暗殺するため敵国に来たが愚王というのは嘘で溺愛され妃に迎え入れられました

雨宮里玖

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過去の代償

5.

 それからカイルは本当に約束事を実行した。一日五回の約束の時間になると必ずユリスに会いに来るようになった。

 ユリスが武器庫で道具を借りて自らの武器の手入れをしていると、そこへカイルがやってきた。


「ユリス、時間だぞ」

 声をかけられたと思ったら、振り向きざまカイルに唇を奪われる。

「んっ……」

 カイルに腰を抱かれながらキスを交わす。
 いきなりのことで、びっくりしたのだろう。周囲の者たちが「えっ!」と驚きの声を上げた。

「カイル様、さすがにこのようなところでいきなりは駄目です! 場所をわきまえてからにしてください!」

 カイルのキスが終わり、ユリスは恥ずかしくて仕方がなくてカイルに注意する。

「すまない……ついいてしまった」

 カイルを叱ってから気がついた。周囲の者たちがふたりをみて驚いていることに。
 カイルは国王だ。国王を人前で叱りつけるなんてやってはいけないことだった。カイルもカイルで素直に謝らずに無礼を働いたユリスを叱ってくれればいいのに。

「カイル様、場所を変えて話をしましょう」

 ここにいるのは居た堪れない。ユリスはカイルを外へと誘い出した。




 ユリスは武器庫を出て、騎士たちの訓練場の端にある休息所へとカイルを連れてきた。

「カイル様。こちらにお座りください」

 石のベンチに座るようにカイルを促す。カイルは訝しげだったが、ユリスに従ってくれた。

「カイル様は国王様ですから、無理して私に会いに来なくてもよいのです」
「しかし俺はユリスと約束した。お前との約束だけは必ず守りたいのだ」
「わかっております。ですから私がカイル様に会いに行きます」

 ユリスの言葉に目を大きく開いたカイルの頬を両手で包み、ユリスはカイルの唇に自らの唇を寄せていく。

 そのままそっと唇を重ねた。
 それを合図にするかのように、ふたりのキスが深くなっていく。

「好きです、カイル様」

 キスの合間にカイルにそう伝えると、カイルがユリスの身体を引き寄せた。

 カイルの腕に包まれるとすごく安心する。僅かに香るカイルのフェロモンの効果だろうか。それともカイルの体温を感じるからだろうか。

「ユリス。好きだ」

 カイルとキスを重ねながらも、心は辛くなる。こんなにも愛していて、愛してくれる人にユリスは世継ぎという最も大切なものを与えてあげられない。

 カイルはきっと心の奥底では世継ぎを望んでいるはずだ。それなのにユリスを気遣って「要らない」など嘘をつくような優しい人だ。

「ごめんなさい……」

 キスをやめ、ユリスはカイルに抱きついた。

「どうした?」

 カイルはユリスを受け止め、髪を撫でてくれた。

「ごめんなさい……」
「何を謝っているのだ?」
「ごめんなさい……」
「だから、それではわからん」
「ごめんなさい……」

 どうしてこんなにいい人が、出来損ないオメガのユリスを好きになってしまったのだろう。
 ユリスよりも優れている者は世の中に溢れている。アルファの嫁を迎えればカイルはこんな目に遭わなかったのに。

「少し辛いことを思い出したのか……? 大丈夫だ。ユリスには俺がいる。何があってもユリスのそばから離れない。約束する」

 違う。反対だ。カイルがユリスから離れてくれないから辛いのだ。
 カイルがまったく浮気をしてくれないから辛い。側室を迎えて、その側室をカイルが愛してくれれば世継ぎが誕生するかもしれないのに。

「ユリス。お前は世界一のオメガだ。他でもない、俺が選んだんだぞ? 謝ることなど何もない。もっと自信を持て。堂々としていろ」

 どこが世界一なのだろう。消えていなくなりたいくらいに情けない、役立たずのオメガなのに。

「そうだ。城にばかりいても気が滅入ることもあるだろう? ユリス。ふたりで海を見に行かないか? ナルカには海がなかったから、ケレンディアに来たら海が見たいとユリスは言っていたな。それを叶えよう。港町マールの別邸は居心地がよいぞ? 変わった食べ物もある。虹色の貝を焼いたものがとても美味だ。ユリスも食べてみてくれ。城から腕のいい料理人を連れて行こう」

 カイルはそれから景色のいい旧要塞があるだの、海の近くの市場が賑わっているだの、港町マールの話を聞かせてくれた。

 聞いているうちに、ユリスの沈んだ気持ちが薄らいでいく。気がついたらカイルと港町の散策を楽しむ自分の姿を想像していた。

「ユリスに笑顔が戻った」
「えっ……?」
「ユリスが悲しそうな顔をしているのは我慢ならないのだ。なんとしてでも笑わせたい」

 カイルはユリスを楽しませようとしてくれたのか。ユリスが落ち込んでいる様子だったから。

「あまりにも笑わないと、強制執行するぞ」
「強制執行……?」
「こうだ!」

 カイルはいきなりユリスの脇腹をくすぐった。

「あっ……! カイル様っ、やめっ……あはは」

 ユリスはくすぐったくて身悶える。

「俺とマールに行って、海を見てくれるか?」
「あはっ、あはは……っ! もう無理っ……」
「どうする? 行かないとやめないぞ」
「行きます! 行くからやめて……っ!」
「よし!」

 カイルの手が止まって、くすぐりからやっと開放された。

「出発の日が決まったらすぐに伝える。ユリスとマールに行けると思ったら急にやる気が出てきた。今日は先延ばしにしていた報告書を全部読むぞ!」
「カイル様……」
「いいか? 俺はこれから自分の部屋で報告書を読み漁る。それは夕刻までかかるから、ユリスは時間を見計らって俺に会いに来るのだぞ?」
「あっ……」

 そうだ。さっきユリス自身が言ったことだ。カイルが会いに来るのではなく、ユリスがカイルのもとへ行くと。

「俺は夕刻まで自分の部屋にいる。わかったか?」
「はい」

 カイルはこれから自分のいる場所をしつこくユリスに伝えている。三時間後、ユリスがカイルに会いに行くときに城内を探し回らないで済むように。
 そんなに会いに来て欲しいのかと思うと可笑しくなってきた。

「待ってるから必ず来るんだぞ! 俺は夕刻まで自分の部屋から一歩もでないからな!」
「はい。必ず行きます」

 最後にカイルと軽いキスを交わしてからふたりは離れた。

 カイルの背中を見送る頃には、ユリスの頭はすっかり愛しい旦那様のことでいっぱいだった。
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