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 「ふぅん。それだけ?」

 「それだけって何が?」

 「千織ちゃんの罪状は、それだけ?」

 そう言いながら、亮君はジーパンのポケットから封筒を取り出した。

 その封筒を私に差し出してくる。
 なんだろうかと思い受け取った封筒を開けると、2万円が入っていた。

 「そのお金、ホテルの部屋に置いてあったんだよね。もしかして俺、悪い大人にそのお金で買われちゃったのかなってショックだった。そういうのなんて言うんだろう。児童買春じゃなかった?学校の先生が児童買春したらまずいんじゃない?」

 亮君は、にっこり笑っている。
 私はその笑顔に戦慄を覚えた。

 あの可愛くて天真爛漫な、宇宙大好きの天使はどこに行ってしまったのか。
 今の亮君からは悪魔の尻尾が見える。

 私は大慌てで否定した。

 「違う。そのお金は、ホテル代。あの時、どこにいるのかすら分からなくて。でもどこかのホテルだと思ったから、宿泊代を置いてきたの。あとで聞いたらエリが部屋取ってくれてたみたいだから、お金いらなかったんだね」

 あくまでも、そのお金はホテル代であって、そこで行われた行為に対する対価ではないということを必死に強調した。

 「もし俺が警察に行って、あの日あったこと話して、朝起きたらお金があったって言ったら警察の人達どう思うかな?」

 亮君は微笑んだ。
 ヒエッ。私の背筋は凍り付いた。

 客観的に見たら、私、相当まずい。
 相当まずい立場だ。

 もしそういう記事を読んだら、絶対教師のほうを悪く思うだろう。

 一体どうしたらいいのだろうか。
 途方に暮れてしまう。

 あの時気づいてホテル代を置いてきた自分、よくやった!と思ったけれど、今すぐ時間を巻き戻したい。
 今すぐあの日に戻って、お金を回収したい。

 児童買春の罪まで加わってしまうのだろうか。
 裁判になったら、私は相当な痴女だと思われるんじゃないだろうか。

 つい1週間前まで処女だったのに、客観的に見たら男に飢えた獣じゃないか。
 まぁ、男に飢えてたのは当たってるから、完全に間違いとは言い切れないのが悔しいけど。

 きっとこういうのを、絶体絶命のピンチというのだ。

 すべての鍵は亮君が握っている。
 悪魔のようになってしまった亮君にお願いして黙っていてもらうしか方法はない。

 幸い、他の人にはバレていない。
 どうにかして、亮君を黙らせなければならない。

 私は必死に、どうやって亮君を説得するか考えていたけれど、誠実にお願いする以外に方法が思い浮かばなかった。

 どうしようどうしようとオロオロしてしまう。
 このままでは、私は淫行教師の烙印を押され逮捕されてしまうだろう。

 25年間、真面目に地味に生きてきたつもりが、気が付いたら犯罪者になっていた。
 両親に、どんなにひどいショックを与えることになるだろうかと想像するだけで胸が痛む。

 そして私は公開法廷で裁かれ、私の記事が面白おかしくネットニュースになるのかもしれない。
 ネット上に私の卒業アルバムの写真が拡散されて、「チェンジ」とコメントが付いているところまで想像できた。

 『淫行教師』『児童買春』というワードが頭の中をリフレインしている。

 私の足元にどこまでも続く暗闇が突然現れて、私を引き込もうとしている。
 そんな幻覚が見えてしまうくらい、打つ手がない私は、呆然としてしまっていた。
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