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第37話
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「あんたの元で腕を振るう? いったい、なんの話をしているんだ?」
彼の言っている言葉がにわかには理解できず、俺は思わず聞き返してしまう。
そんな俺の様子を見て笑みを深めたノイマンは、落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。
「そのままの意味でございます。アキラさんの腕を、我が商会の代表は大いに評価しているのです。その腕をぜひとも、イグリッサ商会にお貸しいただけませんか?」
「それは、この工房を止めてあんたらの商会に転職しろってことか?」
「はい、その通りです。失礼ながらこの工房では、あなたの腕は腐るばかり。我が商会ならば常に万全なサポートをお約束できますよ」
工房を一通り見渡したノイマンは、そう言いながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「どうですか? アキラさんさえ頷いていただければ、こちらはいつでもあなたを受け入れる準備は整っております。給与もここの倍、いや三倍はお渡しできるでしょう」
「突然そんなことを言われても困るよ。リーリアには俺を拾ってくれた恩もあるし、ここを辞めるつもりはないから。悪いけど、スカウトなら他を当たってくれ」
そもそもいきなり訪ねてきてそんなことを言ってくる奴を、そのまま信用することなどできない。
素っ気なく返事をすると、ノイマンはほんの少し眉をひそめる。
「恩、ですか……。そのような曖昧なものでこの提案を蹴るなんて、きっと後悔しますよ」
「あんたの言う曖昧なものを大切にしないと、俺は絶対に後悔する自信があるからな。こればっかりは、いくら金を積まれても妥協することはできない」
もしも恩を仇で返すようなことをしてしまえば、それは俺を裏切った親友と同じ行為に違いない。
そうすればリーリアは悲しむだろうし、俺だって自分を信じられなくなってしまう。
だからこれは、絶対に譲れない俺のポリシーだ。
「そういうわけだから、残念だけど俺の勧誘は諦めてくれ」
「そう、ですか……。それは非常に残念です」
もはや脈なしと判断したのだろう。
そう言いながら大人しく引き下がったノイマンは、相変わらず張り付けたような笑顔を浮かべながら俺を見つめる。
「では、交渉も決裂したということで私はこのあたりで失礼します。今後の人生、どうぞ後悔なさらないように」
それだけ言い残してノイマンはさっさと工房を後にして、一人残された俺は盛大にため息を吐いた。
「はぁ……。なんだったんだ、いったい?」
とてもスカウトに来ただけとは思えない、まるで値踏みするような圧を感じた。
ひとつだけ言えるのは、ノイマンはただのスカウトマンなんかではないということだ。
もっと油断ならない存在であるのは確かだし、あの様子ではこれで引き下がるような簡単な男ではないはずだ。
「ともかく、注意しておかないとな。俺だけならともかく、リーリアに危険が及ぶような事態は避けなくちゃ」
そんな風に気持ちを新たにしていると、不意に背後から視線を感じた。
そちらに視線を向ければ工房の奥からリーリアが俺を覗いていて、目が合うと照れくさそうに顔を赤らめる。
「どうしたんだ? そんな所に居ないで、こっちに来ればいいのに」
「えっと、はい……」
なぜだか恥ずかしそうに俯いて俺の隣までやって来たリーリアは、そのままちょこんと椅子に座る。
なにか言いたそうにもじもじと身体を揺らす彼女の落ち着かない様子に、俺は首を傾げた。
「いったいどうしたんだ? さっきから様子がおかしいみたいだけど」
「いえ、別に……。なんでもないですよ!」
口ではそう言っているけど、どう考えてもなんでもないわけがない。
いったい彼女になにがあったのか思考を巡らせていると、俺はある可能性に行き当たった。
「もしかして、さっきの会話を聞いていたのか?」
その質問にビクッと身体を震わせたリーリアは、無言で俺から視線をそらす。
「やっぱり、聞いていたんだな。はぁ……、恥ずかしい」
居ないと思っていたからけっこう恥ずかしいセリフも言ってしまった気がするし、それを聞かれていたとなると俺だって顔が熱くなってくる。
「すいません。聞くつもりはなかったんですけど、つい聞こえてきてしまって……」
申し訳なさそうに謝られては、これ以上なにかを言うわけにはいかない。
「いや、大丈夫だよ。ともかく、ノイマンに行ったことは俺の本音だから。リーリアに追い出されない限り、俺はずっと君のそばで働かせてもらうよ」
聞かれて困るわけでもないし、こうなったら開き直るしかない。
そう思ってした発言で、リーリアの顔はさらに赤みが増してしまった。
「そんなに照れないでくれよ。そんな反応されたら、俺も恥ずかしくなっちゃうから」
「でも、だって……。今の言葉って、まるで告白みたいだったから……」
リーリアにしては珍しくもごもごと小さな声でしゃべられると、俺には聞き取ることができなかった。
「え? なんて言ったの? よく聞き取れなかったんだけど」
「なっ、なんでもありません! これからもよろしくお願いしますって言ったんです!」
「ああ、そうなんだ。……うん、俺の方こそよろしく」
絶対にそんなことは言っていなかったはずだけど、リーリアが誤魔化しているのだからあまり聞かれたくはない言葉だったのだろう。
だったら、これ以上深く聞かないのが優しさというものだ。
「そういえば、ノエラに納品する分の剣の最終確認が終わったよ。これでいつでも納品に行けるけど、どうする?」
「わぁ、ありがとうございます。納品の期限まではまだ時間がありますけど、早いに越したことはないですし今からでも向かいましょうか」
彼の言っている言葉がにわかには理解できず、俺は思わず聞き返してしまう。
そんな俺の様子を見て笑みを深めたノイマンは、落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。
「そのままの意味でございます。アキラさんの腕を、我が商会の代表は大いに評価しているのです。その腕をぜひとも、イグリッサ商会にお貸しいただけませんか?」
「それは、この工房を止めてあんたらの商会に転職しろってことか?」
「はい、その通りです。失礼ながらこの工房では、あなたの腕は腐るばかり。我が商会ならば常に万全なサポートをお約束できますよ」
工房を一通り見渡したノイマンは、そう言いながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「どうですか? アキラさんさえ頷いていただければ、こちらはいつでもあなたを受け入れる準備は整っております。給与もここの倍、いや三倍はお渡しできるでしょう」
「突然そんなことを言われても困るよ。リーリアには俺を拾ってくれた恩もあるし、ここを辞めるつもりはないから。悪いけど、スカウトなら他を当たってくれ」
そもそもいきなり訪ねてきてそんなことを言ってくる奴を、そのまま信用することなどできない。
素っ気なく返事をすると、ノイマンはほんの少し眉をひそめる。
「恩、ですか……。そのような曖昧なものでこの提案を蹴るなんて、きっと後悔しますよ」
「あんたの言う曖昧なものを大切にしないと、俺は絶対に後悔する自信があるからな。こればっかりは、いくら金を積まれても妥協することはできない」
もしも恩を仇で返すようなことをしてしまえば、それは俺を裏切った親友と同じ行為に違いない。
そうすればリーリアは悲しむだろうし、俺だって自分を信じられなくなってしまう。
だからこれは、絶対に譲れない俺のポリシーだ。
「そういうわけだから、残念だけど俺の勧誘は諦めてくれ」
「そう、ですか……。それは非常に残念です」
もはや脈なしと判断したのだろう。
そう言いながら大人しく引き下がったノイマンは、相変わらず張り付けたような笑顔を浮かべながら俺を見つめる。
「では、交渉も決裂したということで私はこのあたりで失礼します。今後の人生、どうぞ後悔なさらないように」
それだけ言い残してノイマンはさっさと工房を後にして、一人残された俺は盛大にため息を吐いた。
「はぁ……。なんだったんだ、いったい?」
とてもスカウトに来ただけとは思えない、まるで値踏みするような圧を感じた。
ひとつだけ言えるのは、ノイマンはただのスカウトマンなんかではないということだ。
もっと油断ならない存在であるのは確かだし、あの様子ではこれで引き下がるような簡単な男ではないはずだ。
「ともかく、注意しておかないとな。俺だけならともかく、リーリアに危険が及ぶような事態は避けなくちゃ」
そんな風に気持ちを新たにしていると、不意に背後から視線を感じた。
そちらに視線を向ければ工房の奥からリーリアが俺を覗いていて、目が合うと照れくさそうに顔を赤らめる。
「どうしたんだ? そんな所に居ないで、こっちに来ればいいのに」
「えっと、はい……」
なぜだか恥ずかしそうに俯いて俺の隣までやって来たリーリアは、そのままちょこんと椅子に座る。
なにか言いたそうにもじもじと身体を揺らす彼女の落ち着かない様子に、俺は首を傾げた。
「いったいどうしたんだ? さっきから様子がおかしいみたいだけど」
「いえ、別に……。なんでもないですよ!」
口ではそう言っているけど、どう考えてもなんでもないわけがない。
いったい彼女になにがあったのか思考を巡らせていると、俺はある可能性に行き当たった。
「もしかして、さっきの会話を聞いていたのか?」
その質問にビクッと身体を震わせたリーリアは、無言で俺から視線をそらす。
「やっぱり、聞いていたんだな。はぁ……、恥ずかしい」
居ないと思っていたからけっこう恥ずかしいセリフも言ってしまった気がするし、それを聞かれていたとなると俺だって顔が熱くなってくる。
「すいません。聞くつもりはなかったんですけど、つい聞こえてきてしまって……」
申し訳なさそうに謝られては、これ以上なにかを言うわけにはいかない。
「いや、大丈夫だよ。ともかく、ノイマンに行ったことは俺の本音だから。リーリアに追い出されない限り、俺はずっと君のそばで働かせてもらうよ」
聞かれて困るわけでもないし、こうなったら開き直るしかない。
そう思ってした発言で、リーリアの顔はさらに赤みが増してしまった。
「そんなに照れないでくれよ。そんな反応されたら、俺も恥ずかしくなっちゃうから」
「でも、だって……。今の言葉って、まるで告白みたいだったから……」
リーリアにしては珍しくもごもごと小さな声でしゃべられると、俺には聞き取ることができなかった。
「え? なんて言ったの? よく聞き取れなかったんだけど」
「なっ、なんでもありません! これからもよろしくお願いしますって言ったんです!」
「ああ、そうなんだ。……うん、俺の方こそよろしく」
絶対にそんなことは言っていなかったはずだけど、リーリアが誤魔化しているのだからあまり聞かれたくはない言葉だったのだろう。
だったら、これ以上深く聞かないのが優しさというものだ。
「そういえば、ノエラに納品する分の剣の最終確認が終わったよ。これでいつでも納品に行けるけど、どうする?」
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