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勘違いとお仕事中の旦那様 1

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 ***

「……レザン様」
「俺はすでに、王家の影を抜けました。奥様にお仕えする立場です。……どうか、レザンと」

 確かに、このラーベル公爵家に所属することになったのなら一理あるのだろう。
 けれど、なぜかわからないのに、少しばかり不機嫌なジェラルド様の顔が脳裏に浮かぶ。

「……では、レザン卿と呼びますね」
「卿? しかし俺は」

 王家の影は、汚れ仕事もいとわない。
 だから、侮蔑の視線を彼らに向ける人たちもいる。でも、王国の平和が、彼らによって守られているのは、事実なのだ。

 それに、レザン卿が着ているのは、ラーベル公爵家の騎士の制服だ。
 今まで助けてくれたレザン卿に、日の当たる場所で生きてほしい。
 たぶん、それがジェラルド様のお考えで、そして答えなのだろう。

「あなたは、今日から私の護衛騎士ということよね? だから、レザン卿と呼ばせてほしいの」
「ステラ様。……いいえ奥様」
「……奥様、というのも慣れないわね……。でも、そうね。呼び名は大事だから、これから先は奥様と呼んでほしいわ」
「かしこまりました……」

 そもそも、私とジェラルド様は、夫婦になったとはいっても、まだまだ距離が遠いのだ。
 せめて、呼び名だけでもそれらしくすれば、少しは距離が近づくかもしれない。
 そもそも、恥ずかしさのあまり崩れ落ちたせいで、ジェラルド様の仕事のお見送りができなかった。

 ……妻失格なのではないだろうか。

 そんなことを思いつつ、先ほどの会話を思い起こす。そう、軍部の重要な会議があるから、遅くなる、とジェラルド様は言っていた。

「軍部の重要な会議って……」

 先日の戦いは、我が国の圧勝で、隣国とは和平が結ばれた。
 だから、現在緊急で会議をしなければいけないほどの、重要案件なんてないはずだ。

「……そう、例えば軍法会議でもない限り」

 その瞬間、今回の会議の議題に思い当たってしまう。軍法会議にかけられる可能性がある人を私は一人知っている。

「っ、ね、ねえ! レザン卿、今日の会議って、まさか!」
「……俺の口からは何とも」
「っ、ど、どうしましょう!」

 だって、ジェラルド様は、私を助け出すために前線から舞い戻ってきてしまったのだ。
 すでに、片はつけてあると言っていたけれど、そんな簡単なはずがない。

「ねえ、レザン卿! 私にできることはないかしら!?」

 次の瞬間、予想外のことが起こった。
 レザン卿が、なぜか微笑んだのだ。
 いつも無表情だから、気が付きにくかったけれど、レザン卿はとても美しい顔をしている。

 アメジスト色の瞳に釘付けになる。
 初めて見たレザン卿の笑顔は、あまりに破壊力が強く、耐性のないご令嬢たちが次々倒れてしまいそうだ。

「笑顔……」
「王家の影でないのなら、もう奥様の前で感情を隠す必要は、ないですから」
「えっ、あの!」
「楽しくなりそうです」

 片手で顔を隠し、その手がどけられれば、そこにいたのはいつもの無表情なレザン卿だ。
 先ほど見たのは、幻だったのだろうか。

「さあ、行きましょうか」
「えっと、どこに」

 聞きながら、もしかすると、という予感が拭えない。だって、この話の流れで、向かう場所なんて一つしかない。

「ずっと、ジェラルド殿下のご命令を受けながら、納得いかなかったのです」
「何が……」
「だってそうでしょう? 邪魔者が行く手を阻むなら、奥様のためにも、もっと早く俺を利用するべきだったんです。奥様なら、俺の力を活用してくださいますよね?」
「……えっ?」

 グイッと手が引かれる。
 すると、目と鼻の先に、水をまとった白い豹がいた。間違いない、水の精霊ウィランドラだ。

「ほら、ウィランドラも力になりたいと言っています」
『ガゥ!』
「……はじめまして、ウィランドラ」
『ガウガウ!!』

 レザン卿は、王国でも数少ない、高位精霊との契約者だ。目の前に現れた豹、水の精霊ウィランドラは、私に甘えるようにすり寄った。

「さあ、命じてください」
「……レザン卿、私、ジェラルド様を守りたいんです」
「たとえ、守らなくても、我が主は強いですよ?」
「それでも私は、ジェラルド様の全てを守りたい」
「……奥様は男前ですね」

 手を引かれて、部屋を出た私たち。
 そこには、柔和な笑顔の執事長ドルアス様がいた。

「……ドルアス様」
「じいでございますよ? 奥様」
「じい……」

 けれど、そんなに簡単にお屋敷から出ることは許されないのだった。

 
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