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第4章 宮廷にて知る

小話~マクナム伯爵の恋

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「今日の最後の議題になるが」

ここはジュリアが生まれる数年前のこと。王宮の会議室では定例の騎士団長会議が行われている。

厳めしい円卓には、ずらりと名を馳せる騎士団長たちが顔を並べている。王族の警護を主にする第一騎士団。辺境の地や遠征で強豪がずらりと顔をそろえる第二騎士団、第三、第四へと続くのだが、精悍な眼差し、鍛え抜いた肉体を持つ優秀な騎士団長達を束ねるのは、リチャード・マクナム将軍。伯爵位も持つ彼は、亜麻色の髪を短く切りそろえ、鋭い眼差しを面々に向けた。

「今日は、皆、この議題を最重要課題と考えていることはわかっている」

ジロリと部下を鋭い眼光で見つめるマクナム将軍を前に、男達は、ごくっと唾を飲み込み、覚悟を決めた。

この闘いに負ける訳にはいかない。何がなんでも勝利をおさめるのだと、並みではない決意を持ち、会議に挑んだ。

「では、発言をよろしいでしょうか」

最初の闘いの火ぶたを切ったのは、アマンディーヌ伯爵、第五騎士団長だ。

「アメリア殿は我が騎士団に専属になるべきだと思います」

「いや、それはどうかと。アメリア殿のような素晴らしい薬師は、我が第3騎士団に専属なるべきかと」

そこに負け時と、第一騎士団長が口を挟む。

「お前ら、何を言う。国の精鋭を誇る第一騎士団こそが、彼女のような優秀な薬師を所有するにふさわしい」

「アメリア殿は物ではない。所有するなどとなんとおこがましい」

「黙れ。お前らは、我が騎士団ほど国には貢献しておらんだろうがっ」

「いやいや、我が第四騎士団も、アメリア殿を所望する」

「お前達は、アメリア殿が可愛いから手元に置きたいだけだろうがっ!危険な遠征に彼女を連れていかせる訳にはいかん。第二騎士団はおこがましいぞ」

「何を言う。第五騎士団のような警護するものが、アメリア殿が必要になるような怪我をするはずがないあろうがっ」

口々に己の正当性を主張する者ばかりだ。そして、その心は一つ。

宮廷薬師のアメリア・フォルティス嬢が可愛いから。

それ以外の理由は全て口実だ。

ふわふわっとした巻き毛。ぱっちりとした眼。ぱっとめ天使のような愛らしい女性に皆夢中だった。

「静かにしないかっ。お前達!」

マクナム将軍が恫喝すれば、その場は途端に水を打ったような静寂が訪れるものの、騎士団長はお互いの権利を主張し、腕組みをしたまま、にらみ合いは続いていた。

そんな静寂を打ち破るかのようにマクナム将軍が口を開いた。呆れた様子がありありと顔に浮かんでいる。

「あー、こほん。お前達、よく聞くが良い」

将軍は軽く咳払いをして、目の前にいるむさ苦しい男達をジロリと睨んだ。

「アメリア殿は、宮廷薬師として、王宮に留まることとする。彼女はどの騎士団にも所属しない。どこかの騎士団に所属すれば、当然、野戦にもかり出される。彼女のような優秀な人間は、怪我などしないような安全な場所で保護されるべきだ」

「しかしっ、それではっ!」

声を荒げたのは第三騎士団長だ。この男はアメリアに懸想しているのはわかっていた。

「お前はアメリア殿にひとかたならぬ心情を抱いているが、今後、彼女と騎士との恋愛は一切禁ずる」

周囲からどよめきの声が上がった。絶望のため息をもらし、机に突っ伏す者もいた。

「何故、それがいけないのですか?」

くって掛かってくるのは、第二騎士団の団長だ。

「一人の女性を巡って、騎士同士は争ってはならない。これは国の調和を乱す行為である。我らが忠誠を誓うのは国王陛下のみ。それ以外のものへの愛など不要だ」

「みんなわかったな。本日をもって、一切の騎士達はアメリア・フォルティス嬢へのプライベートでの接触、及び交際を禁ずる」

将軍がジロリと全員を威嚇すれば、男達は目を合わせず下を向いた。

この国の人望を一手に集めるマクナム将軍。時期国王とも言われている実力者に抗えるものは誰一人としていない。彼の命令は絶対なのだ。

それがどんなに愛らしく優しく、素晴らしい女性であったとしても、アメリア嬢のような男心をとろかすような優しさをもった女性だったとしてもだ。

リチャード・マクナム将軍は、すくっと立ち上がり、威厳のある声で円卓を囲む騎士団長に断固とした強い口調で言った。二度と、彼女を巡って騎士団内での対立が生じないように──

「 騎士はアメリア・フォルティス嬢に恋心を抱くのも、私的な会話をすることも、ましてや、デートに誘うなど、言語道断の行為であり、彼女を巡って、騎士団の中で対立してはならぬ。そのため、騎士団内での彼女との一切の交際、恋愛は禁止する」

騎士団に新たな鉄則が誕生した。

リチャード・マクナム将軍はこの騎士団の掟であり、法でもある。厳つい彼の目をかいくぐり、他の騎士立ちから抜け駆けして、アメリア嬢に近づくことすら出来なくなった、と、騎士団の誰の目にも明らかになった。

こうしてアメリア・フォルティス嬢は、騎士団の中で、手の届かぬ高嶺の花、という位置づけがますます強固になり、男どもは、どんなに彼女が好きでもプライベートでは一切係わりをもってはならないことになった。

この通達を受け、夜な夜な涙する騎士達が後を絶たなかったとか。



そういう訳で。

アメリアは自分の膝枕の上で、微睡みがちに瞼を閉じている男の髪の中に指を差し込み、それを愛おしそうに梳いた。男は気持ち良さそうに目を閉じたまま、アメリアにされるがまま、彼女の柔らかい太ももに、そっと愛おしそうに頬を寄せた。

そんな彼の様子をみて、この人は犬のようだわ、と、アメリアは思う。誰にも負けないとっても強い私だけの犬。亜麻色の短い髪、青い瞳を持つ、最強の戦士である男に呆れたように言った。

「・・・・それで騎士団全員に私との交際を禁ずるとの命令を出したのですか?」

「まあ、そういうことだ」

したり顔で男は言う。

「これで、遠征中に君にちょっかいを出す男はいなくなったから、安心して、戦に向うことができるぞ」

笑うと彼の青い瞳の横に皺が出来る。ちょっと可愛いなとアメリアはいつも思う。

「まあ。策士ですのね?」

アメリアがくすりと笑うと、口元にえくぼが出来る。この笑顔はリチャードのお気に入りだ。こういう笑顔を他の男達に向けることがあると思えば、少し面白くない。

「これで、君を煩わせるバカ者どもは蹴散らしたぞ」

リチャードは誇らしげに、アメリアの膝の上から身を起こして、彼女を抱きかかえ、椅子の上へと座った。そっと彼女の頬に口付けすれば、彼女は恥ずかしげに、はにかむように微笑んだ。それが楽しくて、もっともっと、と彼女を固く抱きしめる。

「貴方が遠征中に他の女性が貴方に言い寄るのはどうしたらいいかしら?」

リチャードの胸の中でアメリアは困ったように口を開いた。その言葉の少し拗ねたようなニュアンスがあり、リチャードはその音色を気持ちよく聞いていた。

「君以外の女性など目にもはいらないさ」

「まあ、本当に?」

頬を染め潤んだ瞳で自分を見つめるアメリアを見て、リチャードも軽く笑った。

「君だけを、生涯君だけを愛すると誓ったのだ。私の心は変わらない」

「私・・・・幸せだわ」

「私もだ・・・・騎士団の連中は私と君が交際していることなど全く知らないからな」

ふふ、とマクナムは口元に黒い含み笑いを浮かべて言った。

「自分の恋人・・に手を出させない方法としては、とても有効だろう?」

「もう・・・本当に、貴方は戦略家なのね?」

呆れたように言う彼女の手をとり、リチャードはその手の甲に唇で触れた。

マクナム将軍が高笑いしていることなど、騎士団の連中は、思いつくことすら適わないだろう。



「くそっ、なんだって、アメリア嬢との交際禁止令が出たっていうんです?」

ここは第二騎士団の行きつけの酒場だ。今日の一番の、いや、今年一番の重要な会議の結果を受けて、男達は悔し涙を浮かべていた。

「彼女を巡って騎士団内で対立が起きてはいけないそうだ。マクナム様の命令なのだ。仕方がない」

長身で鳶色の瞳をもつ第二騎士団長が悔しそうに部下に伝えた。この人は、その後、マクナム将軍の後を継ぎ、この国を担うことになる人だったのだが。

「そりゃ、他の騎士団の連中も彼女を狙っていたのはわかりますよ。だからといって、けが人が一番多発する我が騎士団から彼女を奪わなくてもいいじゃないですかっ!」

血気盛んな赤毛の男が許せないとばかりにエールを飲み干した。

「リチャード様の命令は絶対だよな・・・」

アメリア嬢を想い、ションボリと肩を落とし、途方に暮れる騎士がいれば、

「こうなったらやけ酒だ!」

「おおっ。俺たちの唯一の希望が失われたのだ。飲まずにいられるかっ」

やるせない怒りのせいで鬱憤を晴らすべく、ジョッキのエールを飲み干す者。

「くっ。アメリアさん・・・・」

「俺も・・・アメリアさんの事が好きだったのに・・・」

告白する前に失恋確定してやるせなく同僚の肩を借りて、涙にくれる男もいた。

「でもな・・・」

しみじみとした口調で第二騎士団の団長が話し始めた。

「マクナム様は公正中立な高貴なお方。彼がそのように言うのであれば、それは、本当に騎士団のことを思ってのことだと思う」

そんな団長の気持ちを汲んだ第二騎士団の面々もしんみりとした顔で語り合っていた。

「・・・そうだよな。マクナム様は我らと違い大局を見失わないお方。彼には彼なりの深い思慮があってのことに違いない」

「ああ、俺も。マクナム様がそう仰るのなら・・・な」

悔し涙に暮れる男達も、それが、あのマクナム様の命ならば、とぐっと気持ちを飲み込んだのは紛れもない事実であったのだが、翌朝は、二日酔いで、全く役に立たなかったものが続発したとかしないとか。

ジュリアが生まれる数年前のとある日の出来事でした。






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