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白い結婚が成立するはずの日 2

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 マークナル殿下がそっと私の手を引いた。

「……君は王家にとって重要な意味を持つ」
「マークナル殿下」

 そして耳元に近づいた唇とささやき声。

「でも、それとは別に君のことをとても好ましく思っていた」
「……マークナル殿下」
「そんな顔しないでくれ……フリーディル夫人」

 そのまま、エスコートされるようにウェルズ様のそばまで歩み、差し出された手に手を重ねた。

「後日、もう一度あの場所へ行ってほしい」
「……王家の地下牢ですか」
「ああ、戦後の報告を見ればわかる。長きにわたる戦いでどれだけ国が疲弊し、国民が苦しんでいたのか……。陛下の選択はある意味正しかったのだろう」
「……マークナル殿下」
「だが、あの場所に入れる力を受け継いだ者として役割を果たさなければならない」

 あの場所にいた白い狼の姿が浮かぶ。
 地下牢という名にはそぐわない、不思議なあの場所で寂しげだった狼が待っている気がする。

「カティリアは精霊の姿を見たか?」
「……白い狼を見ました」
「そうか、伝承と一緒だな」

 しばらく考えるそぶりを見せていたマークナル殿下は、気が付いたように小さな箱を私に差し出した。

「これは?」
「開けてみるといい」

 小さな箱にはカフスボタンと小さなブローチが入っていた。
 驚いていると、マークナル殿下は私にもう一度近づき、いつもつけているブローチを外した。
 代わりに美しい金の装飾に青い石のブローチがつけられる。

「……これは君には必要ない」
「でも」
「この青いブローチはそのカフスボタンと繋がっている。ウェルズなら、たとえ国外だろうと君の元に駆けつけられるだろう」

 毒針が仕込まれたブローチを取り上げられてしまい困惑する。
 身を守るためでなく貞操を守るためのブローチは、マークナル殿下の生み出した紫色の炎で消えた。

 私はウェルズ様を守ることができないのに、一方的に守られることがつらい。
 けれど、精霊のいるあの場所で目覚めたときの悲壮な表情が目に浮かぶ。

「ありがとうございます」

 ほんの少し複雑な心境で感謝の言葉を述べると、ウェルズ様が一歩前に歩んで騎士としての完璧な礼をしたり

「マークナル殿下から下賜されたこの品、生涯身につけると誓います」
「うん、そういう言動は良いから……。君がときどきそういう発言をするせいで、王宮内の女官たちにあらぬ噂が立っているんだからね?」
「……あらぬ噂?」
「君は鈍感だからなぁ……」

 ウェルズ様はまったくわかっていないけれど、実は私は聞いたことがあった。
 学友として長きにわたりマークナル殿下に仕えるウェルズ様。マークナル殿下は公の場にほとんど姿を現さない。それもあって、見目麗しく距離が近い二人の姿を遠目に見た日は女官たちはとても盛り上がっていたものだ。

「ところでカティリア、例の件は考えてくれたかな?」
「……アイリス殿下の教育係についてですか? でも、私は」
「もちろん、フィラスも一緒だ」

 実は、目覚めてから数日後、王家からアイリス殿下の教育係になってほしいと打診があった。
 もちろん、秘書官を続けながらであり、社交界に疎い私には荷が重いとお断りしたのだけれど……。

「フィラス様が?」
「彼女はウィリアムズ伯爵家の生まれだ。かつては礼儀作法も完璧で社交界の中心にいた。しかし五年前、騎士になりたいと家を飛び出したんだ。しかし最近、ウィリアムズ伯爵がようやく彼女を認めたそうだ」
「そうなのですね……」
「信頼できて、かつアイリスの瞳に惑わされないとなるとかぎられていてね」

 フィラス様も一緒なら安心かもしれない。
 何よりも、アイリス殿下のそばにいられる人間は限定されるという言葉に心動かされる。

「カティリア、お願い!」
「……アイリス殿下」

 そっと頭を撫でるとアイリス殿下は目を細めた。
 アイリス殿下はまだ幼く、魅了の力をコントロールできない。
 だから、彼女が力をコントロールできる日までそばにいたいと思う。

 チラリと視線を向けるとウェルズ様は「君の好きにすれば良い」と言った。
 私がうなずくとアイリス殿下が腕の中に飛びこんでくる。

「うれしい!!」

 しばらく私たちは抱きあっていた。
 マークナル殿下が、アイリス殿下を抱き上げる。

「さあ、結婚式の後にいつまでも引き留めては申し訳ないだろう?」
「そうね……またね、カティリア」

 私たちは二人に挨拶をして退室する。
 王城の外に出て馬車に乗り込むなり、ウェルズ様に抱きしめられた。

「やっと君を独り占めできる」
「……ウェルズ様」
「美しい君に周囲が注目するものだから気が気じゃなかった」
「ふふ、それは私の台詞です」

 本当に騎士の正装に身を包んだウェルズ様は凜々しく格好いい。こんなにも着飾っても私なんて霞んでしまいそうだ。

 もちろん、王城からフリーディル侯爵邸まではすぐついてしまうだろう。

「愛している、カティリア」
「私もです、ウェルズ様」

 けれど短い時間、私とウェルズ様は甘い口づけを交わしたのだった。
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