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第一話「誰もいない音楽室からピアノの音が……」
5.名探偵クジャク
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「さあ、まずは円堂さんに聞こえている『子犬のワルツ』の正体を、確かめに行こうか」
孔雀くんが茉佑ちゃんの手を引いて、音楽室の方へと駆け出す。
――本当は廊下は走ってはいけないのだけれども、「謎はすべて解けた」という孔雀くんの言葉と手を握られていることが気になって、茉佑ちゃんはそれどころではなかった。
音楽室に近づくごとに、ピアノの音は大きくなっていく。やはりピアノの音が音楽室から聞こえているのは、間違いないようだった。
しかし、どうして曲が「別れの曲」ではないのだろうか?
音楽室の前まで来ると、今度こそピアノの音がはっきりと聞こえた。
しかも、後ろのひばりちゃんと心ちゃんにも聞こえたらしく、「あ、聞こえた!」などと、心ちゃんが元気よく叫んでいる。
「皆さんにも、このピアノの音が聞こえてるんですか?」
茉佑ちゃんはひどく驚いた。今まで、自分以外には誰にも聞こえなかったあのピアノの音が、ようやく他人にも聞こえた――一体なぜ? と。
「うん、まあ……聞こえなくちゃ困るんだけどね。さあ、種明かしをしようか」
そう言うと、孔雀くんはポケットから音楽室の鍵を取り出して、扉を開けてみせた。どうやら、事前に職員室で借りてきていたようだった。
扉が開くと、ピアノの音はますます大きくなる。当たり前だが、ピアノの方から聞こえているようだ。
だが――。
(あれ? ピアノの上に何か置いてある……?)
茉佑ちゃんは、音楽室のグランドピアノの上に何かが乗っていることに気付いた。近付いてみると、それは一台のスマートホン――スマホだった。
しかも――。
「……このピアノの音、スマホから鳴ってる!?」
茉佑ちゃんはびっくりして、思わず大きな声を出してしまった。
――そう。茉佑ちゃんの言った通り、先程から鳴っている「子犬のワルツ」は、ピアノの上に置いてあるスマホから流れていた。
「うん。これ、実は僕のスマホなんだ」
「ええ!? 一体、どういうことですか?」
しかもなんと、このスマホは孔雀くんのものだと言う。
茉佑ちゃんは、もう何がなんだか分からなくなってきた。
「さっき職員室に行った後に、予めここに置いておいたんだ。……ああ、別にびっくりさせようとしたわけじゃないよ? 説明してもいいかな?」
孔雀くんの問いかけに、茉佑ちゃんはコクコクとリスみたいに首を縦に振って答えた。
「さて、じゃあ僭越ながら……。今言った通り、これは僕のスマホだ。それにひばりのスマホから電話をかけてもらった。それで着信メロディに設定してあった『子犬のワルツ』が鳴った、というわけなんだ。電話をかけるタイミングは、ひばりに任せてね。だから、僕はいつ『子犬のワルツ』が鳴り出すかは知らなかった……ここまではいいかい?」
茉佑ちゃんはおとなしく頷いた。
「部室を出てから音楽室にたどり着くまでの、どこかのタイミングで『子犬のワルツ』が流れ出す……。僕はその音を聞き逃さないように耳を澄ましていたんだけど、先に音に気付いたのは円堂さんだった。円堂さんは、スマホの音が鳴ることを知らなかったのに、だ。耳を澄ましていた僕よりも先に気付いた。
――これはつまり、円堂さんはものすごく耳が良いってことを指し示してるんだ」
「……耳が良い、ですか?」
「うん。僕ら三人の誰もピアノの音に気付かない内に、円堂さんは曲名まで言い当てた! しかも、音楽室の分厚い扉越しの、まだ距離がある状態で、だ。きっと、聴覚がとても敏感なんだね」
ピアノの上からスマホを回収しながら、孔雀くんが話を続ける。
「それでね。円堂さんは空耳が多いと言っていたけど……きっとそれは、気のせいじゃなくて本当に音が聞こえていたんじゃないかと思うんだ。ただ、それは他の人には小さすぎて気付かれないくらいの音で、円堂さんにしか聞こえなかったんだよ」
「他の人には聞こえてなかったけど、私だけには聞こえていた……?」
「うん。聴覚が敏感な人には、結構あるみたいだよ? 遠くで鳴っている音を、耳が拾ってしまうらしいんだ。でも、他の人には全然聞こえないんだってさ。それでね――」
そこで一呼吸を置くと、孔雀くんはスマホの画面を何やらいじり始めた。
「ええと、円堂さんが最初に『別れの曲』を聞いた日以外にも、ピアノの音が鳴っていた可能性をざっと調べてみたんだけど……音楽の先生に聞いたら、思い当たる節が沢山あったそうだよ?
例えば、一週間くらい前の登校時間。音楽室は閉めてあったけど、隣の音楽準備室で先生がその日授業で弾く曲を、CDで流していたらしい。それ以外にも、昼休みや放課後に、音楽準備室でピアノ曲を流していたことは多かったらしいよ。きっと、円堂さんが聞いたピアノの音は、それなんじゃないかな?」
「え、でも……それは『別れの曲』だったんですか? 私が聞いたのは、確かに『別れの曲』だったと思うんです」
――そう。茉佑ちゃんが聞いたのはどれも「別れの曲」だったはず。それとも、音楽の先生が流していたのは、毎回毎回「別れの曲」だったとでも言うのだろうか?
「そこで思い出してほしいんだ。さっき、円堂さんがピアノの音に気付いた時のこと。あの時、円堂さんは、こう思ったんじゃないかな? 『また「別れの曲」が聞こえてきた』って。でも、実際に流れていたのは?」
「あ、ああ……!」
そこで茉佑ちゃんは、ようやく気付いた。あの時の茉佑ちゃんは、ピアノの音が聞こえたので、てっきりそれが「別れの曲」だと思いこんでいた。けれども、実際に流れていたのは「子犬のワルツ」という全然違う曲だった。
「空耳には色々と原因があるんだ。円堂さんみたいに耳が良い人が、普通は聞こえないような遠い場所で鳴っている音を聞き取ってしまっている場合もあるし、何かの音をよく似た別の音と勘違いしてしまう場合もある。疲れている時なんかは、本当にどこでも鳴っていない音が聞こえちゃうこともあるらしいよ? それがひどくなると『幻聴』って言って、病気の可能性があるんだけど……円堂さんの場合は違うと思うから安心して。
今回の場合、ピアノの音は実際に聞こえていたけれども、思い込みが半分混じって、全部が全部『別れの曲』に聞こえてしまった、ということじゃないかな?」
孔雀くんの言葉には、説得力があった――少なくとも、茉佑ちゃんにはそう感じられた。
でも、同時に一つ疑問もあった。
「あの……じゃあ、私が最初に聞いた『別れの曲』も、準備室で先生が流していたものなんですか?」
「いや、それは違うみたいだね。準備室は、その扉の向こうだけど……よく見てごらん?」
孔雀くんに言われて、茉佑ちゃんは音楽室の奥にある、音楽準備室に繋がっている扉に目を向けた。木製で小さなガラス窓の付いた、なんの変哲もない扉に見えるが――。
「あっ」
「気付いたみたいだね? 準備室へ繋がる扉にはガラス窓が付いてる。でも、円堂さんが最初に『別れの曲』を聞いた日には、音楽室は暗幕カーテンも閉められて真っ暗だった。先生が準備室にいたのなら、そちらの明かりが漏れていたはずだよね? ……先生に真っ暗な中で音楽を聞く趣味があるなら別だけど」
そう。準備室へ通じる扉にガラス窓がある以上、もしあの日、先生が準備室にいたのなら、そこから明かりが漏れていたはずだった。
けれども、あの日の音楽室は真っ暗で、明かりは見えなかった。
「……じゃあ、私があの日聞いた『別れの曲』の正体は分からずじまい……ですか?」
まだ謎が残っていたことが分かって、茉佑ちゃんは少し残念な気持ちになってしまう。
しかし――。
「いや、その謎ももう解けてるんだ」
孔雀くんが、事も無げにそう言い放った。
孔雀くんが茉佑ちゃんの手を引いて、音楽室の方へと駆け出す。
――本当は廊下は走ってはいけないのだけれども、「謎はすべて解けた」という孔雀くんの言葉と手を握られていることが気になって、茉佑ちゃんはそれどころではなかった。
音楽室に近づくごとに、ピアノの音は大きくなっていく。やはりピアノの音が音楽室から聞こえているのは、間違いないようだった。
しかし、どうして曲が「別れの曲」ではないのだろうか?
音楽室の前まで来ると、今度こそピアノの音がはっきりと聞こえた。
しかも、後ろのひばりちゃんと心ちゃんにも聞こえたらしく、「あ、聞こえた!」などと、心ちゃんが元気よく叫んでいる。
「皆さんにも、このピアノの音が聞こえてるんですか?」
茉佑ちゃんはひどく驚いた。今まで、自分以外には誰にも聞こえなかったあのピアノの音が、ようやく他人にも聞こえた――一体なぜ? と。
「うん、まあ……聞こえなくちゃ困るんだけどね。さあ、種明かしをしようか」
そう言うと、孔雀くんはポケットから音楽室の鍵を取り出して、扉を開けてみせた。どうやら、事前に職員室で借りてきていたようだった。
扉が開くと、ピアノの音はますます大きくなる。当たり前だが、ピアノの方から聞こえているようだ。
だが――。
(あれ? ピアノの上に何か置いてある……?)
茉佑ちゃんは、音楽室のグランドピアノの上に何かが乗っていることに気付いた。近付いてみると、それは一台のスマートホン――スマホだった。
しかも――。
「……このピアノの音、スマホから鳴ってる!?」
茉佑ちゃんはびっくりして、思わず大きな声を出してしまった。
――そう。茉佑ちゃんの言った通り、先程から鳴っている「子犬のワルツ」は、ピアノの上に置いてあるスマホから流れていた。
「うん。これ、実は僕のスマホなんだ」
「ええ!? 一体、どういうことですか?」
しかもなんと、このスマホは孔雀くんのものだと言う。
茉佑ちゃんは、もう何がなんだか分からなくなってきた。
「さっき職員室に行った後に、予めここに置いておいたんだ。……ああ、別にびっくりさせようとしたわけじゃないよ? 説明してもいいかな?」
孔雀くんの問いかけに、茉佑ちゃんはコクコクとリスみたいに首を縦に振って答えた。
「さて、じゃあ僭越ながら……。今言った通り、これは僕のスマホだ。それにひばりのスマホから電話をかけてもらった。それで着信メロディに設定してあった『子犬のワルツ』が鳴った、というわけなんだ。電話をかけるタイミングは、ひばりに任せてね。だから、僕はいつ『子犬のワルツ』が鳴り出すかは知らなかった……ここまではいいかい?」
茉佑ちゃんはおとなしく頷いた。
「部室を出てから音楽室にたどり着くまでの、どこかのタイミングで『子犬のワルツ』が流れ出す……。僕はその音を聞き逃さないように耳を澄ましていたんだけど、先に音に気付いたのは円堂さんだった。円堂さんは、スマホの音が鳴ることを知らなかったのに、だ。耳を澄ましていた僕よりも先に気付いた。
――これはつまり、円堂さんはものすごく耳が良いってことを指し示してるんだ」
「……耳が良い、ですか?」
「うん。僕ら三人の誰もピアノの音に気付かない内に、円堂さんは曲名まで言い当てた! しかも、音楽室の分厚い扉越しの、まだ距離がある状態で、だ。きっと、聴覚がとても敏感なんだね」
ピアノの上からスマホを回収しながら、孔雀くんが話を続ける。
「それでね。円堂さんは空耳が多いと言っていたけど……きっとそれは、気のせいじゃなくて本当に音が聞こえていたんじゃないかと思うんだ。ただ、それは他の人には小さすぎて気付かれないくらいの音で、円堂さんにしか聞こえなかったんだよ」
「他の人には聞こえてなかったけど、私だけには聞こえていた……?」
「うん。聴覚が敏感な人には、結構あるみたいだよ? 遠くで鳴っている音を、耳が拾ってしまうらしいんだ。でも、他の人には全然聞こえないんだってさ。それでね――」
そこで一呼吸を置くと、孔雀くんはスマホの画面を何やらいじり始めた。
「ええと、円堂さんが最初に『別れの曲』を聞いた日以外にも、ピアノの音が鳴っていた可能性をざっと調べてみたんだけど……音楽の先生に聞いたら、思い当たる節が沢山あったそうだよ?
例えば、一週間くらい前の登校時間。音楽室は閉めてあったけど、隣の音楽準備室で先生がその日授業で弾く曲を、CDで流していたらしい。それ以外にも、昼休みや放課後に、音楽準備室でピアノ曲を流していたことは多かったらしいよ。きっと、円堂さんが聞いたピアノの音は、それなんじゃないかな?」
「え、でも……それは『別れの曲』だったんですか? 私が聞いたのは、確かに『別れの曲』だったと思うんです」
――そう。茉佑ちゃんが聞いたのはどれも「別れの曲」だったはず。それとも、音楽の先生が流していたのは、毎回毎回「別れの曲」だったとでも言うのだろうか?
「そこで思い出してほしいんだ。さっき、円堂さんがピアノの音に気付いた時のこと。あの時、円堂さんは、こう思ったんじゃないかな? 『また「別れの曲」が聞こえてきた』って。でも、実際に流れていたのは?」
「あ、ああ……!」
そこで茉佑ちゃんは、ようやく気付いた。あの時の茉佑ちゃんは、ピアノの音が聞こえたので、てっきりそれが「別れの曲」だと思いこんでいた。けれども、実際に流れていたのは「子犬のワルツ」という全然違う曲だった。
「空耳には色々と原因があるんだ。円堂さんみたいに耳が良い人が、普通は聞こえないような遠い場所で鳴っている音を聞き取ってしまっている場合もあるし、何かの音をよく似た別の音と勘違いしてしまう場合もある。疲れている時なんかは、本当にどこでも鳴っていない音が聞こえちゃうこともあるらしいよ? それがひどくなると『幻聴』って言って、病気の可能性があるんだけど……円堂さんの場合は違うと思うから安心して。
今回の場合、ピアノの音は実際に聞こえていたけれども、思い込みが半分混じって、全部が全部『別れの曲』に聞こえてしまった、ということじゃないかな?」
孔雀くんの言葉には、説得力があった――少なくとも、茉佑ちゃんにはそう感じられた。
でも、同時に一つ疑問もあった。
「あの……じゃあ、私が最初に聞いた『別れの曲』も、準備室で先生が流していたものなんですか?」
「いや、それは違うみたいだね。準備室は、その扉の向こうだけど……よく見てごらん?」
孔雀くんに言われて、茉佑ちゃんは音楽室の奥にある、音楽準備室に繋がっている扉に目を向けた。木製で小さなガラス窓の付いた、なんの変哲もない扉に見えるが――。
「あっ」
「気付いたみたいだね? 準備室へ繋がる扉にはガラス窓が付いてる。でも、円堂さんが最初に『別れの曲』を聞いた日には、音楽室は暗幕カーテンも閉められて真っ暗だった。先生が準備室にいたのなら、そちらの明かりが漏れていたはずだよね? ……先生に真っ暗な中で音楽を聞く趣味があるなら別だけど」
そう。準備室へ通じる扉にガラス窓がある以上、もしあの日、先生が準備室にいたのなら、そこから明かりが漏れていたはずだった。
けれども、あの日の音楽室は真っ暗で、明かりは見えなかった。
「……じゃあ、私があの日聞いた『別れの曲』の正体は分からずじまい……ですか?」
まだ謎が残っていたことが分かって、茉佑ちゃんは少し残念な気持ちになってしまう。
しかし――。
「いや、その謎ももう解けてるんだ」
孔雀くんが、事も無げにそう言い放った。
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