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王太子の婚約者と王家の影 ※ジェラルド視点

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 ────あの日、出会ってしまった少女をなぜここまで守りたいと切望したのかはわからない。しかし、目の前の書類の山が、彼女を何としても守りたいという私の気持ちを代弁している。

「……ステラ・キラリス伯爵家令嬢につける王家の影か?」

 当時、騎士団長に昇進したばかりのバルトが、俺の肩に気安く手を置いて極秘の指示書をのぞき込んだ。
 もちろん、王家の影については全てが秘匿されているが、騎士団長が相手というなら話は別だ。
 騎士団長と、王国軍の最高司令官は、いつだって情報をやりとりしながら、ともに戦う仲間でもある。

「……お前の護衛をしているレザンをつけるのか? 王家の影の中でも精鋭中の、精鋭じゃないか。彼女に何かあるのか?」
「ステラ嬢は、精霊に愛される加護を持つが、自身は普通の令嬢で、身を守るすべを持たない。彼女が害されれば、ルルードの怒りは王国全土を巻き込む。……精鋭をつけるのは、当然だろう」
「……レザンであれば、お前の命令は絶対だろうな。しかし、お前の身辺の警護が手薄にならないか? そこまでして、なぜ」
「何が言いたい、バルト」

 赤毛の癖毛を揺らすバルトは、王立学園からの腐れ縁だ。
 当時、この王国で現在一番力が強い精霊ルルードを呼び出した俺に、当初は何かと突っかかってきた。
 もちろん、相手にする気はなかったのだが、しかし彼はしつこかった。

「はあ、毎日のように決闘を挑んでくるものだから、否が応でも剣が上達してしまった」
「ん? なんの話だ……?」
「いや、何でもない。ステラ嬢には、レザンをつける。これは決定事項だ」
「そうか……。珍しいな、お前が誰かに興味を示すなんて」
「……興味?」

 誰かに興味を示す、その言葉を聞いたとたん、浮かんでしまったのはステラの笑顔と泣き顔だった。
 妹どころか、娘でもおかしくない彼女のことを、精霊ルルードはいたく気に入っている。
 だが、どんな言い訳をしようと、レザンを自分の護衛任務から外してまで、ステラにつける理由はそれだけではないだろう。

「……興味がないと言えば、嘘になる」
「そうか。だが、彼女は王太子殿下の婚約者で、国母になるお方だ」
「お前な……。そういう話が好きなことは理解しているが、彼女と俺は」
「──人を愛することに、年齢や身分、ついでに性別なんて小さな話だと思わないか?」

 少しだけ羨望を交えた視線をバルトに送ってしまった。
 騎士団長としては、誰よりも職務に忠実で、厳しいバルトだが、その仮面を外した彼は、自由で陽気だ。
 私の肩に乗せられていた手が離れる。
 まっすぐなその視線から、私は目を逸らした。

「……私は、そうは思わない。年齢にしろ、身分にしろ、性別にしろ、乗り越えられない壁というのはあるものだ」
「あいかわらず真面目だな。……つまらん」
「はあ。ステラ嬢に関しては、まだ十にもならないお嬢さんだ。馬鹿なこと言ってないで仕事に戻れ」

 それでも、自分の身辺の警護が薄くなることを理解しながら、レザンを外してステラにつく王家の影に任命した俺は、すでに彼女を誰よりも大事に思っていたに違いない。

 実際、いつでも背中を任せて戦うことに慣れてしまっていた私は、後日、戦いで不覚にも傷を負い、そのことに気がついたステラが、泣きながらお守りを手渡してくるのだが……。それは、また別の話だ。

 ***

 レザンが、ステラの護衛として働くことになってから、数週間が経過した。
 王太子フェンディルは、明らかにステラを疎んでいる。
 確かに、ステラは何をさせても優秀で、いつも自分が最も優先されている彼にとって、比べられることが耐えられないのだろう。
 しかし、子どもの我が儘だ。王としての教育が進めば、そのうちフェンディルも理解するだろう。

 そう思っていたのだが、夜会で遠目に見るステラは、幼稚な嫌がらせを受けるようになっていた。

「またか……」

 その瞳の色に合わせたのだろう。緑色の装飾が美しいドレスに、真っ赤なワインがかけられる。
 彼女と年が近い女性の王族は第三王女殿下だけだが、ステラは背が低く、ドレスのサイズが合わない。
 王宮内ですぐに着替えを用立てるのは難しく、恥をかくことになるだろう……。

 しかし、面白おかしく、今日のことを一部の令嬢が計画していたという話は、私の耳に届いている。準備していないはずがない。

「────レザン、あれを」
「は、お任せください」

 彼女を監視し、護衛しているレザンであれば、ワインがかかるのを防ぐなど容易だっただろう。
 だから、これは、彼女に何かを贈りたい私の我が儘だったのかもしれない。

「いや、実際に行動に移した者と、周囲で嘲るような視線を向けていた者は、しっかり確認させてもらった……」

 すぐに、レザンから指示を受けた王宮の侍女に扮した王家の影が、彼女を連れて会場を出て行く。
 戻ってきた彼女が纏っていたドレスは、最高級の宝石がふんだんに使われ、有名デザイナーが手がけた物だ。気の毒そうに、あるいは面白がってステラを見ていた貴族たちの目の色が変わる。

「想像通り、よく似合うな……」

 満足した私は、いつもであればほとんど飲まないシャンパンを一息にあおったのだった。
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