暗殺するため敵国に来たが愚王というのは嘘で溺愛され妃に迎え入れられました

雨宮里玖

文字の大きさ
63 / 91
過去の代償

6.

 カイルと港町マールに行く約束をしてから二週間が過ぎた。
 あれから出発日が決まり、ユリスはそのための旅支度を整えていた。出発にはまだあと一週間あるが、カイルとの旅が楽しみでどうしても気持ちがはやる。


「あれ? リュークは?」

 いつもそばにいる従者のリュークの姿が見えないのでナターシャに訊ねる。

「ユリス様、あの……リュークは本日から一週間お休みを取らさせていただきたくて……」
「休み?」
「リュークがヒートを起こしてしまったんです」
「ヒートか……」

 リュークもユリスと同じオメガだ。抑制薬を使っていても抑えきれずヒートを起こしてしまうときがあるだろう。

 いつもなら大変だなとリュークの体調を気遣うのに、今回はヒートが起こるなんてリュークが羨ましいと思った。 
 リュークは抑制薬を飲んでいてもヒートが来るのに、何も飲んでいない自分にはなぜ訪れないのかと。

「あっ……申し訳ございませんっ。ユリス様の前でヒートの話を……」

 ナターシャが慌てて頭を下げた。

「いや、いいよ。気にせず話をしてくれ」
「そうはまいりません! 私が愚かでした。大変失礼いたしました!」

 いいと言っているのにナターシャはペコペコ頭を下げ続ける。

 従者の間でユリスにヒートの話は禁句だと話し合ったりしているのだろうか。たしかにユリスの従者たちは最近「早くヒートが来るといいですね」とか「この食べ物がオメガの体調を整えるのに効果的だと聞きました!」などとヒートに対する話題を一切口にしなくなった。以前はしきりにそのようなことを言っていたのに。

 こんなふうに気を遣われるほうがかえって辛くなる。

「ですのでマールへは私がお供いたします。急な変更となったこと、本当に申し訳ありませんっ」

 ユリス自身が少し前に、港町マールではのんびりしたいから従者は大勢連れて行きたくないと言った。それでリュークのみ付いてくる予定のはずが、ヒート明けの身体では難しいだろう。

「ヒートは仕方のないことだ。気に病むことはないよ。リュークにもゆっくり休むように伝えて欲しい」
「かしこまりました。ありがとうございますユリス様」

 ナターシャは深々と頭を下げた。




 旅支度の途中だったが、いつものカイルに会いに行く時間になったのでユリスはカイルの部屋を訪ねた。だがそこにカイルはおらず、カイルの従者に「中庭にいらっしゃいます」と教えられ、城の中庭に向かった。

 中庭にカイルがいた。
 カイルは一歳ほどの幼い赤髪の男の子を腕に抱いている。
 その横顔がとても幸せそうだ。カイルは愛おしそうに幼子を見つめて髪を撫でている。

 その姿にユリスはショックを受けた。
 カイルは子供が好きなのだ。ああやって自分の子供を抱いて可愛がりたいと思っているに違いない。

 頭ではわかっていたが、実際に幼子と触れ合うカイルを見て思い知った。
 幼子をあやすカイルは、さっきから頬が緩みっぱなしで、子供にデレデレの父親のようだ。

 カイルが楽しそうに幼子と触れ合う姿を見ていると、カイルに申し訳ない気分になってくる。
 見ているだけで胸が苦しくなって、ユリスはカイルにかける言葉を失った。
 

 カイルのそばにはその幼子の両親と思わしきふたりがいる。
 ユリスも面識のあるふたりだった。
 ユリスが初めて西国ケレンディアの地に降り立ったのが国境の町ハールデンだった。

 その一帯を治めているダルマイア家の当主アレクとその妻テオだ。カイルが法を変えたことで結ばれたアルファ×オメガの夫夫で、ユリスがふたりに会ったときにはテオは既に身籠っていた。その子が無事に産まれ、城まで連れてきたのだろう。


「妃陛下! 久しぶりにお目にかかります!」

 アレクがユリスの存在に気がつき歩み寄ってきた。

「おふたりの御成婚のとき以来ですね。お元気でいらっしゃるようでなによりです!」

 アレクは赤髪の頭をユリスの前で丁寧に下げた。そして好意的な笑顔を向けてくる。

「お久しぶりです。あの子はおふたりのご子息ですか?」

 ユリスがカイルの抱く幼子に視線をやると「そうです」とアレクが答えた。

「我が息子マルクスです。妃陛下もどうかマルクスをみてくださいませんか?」

 マルクスはカイルの腕からそっと下ろされる。するとなかなかにしっかりとした足取りで、こちらへ向かって歩いてきた。

「もうこんなに歩けるのですか?!」
「はい。マルクスはとても成長が速いのです。身体も同じ月齢の子に比べると大きくて、私に似てこの子はアルファなのではないかと思っています」

 たしかにマルクスの顔を見ると顔のパーツのひとつひとつが整っており、幼くして凛々しい顔つきをしている。美形アルファの子、といった雰囲気だ。

 マルクスはついにユリスのもとまで歩いてきた。そしてユリスの足に全身を使ってしがみつく。抱きついてくるマルクスの感触はふにふにしていてとても柔らかい。

「マルクスを抱いてもいいですか?」
「はい。是非抱っこしてあげてください」

 アレクの許可を得て、ユリスはマルクスを抱き上げた。マルクスを胸に抱えていると、ふわっとミルクのような柔らかい、いい匂いがした。
 マルクスもマルクスで、初対面のはずなのにユリスにすっかり懐いている。マルクスはユリスの顔に短いぷにぷにの腕を伸ばして触れようとする。

「可愛い……」

 ユリスの頬をペタペタと触る小さな手。目を合わせると無垢な笑顔で笑いかけてくる。なんて可愛い生き物なのだろうと思った。

「マルクスはやっぱりアルファだ。オメガの妃陛下にべったり甘えてます。この歳からオメガ好きなんて将来が心配ですよ……」
「いいえ、子供らしくて可愛いです」

 たしかにマルクスはユリスのことを気に入ってくれているようだ。

「ユリスは俺の妃だ。マルクスには渡さない!」

 カイルがやってきて急に口を挟んできた。

「陛下、うちの息子はまだ一歳です。マルクスにも嫉妬するんですか? 大人げないですよ」
「だって見てみろ。俺がマルクスを抱いたときとまるで態度が違う。ユリスにはなぜこんなにベタベタ触るのだ? ユリスに抱かれてこんなに気持ちよさそうにして! 俺のときはうるさく泣き喚いたというのに!」
「アルファがアルファに抱かれても嬉しくないんですよ。アルファにはやはりオメガです。ほら、妃陛下の腕の中が気持ちよすぎてマルクスがウトウトしています」

 アレクに言われてマルクスの顔を見ると、たしかに今にも眠ってしまいそうな雰囲気だ。

「駄目だ! ユリスから離れろ、俺が寝かしつけてやる!」

 カイルはユリスの腕からマルクスを奪い取ろうとするのでユリスはマルクスを庇った。

「カイル様。眠ろうとする幼子を起こすようなことをしてはいけません。このまま私が寝かしつけます」

 ユリスがマルクスの身体を優しく揺らすと、マルクスは瞼を閉じ、ユリスに身を預けてきた。

 マルクスはアレクとテオの子だ。それなのにこんなに愛おしいと思う。これがもしカイルとの間に産まれた我が子だったらさらに愛しいと思うのだろうか。

「妃陛下、お上手です。本当に寝ちゃいました……。この子は活動的でなかなか寝ないんですよ?」

 ユリスの横からテオがマルクスの様子を伺って言った。

「そうなのですか?」

「はい。マルクスは妃陛下に抱かれてすごく安心したのでしょう。妃陛下はとても魅力的なオメガだと思っておりましたが、良き母としてのオメガの能力もお持ちのようですね」

 良き母として……。それは子供ありきの能力だ。子供のいないユリスには関係のないことだ。

「よもや妃陛下。実はご懐妊なさっているとか?」

 テオの純粋な言葉が、胸に突き刺さった。テオはユリスのヒート事情などまるで知らないのだろう。

 ユリスにはヒートが普通に訪れて、カイルの寵愛を受けているユリスは、簡単にカイルの子を身籠ることができると思っているのではないか。

「テオ、まだユリスに懐妊はないが、それはきっともうすぐだ。待っていろ。俺とユリスの子が産まれたらふたりに手紙を送ろう」

 咄嗟に言葉を返せなかったユリスの代わりにカイルがテオに答えた。

「はい。良い報告を心待ちにしておりますね」
「ああ」

 カイルはテオに応じながら、ユリスの肩にぽんと触れた。
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 様々な形での応援ありがとうございます!

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?