イレブン

九十九光

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♯4ー13

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暮の胸ぐらをつかんで、「やりすぎだ、バカ野郎!」と叫んでいる。私の目の前では、内田一人をリンチしようと複数人の男子生徒がもみくちゃになっている。そこに廊下で傍観していた西川先生と、隣の教室から騒ぎを聞きつけた天草先生と新貝先生が合流し、「やめろ、お前ら!」と声を張り上げながら止めに入る。この異常な状況に私は、後ろの窓から廊下へと飛び出し、乱闘状態になった教室から逃げ出すしかなかった。

 こうして私はしばらくの間、恐々避難した廊下から二組の様子を眺め続けた。

 何人かの生徒は鼻血を出しているし、負傷した生徒が順番に教室の出入り口から這い出てくる。「萌、直美(佐々木直美。柔道部員の女子)、手ぇ貸せ!」という新貝先生の声で、柔道部員の二人の女子が騒ぎの中に近づいた。だが結局どうにかして内田を助け出せないかと手をこまねき、「新貝! これどうすんの!」と品川が聞き返している。それ以外の女子はベランダから外に出て、教室内にいない別の先生の指示で避難をしていた。

「あの……、先生……」

 オロオロしながら傍観していた私に声をかけてきたのは、教室の出入り口で待機しているように言ったままの松田だった。彼女は、中学校では卒業式くらいじゃないとそうそう見られない、今にも泣き出しそうな顔をしている。私は彼女のそばにより、腕の中で抱いてやりながら教室の様子を見続けた。「大丈夫だよ」みたいな気の利いたことは言えなかった。

 そこからしばらくした午前九時ちょっと過ぎ。私は校舎一階の西の突き当りにある保健室にやってきていた。ここは私が赴任する直前に改修工事が終わったばかりの部屋で、ここだけ石丸出しのほかの教室や廊下と違って木の色が前面に押し出されており、最近の小児科みたいな作りになっている。

「大変な目にあったわねえ……。大丈夫だった?」

 丸椅子に座ってジッとしている内田の傷に消毒液を塗りながら、大野緑先生が語り掛けている。世間では男子生徒たちの憧れと称される保健室の先生だが、この大野先生は定年退職間近の五十八歳だ(教師は六十歳になって最初の三月に定年退職なので、あと二年である)。この頃の悩みは、白髪染めをムラなく塗るのが難しい、だった。

「内田、今日は早退ということになりましたんで。そのうち親御さんが来るので、対応お願いします」

 私は紺色の布地にオレンジの糸や肩掛けで装飾された、内田の学校指定のカバンを持って大野先生に説明した。

「授業はどうなりそう? あっちの子たちから聞いた感じだと、今日は二組の授業全部ダ
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