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5.ゆらぐ気持ち

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「わかりやすい……和泉、お前天才か?」

 佐原に「GMPを学びたい」と言われて資料を見せたら佐原に褒められた。天才のDomに天才と言われてなんだかこそばゆくなる。

「これ、いつ作ったんだよ」
「昨日。休みで時間あったから」

 実は佐原のために用意した資料だった。少しでも佐原の研修が捗るようにと昨日頑張って作成したもので、佐原に褒められ、和泉は密かに心の中でガッツポーズをしている。

「またそうやって休みに仕事して……」
「佐原だって接待ゴルフに行ってたんだろ?」
「ゴルフは俺にとっては普通に楽しいから。和泉はちゃんと休みの日は休め」

 佐原はいつも和泉の体調を気遣ってくれる。先日体調を崩したところを見られたからだろうか。


「でもこれ、いい資料だからファイル共有しよう」
「いいよ、佐原用に作ったんだから」
「いいから」

 佐原は部署内の共有ファイルに和泉の資料を載せた。言い出したらあっという間に実行してしまうところが佐原のすごいところだ。


「この資料、和泉の性格が表れてるよな」
「ん?」
「意外と可愛い」
「えっ?」

 ほら、と佐原が指差したのは、タイトル横になんとなくオマケで付けたハリネズミくんが本を読みながら居眠りしている絵だ。佐原にしか見せるつもりがなかったからちょっとだけふざけてみたものだった。

「それだけ消させろっ!」

 ふざけた資料を共有するなんて恥ずかしすぎる。共有ファイルの修正をしするべく和泉は佐原のパソコンに手を伸ばす。

「このままにしろって!」

 佐原が和泉の邪魔をしようと腕でガードする。

「こんのっ……!」

 佐原の腕をどかそうとしても動かないから、佐原を睨みつけてやろうとしたときだ。

 佐原もこっちを振り返ったものだから、ふたりの顔が超至近距離になる。

 危うく唇がぶつかるくらい。

「……っ!」

 和泉はバッと佐原から離れる。今のは距離が近すぎた。

 離れてからそっと佐原の様子を盗み見る。動揺している和泉とは違い、佐原は余裕だ。目が合ってこっちに微笑みかけてくるくらいの態度でいる。

 佐原を見ていると、これは自意識過剰だったのかと思えてきた。ここは職場で、別に佐原と何かをするはずもない。今度は佐原を妙に意識してる自分自身が恥ずかしくなってきた。

「こっちで直すからいいっ」

 ドカッと自分の席に座り、さっきの共有ファイルを探す。目の前のディスプレイに集中することで、さっきの動揺を隠してしまいたい。


 佐原はただの同僚だ。しかも三ヶ月すればいなくなる研修生。なにも意識しなくていい相手だ。

「そのままにしとけよ。そのくらいいいと思うけどな」
「嫌だ。見るのがお前だけだと思ったからやったんだ。共有するなら消す」

 さっきのファイルを開いて、マウスをカチカチさせて修正をかける。こんなおふざけを公にできるものか。

「へぇ。俺だけだったら、和泉は可愛いところ見せてくれるんだ」

 佐原は急に背後から和泉の肩を抱き、顔を寄せてきた。

「なっ、馴れ馴れしくするなっ。変に思われるだろ」
「大丈夫だろこれくらい。誰も気にしない」

 全然大丈夫じゃない。やっとさっきの動揺が落ち着いたところだったのに、また心臓がうるさくなってきた。佐原のスキンシップが日に日に多くなっている気がするのは気のせいだろうか。


「和泉。今夜プレイしよう」


 佐原の吐息が和泉の耳梁をくすぐる。それだけでやけにゾクゾクした。
 会社でプレイに誘うとは佐原はなんて奴だ。こんな場面を人に見られたら和泉がSubだと悟られてしまうのに。

 和泉の心臓がドキドキと高鳴っていく。あのときの甘美な行為を今夜佐原と再び行うことを想像しただけで身体が熱くなってくる。

「仕事が終わったら俺に付き合え。お前に拒否権はない。いいな」
「ちょっ……と!」

 文句を言いたくても言えない。嫌だと言ったら佐原は和泉の秘密をバラす気だ。

 佐原は言いたいことだけ言って、すぐ和泉から手を離し、涼しい顔で自分のデスクで仕事を始めた。

 完全に佐原にしてやられている。しかも今夜佐原とプレイをすることになる。
 そういえば佐原のプレイスタイルを知らない。佐原はどんなプレイが好みなのだろう。

 Domもいろいろだ。SMのような痛みを伴う激しいプレイが好きなDomもいれば、挿入なしの優しいプレイを好むDomもいる。

 今夜は佐原に何をさせられるのだろう。どこまで身体を許そう。まさか今夜、最後まで佐原に強要されたらそれを受け入れるのか。

 佐原のせいで頭の中がいっぱいだ。今は仕事の時間で、佐原のことばかり考えている場合じゃない。

 和泉は邪念を振り払うように、いつもよりひとつひとつ集中してキーボードを叩いた。
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