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37 婚約パーティー

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 その日、サミュエル・ファオネア辺境伯の居城で、盛大な婚約パーティーが開かれた。

「ファオネア辺境伯は、今日を心待ちにしていたみたいね」

「ああ、その感激が胃にもきたようだな。彼は控室で待機するアランに任せてきたが、ティナの渡した胃薬を飲んでいたし、もう少しすれば治まるだろう」

 そんな事情もあり、ミスティナとレイナルトはファオネア辺境伯の代わりに、招待客を出迎えている。

「まさかティナさんとレイさんが、色素を変えて変装した王女と皇太子だったなんて!」

 来場してきた老婦人が笑顔で声をかけてくる。
 彼女は解毒薬を作るためにファオネア領を訪れた日、オレンジを運ぶのを手伝った領民だった。

「でも嬉しい驚きよ! おふたりとも、今日はおめでとうございます。……あら、領主様はいらっしゃらないのかしら? 彼にもお祝いの挨拶をしようと思ったのだけれど」

「ファオネア辺境伯は胃……色々な準備を整えています。婚約のお披露目までには戻りますので、それまでゆっくりとおくつろぎください」

 ふたりは招待客に謝意を伝え、婚約のお披露目は終盤に行われると告げる。
 それまでは庭園や遊技場や美術室など、城の大部分を解放して食事や演奏、ダンスも楽しめるようになっていた。

 ようやく挨拶が途切れる。
 ミスティナはレイナルトが瞬きもせず、じっと見つめてくることに気づいた。

「どこか変かしら?」

「いいや。ティナ見惚れていた」

 ミスティナはリンや辺境伯の侍女たちによって、美しく着飾られている。
 黒真珠のように艶めくドレスは、レイナルトから贈られたもののひとつだ。

「俺の婚約者はなにを着てもきれいだな」

「私もこのドレス、レイの黒髪みたいだと思ってきれいだと思っていたの。汚れても目立ちにくいし」

「汚すつもりか?」

「ふふ、気をつけないと」

 ミスティナはレイナルトにだけ聞こえるように囁く。

「話したでしょう? 今日は、予定外のことが起こる予定なのよ」

 親友のフレデリカからの返書では、彼女の両親であるヴィートン公爵夫妻と妹のクルーラも勝手についてくる手はずとなっている。

(ヴィートン公爵が帝国に来ていれば、ローレット王国の民を人質にとられることもないわ)

 彼らは気づいていないのだろう。
 ローレット王国を私物化していたため、今までは横暴に振る舞えていただけだ。
 グレネイス帝国にいるのなら、身勝手な真似は通じない。

「お姉様!」

 花々で飾られたホールの入り口から、ひとりの令嬢が侍女を伴っている。
 フレデリカはふんわりとした広がりのあるドレスをひるがえして向かってくると、ミスティナと抱擁を交わした。
 重なり合った二人のドレスは、黒真珠と真珠のように共通したデザインで仕立てられている。

「フレデリカ、よく来てくれたわね。エイミーも」

 ミスティナは王宮で不遇を受けたときとは違い、着飾った彼女は本来の美しさを取り戻している。
 その姿を前に、フレデリカも侍女もうっとりと頬を染めて笑った。

「お姉様、お手紙ありがとう。何回も何回も読んだけれど、まさか婚約なんて……。今も信じられないわ」

「でも返書もすぐくれたし、楽しみにしてくれていたのよね?」

「もちろん!」

 ミスティナはレイナルトにフレデリカを紹介する。
 そして今日の婚約パーティーと目的について、手短に確認しあった。

「お姉様、本当にそんなことするつもりなの?」

「するわよ」

「でもうまくいくかしら。もし失敗したら……」

「失敗しても、うまくいくようにしてあるわ」

「えっ!?」

「だから大丈夫よ!」

 ミスティナは笑顔で言い切る。
 フレデリカも緊張がほぐれたのか、いつもと変わらない様子で笑った。

「ふふ。お姉様にはいつも驚かされるわ」

「驚いたのは私よ。フレデリカとアランが恋人同士だったなんて、全然知らなかったもの」

「お姉様って、本当に気づいていなかったのね。見ていればわかると思うんだけど……ねぇエイミー?」

「はい。あからさまでしたから」

「そ、そうだった……? ってレイは知らないでしょ。どうしてしみじみ頷いているの」

「ティナは以前からティナだったのか」

 レイナルトがミスティナに微笑みかけると、フレデリカと侍女は驚いたように顔を見合わせる。

「お姉様、いつにも増してきれいだと思ったけれど、どうりで……」

「そうなの。このドレス、素敵でしょう? フレデリカもそのドレス、よく似合ってるわ。ヴィートン公爵たちにはアランの存在を知られたくないから、送り主を私とレイの連名にしたけれど、実際はアランが選んだのよ」

「アランが……! 彼は本当に無事だったのね!?」

「想像より自分で確かめるのが一番よ。そろそろアランとファオネア辺境伯に挨拶に行きましょう。レイ、私はフレデリカを控室に案内してきてもいい? 急いで戻るから」

「ああ、ここは俺に任せてくれればいい。ティナは楽しんでおいで」

 レイナルトはやさしく囁くと、フレデリカと再会して嬉しそうなミスティナを快く送り出した。

「ありがとう。でも早めに戻るようにするわ」

 ミスティナはフレデリカと侍女を案内する。
 ふたりはついて行きながらも、先ほどから何度も見合わせた顔をミスティナへ向けた。

「あの、お姉様……。レイナルト様と一緒にいるせいかしら。変わったわね」

「あっ、わかる? おいしい食事がたくさん出てきて、ついおかわりしてしまうの。そのおかげもあって体調もよくなったわ」

「やっぱり変わってないかも」

 ふたりは広い城内の控室へ向かいながら、久々の再会に話を弾ませる。
 ようやく控室の近くにある通路の角を曲がったところで、前方の異変に気づいた。




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