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4.失恋したばかりだし、今まで友達だったし
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「え……えっ?」
まさか、ありえない。そんなこと言ったら鼻で笑われるだけだ。
そう思うのにありえないと断定できないのは、啓斗が私を見据える目の奥にひそむ熱に気づいてしまったからだ。
直感的にそうだとわかった。とはいえ、まだ確定じゃない。
問題はこの疑惑をどう切り出すか。
からかいまじりに「私に惚れてるんでしょう?」とでも言ってしまえばいい。間違っていたとしても笑い話にできる。
何か親切にした時、「惚れた?」と言い合うことがブームだった時期もあったし、その時と同じノリでいける。
なのに急に動揺が襲ってきて、目も合わせられない。
直接好きと言われたわけでもないのに、啓斗をすっかり意識してしまっている。
「何固まってるんだ?」
「え、と……」
訝しげに問われ、舌がもつれる。しどろもどろの私を見て、啓斗がすっと目の幅を狭めた。
「その顔はわかったんだよな?」
期待をにじませた声。私の答えを今かと待っている。
「わ、私のこと、好きなの?」
からかうどころか、おそるおそる、もしかしたら聞こえなかったかもと思うくらいの小声になってしまったけれど、ちゃんと啓斗の耳には届いたらしい。
「やっと気づいたか」
心のどこかで「馬鹿じゃねーの、そんなわけあるか」と一蹴されるのではと疑っていたのに、あっさりと認められてしまった。
「えっ、本気で?」
思わず問い返すと、啓斗の目元が険を帯びる。
「本気に決まってるだろ。冗談でこんなことするか」
指摘されて今の体勢を再認識する。遅れて顔に熱が集まるのがわかった。きっと顔が赤くなっているはずだ。気づかれないうちに離れたい。
「もういいでしょ。手、離して」
「ダメに決まってるだろ。まだ返事、聞いてない」
衝撃のあまり頭から飛んでいた。告白されたのだから、当然それに対する返事は必要だ。
「俺は紗矢が好き。付き合いたい。お前は?」
ずっと友達だった。女子を取り繕う必要がない楽な存在。恋愛対象じゃなかった相手のはずなのに、好きだと言われて確かにときめいている自分がいた。
顔が熱くてたまらない。鼓動は早鐘を打っていて、啓斗の顔が見られない。でもこれを恋と断じるのは迷いがある。だってそんなにすぐに切り替えられない。
「私失恋したばかりだし、今まで友達だったし」
「俺、フラれる?」
失望の透ける自嘲めいたつぶやきにぎゅっと心臓が痛くなる。
「ちがっ、待って、考えてるから。考えてる、けど纏まらなくて」
啓斗のことは嫌いじゃない。物怖じしない率直な所とか仕事へのスタンスとか尊敬している。
仕事や元彼と付き合っている時にいろいろ相談した時は厳しいことを言われたりもしたけど、振り返れば啓斗の意見が正しかった。優柔不断で感情に流されやすい私にとっては頼りになる存在だ。
今までの友人としての信頼関係があるからこそ、適当に返事をしたくない。
受け入れるのも断るのもしっくりこないけど、一つだけ確かなのは今の私は冷静じゃないということだ。
元彼から一方的に別れを告げられたことに傷ついている。彼女のつもりだったのは私だけで、向こうからしたらどうでもいい存在だったんだって事実が悔しくて悲しくて寂しくてやるせない。
気持ちが離れてしまったのは自分に魅力がないからだって、あの時こうしていればもしかして……と後悔ばかり。自尊心が地の底まで落ちてしまっていた。
そんな中、好きだと告げられて、こんな自分でも好きになってくれる人がいるんだと救われるような思いがした。女は愛するよりも愛された方が幸せ。どこかで聞いた格言が頭をよぎる。
啓斗は素の私を知っている。ダメな所も可愛げがない所も全部わかってそれでも付き合いたいと言ってくれた。心変わりの可能性は低いはずだ。啓斗とならうまくいくかもしれないと期待する自分もいる。
幸せになりたい。愛されたい。胸にぽっかりと空いた隙間を埋めてほしい。
切望しながら、乾いた唇を開く。
「気持ちは嬉しい。でもやっぱり今は誰かと付き合うって考えられないよ。私まだ元彼を引きずってるし、啓斗のこと利用したくないから」
口に出して迷いが消えた。
大切な相手だからこそ、不義理はできない。付き合っても付き合わなくても、私たちの関係は今まで通りとはいかないはずだ。それならせめて、誠実な方を選びたい。
申し訳なさでつい目を逸らしたくなる。でも啓斗をもっと傷つけるんじゃないかと思うとうかつに視線を動かせなかった。
またたきすらせずにいると、啓斗は小首を傾げた。
「思ったよりちゃんと考えてんじゃん」
意外だと言いたげな口調につい眉が寄る。私のことをなんだと思っているのか。
「当たり前でしょ。適当に答えるとか無理だよ」
真剣な思いには真剣に向き合わなければいけない。気持ちに答えられないならなおさら。
「お前なりに気ぃ使ってるんだろうけど、的外れなんだよ。利用? 上等。すればいいだろ」
自分のことを利用しろだなんて、正気の沙汰とは思えない。
「な、何言ってるの」
動揺のままに問いかけると、啓斗がにやりと口角を上げた。
「そんなの織り込み済みなんだよ。むしろ弱ってるとこにつけ込むつもりで来たんだから素直に受け入れろ」
「そんな、……」
自分の中の常識が覆されていく。そこまで言ってくれるなら、手を取ってもいいのかな?
心が揺れる。まずは付き合ってみて、徐々に好きになっていくという恋愛の仕方があるのもわかる。
啓斗とは友人期間が長かったから長所も短所も知っているし、人間性も信頼できる。元々人柄がわかるというのは安心材料だ。
啓斗ははっきりしたタイプだから、何かあったら直接言ってくれるに違いない。間違ってもフェードアウトなんてしないはず。
「友達として好きだけど、恋愛感情になるかわからないよ……?」
恋を始める正当性を探しながらも踏み切れなくて、予防線を張ってしまう。
「だから? 別に今俺のこと好きじゃなくても、前の奴に未練が残っててもいい。全部受け止めてやるよ」
その予防線を、啓斗は軽々と乗り越えてしまった。
「……いや、それは人としてダメでしょ」
こうやってごねるのは半分照れ隠しだ。こんな包容力を見せられたらうっかりときめいてしまいそうで困る。
「しつこいぞ。俺が許すって言ってるんだからそれでいいだろ」
言葉尻は強引なのに表情はやたらと優しくて、どうしたらいいかわからない。
たった今恋愛できるかわからないと言ったばかりなのに、その舌の根も乾かないうちに意識してしまっている。
「ていうか、そこが気になってるなら試してみれば?」
「試すって何を?」
「だから、俺のことを男として見られるかどうか」
確かに想像だけで拒否するよりは納得できるのかもしれない。
「そっちがいいなら……時間がかかると思うし、必ず大丈夫って保証もできないけど」
逃げ腰になりながらも了承すると、啓斗は私の頭を囲うように肘を折った。近づく顔にはわざとらしい笑みを浮かんでいる。
「朗報だ。ショートカットできる方法がある」
囁かれるなり手首の中心をそっとなぞられて、息を呑む。私よりも体温が高いその指が脈の触れる皮膚の薄い部分に優しく熱を擦り込んでくる。こんな触れ方、無理だ。友人関係を逸脱している。
この居心地の悪い距離をどうにかしたくて体をよじる。けれど腕も足も絡め取られていて叶わない。仕方がないので言葉を尽くしての説得を試みる。
「いやぁ、間違いのないようにじっくり時間をかけて判断したいかな~」
頬をひきつらせながらやんわりと主張すると、啓斗が顎先を上げた。
「は? 別れるまでは待ってやっただろ。これ以上は無理」
「お、横暴……」
「何て言われようともう待たない。お前も覚悟決めろ」
選択肢を与えられたつもりだったけれど、そうじゃなかった。
まさか、ありえない。そんなこと言ったら鼻で笑われるだけだ。
そう思うのにありえないと断定できないのは、啓斗が私を見据える目の奥にひそむ熱に気づいてしまったからだ。
直感的にそうだとわかった。とはいえ、まだ確定じゃない。
問題はこの疑惑をどう切り出すか。
からかいまじりに「私に惚れてるんでしょう?」とでも言ってしまえばいい。間違っていたとしても笑い話にできる。
何か親切にした時、「惚れた?」と言い合うことがブームだった時期もあったし、その時と同じノリでいける。
なのに急に動揺が襲ってきて、目も合わせられない。
直接好きと言われたわけでもないのに、啓斗をすっかり意識してしまっている。
「何固まってるんだ?」
「え、と……」
訝しげに問われ、舌がもつれる。しどろもどろの私を見て、啓斗がすっと目の幅を狭めた。
「その顔はわかったんだよな?」
期待をにじませた声。私の答えを今かと待っている。
「わ、私のこと、好きなの?」
からかうどころか、おそるおそる、もしかしたら聞こえなかったかもと思うくらいの小声になってしまったけれど、ちゃんと啓斗の耳には届いたらしい。
「やっと気づいたか」
心のどこかで「馬鹿じゃねーの、そんなわけあるか」と一蹴されるのではと疑っていたのに、あっさりと認められてしまった。
「えっ、本気で?」
思わず問い返すと、啓斗の目元が険を帯びる。
「本気に決まってるだろ。冗談でこんなことするか」
指摘されて今の体勢を再認識する。遅れて顔に熱が集まるのがわかった。きっと顔が赤くなっているはずだ。気づかれないうちに離れたい。
「もういいでしょ。手、離して」
「ダメに決まってるだろ。まだ返事、聞いてない」
衝撃のあまり頭から飛んでいた。告白されたのだから、当然それに対する返事は必要だ。
「俺は紗矢が好き。付き合いたい。お前は?」
ずっと友達だった。女子を取り繕う必要がない楽な存在。恋愛対象じゃなかった相手のはずなのに、好きだと言われて確かにときめいている自分がいた。
顔が熱くてたまらない。鼓動は早鐘を打っていて、啓斗の顔が見られない。でもこれを恋と断じるのは迷いがある。だってそんなにすぐに切り替えられない。
「私失恋したばかりだし、今まで友達だったし」
「俺、フラれる?」
失望の透ける自嘲めいたつぶやきにぎゅっと心臓が痛くなる。
「ちがっ、待って、考えてるから。考えてる、けど纏まらなくて」
啓斗のことは嫌いじゃない。物怖じしない率直な所とか仕事へのスタンスとか尊敬している。
仕事や元彼と付き合っている時にいろいろ相談した時は厳しいことを言われたりもしたけど、振り返れば啓斗の意見が正しかった。優柔不断で感情に流されやすい私にとっては頼りになる存在だ。
今までの友人としての信頼関係があるからこそ、適当に返事をしたくない。
受け入れるのも断るのもしっくりこないけど、一つだけ確かなのは今の私は冷静じゃないということだ。
元彼から一方的に別れを告げられたことに傷ついている。彼女のつもりだったのは私だけで、向こうからしたらどうでもいい存在だったんだって事実が悔しくて悲しくて寂しくてやるせない。
気持ちが離れてしまったのは自分に魅力がないからだって、あの時こうしていればもしかして……と後悔ばかり。自尊心が地の底まで落ちてしまっていた。
そんな中、好きだと告げられて、こんな自分でも好きになってくれる人がいるんだと救われるような思いがした。女は愛するよりも愛された方が幸せ。どこかで聞いた格言が頭をよぎる。
啓斗は素の私を知っている。ダメな所も可愛げがない所も全部わかってそれでも付き合いたいと言ってくれた。心変わりの可能性は低いはずだ。啓斗とならうまくいくかもしれないと期待する自分もいる。
幸せになりたい。愛されたい。胸にぽっかりと空いた隙間を埋めてほしい。
切望しながら、乾いた唇を開く。
「気持ちは嬉しい。でもやっぱり今は誰かと付き合うって考えられないよ。私まだ元彼を引きずってるし、啓斗のこと利用したくないから」
口に出して迷いが消えた。
大切な相手だからこそ、不義理はできない。付き合っても付き合わなくても、私たちの関係は今まで通りとはいかないはずだ。それならせめて、誠実な方を選びたい。
申し訳なさでつい目を逸らしたくなる。でも啓斗をもっと傷つけるんじゃないかと思うとうかつに視線を動かせなかった。
またたきすらせずにいると、啓斗は小首を傾げた。
「思ったよりちゃんと考えてんじゃん」
意外だと言いたげな口調につい眉が寄る。私のことをなんだと思っているのか。
「当たり前でしょ。適当に答えるとか無理だよ」
真剣な思いには真剣に向き合わなければいけない。気持ちに答えられないならなおさら。
「お前なりに気ぃ使ってるんだろうけど、的外れなんだよ。利用? 上等。すればいいだろ」
自分のことを利用しろだなんて、正気の沙汰とは思えない。
「な、何言ってるの」
動揺のままに問いかけると、啓斗がにやりと口角を上げた。
「そんなの織り込み済みなんだよ。むしろ弱ってるとこにつけ込むつもりで来たんだから素直に受け入れろ」
「そんな、……」
自分の中の常識が覆されていく。そこまで言ってくれるなら、手を取ってもいいのかな?
心が揺れる。まずは付き合ってみて、徐々に好きになっていくという恋愛の仕方があるのもわかる。
啓斗とは友人期間が長かったから長所も短所も知っているし、人間性も信頼できる。元々人柄がわかるというのは安心材料だ。
啓斗ははっきりしたタイプだから、何かあったら直接言ってくれるに違いない。間違ってもフェードアウトなんてしないはず。
「友達として好きだけど、恋愛感情になるかわからないよ……?」
恋を始める正当性を探しながらも踏み切れなくて、予防線を張ってしまう。
「だから? 別に今俺のこと好きじゃなくても、前の奴に未練が残っててもいい。全部受け止めてやるよ」
その予防線を、啓斗は軽々と乗り越えてしまった。
「……いや、それは人としてダメでしょ」
こうやってごねるのは半分照れ隠しだ。こんな包容力を見せられたらうっかりときめいてしまいそうで困る。
「しつこいぞ。俺が許すって言ってるんだからそれでいいだろ」
言葉尻は強引なのに表情はやたらと優しくて、どうしたらいいかわからない。
たった今恋愛できるかわからないと言ったばかりなのに、その舌の根も乾かないうちに意識してしまっている。
「ていうか、そこが気になってるなら試してみれば?」
「試すって何を?」
「だから、俺のことを男として見られるかどうか」
確かに想像だけで拒否するよりは納得できるのかもしれない。
「そっちがいいなら……時間がかかると思うし、必ず大丈夫って保証もできないけど」
逃げ腰になりながらも了承すると、啓斗は私の頭を囲うように肘を折った。近づく顔にはわざとらしい笑みを浮かんでいる。
「朗報だ。ショートカットできる方法がある」
囁かれるなり手首の中心をそっとなぞられて、息を呑む。私よりも体温が高いその指が脈の触れる皮膚の薄い部分に優しく熱を擦り込んでくる。こんな触れ方、無理だ。友人関係を逸脱している。
この居心地の悪い距離をどうにかしたくて体をよじる。けれど腕も足も絡め取られていて叶わない。仕方がないので言葉を尽くしての説得を試みる。
「いやぁ、間違いのないようにじっくり時間をかけて判断したいかな~」
頬をひきつらせながらやんわりと主張すると、啓斗が顎先を上げた。
「は? 別れるまでは待ってやっただろ。これ以上は無理」
「お、横暴……」
「何て言われようともう待たない。お前も覚悟決めろ」
選択肢を与えられたつもりだったけれど、そうじゃなかった。
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