない。期待しないでくれ」
冷たくそう言い放った彼の隣では、私と同じローザという名の女性が彼の腕に自分の腕を絡め、こちらを見ながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
八歳のあの日、私は彼と出会った。
生まれつき体が弱かった私。父の知り合いである侯爵様が保有している領土の別荘に、静養のため何度も家族で滞在させてもらっていた。その侯爵家は代々魔法を使える家系で、その力はいまだ衰えていない。侯爵の子息で私と同い年のダリアスもまた、幼くしてその魔法の才を発揮していた。魔法が使える人が少なくなってきているこの時代に、彼らが懇意にしてくれていることは私たちにとって幸運なことだった。
「ダリアス、ありがとう。あなたやあなたのお父様の回復魔法のおかげで、私随分体が楽になってきたわ」
そうお礼を言うと、ダリアスははにかんだように笑っていた。
「君の役に立てているなら、よかった」
ゆっくりと時間をかけながら、私の体には彼らの回復魔法が施されていき、弱かった私の心臓は魔法に適応しながら少しずつ強くなっていった。
ある日私はダリアスと一緒に、滞在していた別荘から少し離れた場所にある草原に散策に来ていた。暖かい日差しが差し、気持ちのいい風が吹き抜ける。背の高い花々の間を、ダリアスとかくれんぼをしながら夢中になって遊んでいると、ふいに目の前に見知らぬ男の子が現れた。
「…………っ!」
「……ごめん。驚かせてしまったね」
それが彼、アーヴィン様だった。
アーヴィン様の家は、うちと同じ伯爵家。彼もまたこのダリアスの別荘地の近くに、両親に連れられて何度か遊びに来ているのだと言った。私より二つ年上の彼は、大人びていて優しくて、とても格好良かった。幼い私はアーヴィン様に対して、初めての恋心を抱いた。
近くの親戚の別荘に滞在していたアーヴィン様とは、その時期何度も遊んだ。いつもダリアスと三人で。
やがてアーヴィン様の家族は彼らの領地に戻ることになり、別れの時がやって来た。今日で会えるのは最後だと彼が打ち明け私の手を握った時、私は我慢できずに涙をポロポロと零した。
「ア……アーヴィンさま……っ。私は、あなたのことが……、大好きです……」
「……ローザ……。嬉しいよ。僕だって、君と同じ気持ちだ。……ね、約束するよ、ローザ。僕は決して君のことを忘れない。君だけをずっと想っているよ」
八歳と十歳の子どもの、淡く幼い初恋だった。
別れを惜しむ私たちのことを、ダリアスは少し離れたところからじっと見守っていた。
月日は経ち、ダリアスや彼のお父様のおかげで健康な体を手に入れた私は、学園に通い、社交界デビューを果たし、たくさんの出会いや別れを経験した。
だけど私の心の真ん中にはずっと、あの幼い日の初恋の人がいた。アーヴィン様を思い出しては、胸が痛いほどの切なさに、涙する。そんな夜が、一体何度あっただろうか。
そんな私に、ある日奇跡が訪れた。
幼いあの日、あなたはたしかにそう言ってくれた。
そして、優しく愛を紡いでくれたその唇から今、私を拒絶する冷ややかな言葉が浴びせられる。
「僕は君を愛することはない。僕には大切な女性がいる。君と同じ名だが、全くの別人だ。幼い頃から、僕は彼女一筋だった。だからこうして伯爵家同士、政略的に婚約させられたからと言って、君のことを愛する日は絶対にやって来ない。期待しないでくれ」
冷たくそう言い放った彼の隣では、私と同じローザという名の女性が彼の腕に自分の腕を絡め、こちらを見ながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
八歳のあの日、私は彼と出会った。
生まれつき体が弱かった私。父の知り合いである侯爵様が保有している領土の別荘に、静養のため何度も家族で滞在させてもらっていた。その侯爵家は代々魔法を使える家系で、その力はいまだ衰えていない。侯爵の子息で私と同い年のダリアスもまた、幼くしてその魔法の才を発揮していた。魔法が使える人が少なくなってきているこの時代に、彼らが懇意にしてくれていることは私たちにとって幸運なことだった。
「ダリアス、ありがとう。あなたやあなたのお父様の回復魔法のおかげで、私随分体が楽になってきたわ」
そうお礼を言うと、ダリアスははにかんだように笑っていた。
「君の役に立てているなら、よかった」
ゆっくりと時間をかけながら、私の体には彼らの回復魔法が施されていき、弱かった私の心臓は魔法に適応しながら少しずつ強くなっていった。
ある日私はダリアスと一緒に、滞在していた別荘から少し離れた場所にある草原に散策に来ていた。暖かい日差しが差し、気持ちのいい風が吹き抜ける。背の高い花々の間を、ダリアスとかくれんぼをしながら夢中になって遊んでいると、ふいに目の前に見知らぬ男の子が現れた。
「…………っ!」
「……ごめん。驚かせてしまったね」
それが彼、アーヴィン様だった。
アーヴィン様の家は、うちと同じ伯爵家。彼もまたこのダリアスの別荘地の近くに、両親に連れられて何度か遊びに来ているのだと言った。私より二つ年上の彼は、大人びていて優しくて、とても格好良かった。幼い私はアーヴィン様に対して、初めての恋心を抱いた。
近くの親戚の別荘に滞在していたアーヴィン様とは、その時期何度も遊んだ。いつもダリアスと三人で。
やがてアーヴィン様の家族は彼らの領地に戻ることになり、別れの時がやって来た。今日で会えるのは最後だと彼が打ち明け私の手を握った時、私は我慢できずに涙をポロポロと零した。
「ア……アーヴィンさま……っ。私は、あなたのことが……、大好きです……」
「……ローザ……。嬉しいよ。僕だって、君と同じ気持ちだ。……ね、約束するよ、ローザ。僕は決して君のことを忘れない。君だけをずっと想っているよ」
八歳と十歳の子どもの、淡く幼い初恋だった。
別れを惜しむ私たちのことを、ダリアスは少し離れたところからじっと見守っていた。
月日は経ち、ダリアスや彼のお父様のおかげで健康な体を手に入れた私は、学園に通い、社交界デビューを果たし、たくさんの出会いや別れを経験した。
だけど私の心の真ん中にはずっと、あの幼い日の初恋の人がいた。アーヴィン様を思い出しては、胸が痛いほどの切なさに、涙する。そんな夜が、一体何度あっただろうか。
そんな私に、ある日奇跡が訪れた。
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