暗殺するため敵国に来たが愚王というのは嘘で溺愛され妃に迎え入れられました

雨宮里玖

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過去の代償

6.

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 カイルと港町マールに行く約束をしてから二週間が過ぎた。
 あれから出発日が決まり、ユリスはそのための旅支度を整えていた。出発にはまだあと一週間あるが、カイルとの旅が楽しみでどうしても気持ちがはやる。


「あれ? リュークは?」

 いつもそばにいる従者のリュークの姿が見えないのでナターシャに訊ねる。

「ユリス様、あの……リュークは本日から一週間お休みを取らさせていただきたくて……」
「休み?」
「リュークがヒートを起こしてしまったんです」
「ヒートか……」

 リュークもユリスと同じオメガだ。抑制薬を使っていても抑えきれずヒートを起こしてしまうときがあるだろう。

 いつもなら大変だなとリュークの体調を気遣うのに、今回はヒートが起こるなんてリュークが羨ましいと思った。 
 リュークは抑制薬を飲んでいてもヒートが来るのに、何も飲んでいない自分にはなぜ訪れないのかと。

「あっ……申し訳ございませんっ。ユリス様の前でヒートの話を……」

 ナターシャが慌てて頭を下げた。

「いや、いいよ。気にせず話をしてくれ」
「そうはまいりません! 私が愚かでした。大変失礼いたしました!」

 いいと言っているのにナターシャはペコペコ頭を下げ続ける。

 従者の間でユリスにヒートの話は禁句だと話し合ったりしているのだろうか。たしかにユリスの従者たちは最近「早くヒートが来るといいですね」とか「この食べ物がオメガの体調を整えるのに効果的だと聞きました!」などとヒートに対する話題を一切口にしなくなった。以前はしきりにそのようなことを言っていたのに。

 こんなふうに気を遣われるほうがかえって辛くなる。

「ですのでマールへは私がお供いたします。急な変更となったこと、本当に申し訳ありませんっ」

 ユリス自身が少し前に、港町マールではのんびりしたいから従者は大勢連れて行きたくないと言った。それでリュークのみ付いてくる予定のはずが、ヒート明けの身体では難しいだろう。

「ヒートは仕方のないことだ。気に病むことはないよ。リュークにもゆっくり休むように伝えて欲しい」
「かしこまりました。ありがとうございますユリス様」

 ナターシャは深々と頭を下げた。




 旅支度の途中だったが、いつものカイルに会いに行く時間になったのでユリスはカイルの部屋を訪ねた。だがそこにカイルはおらず、カイルの従者に「中庭にいらっしゃいます」と教えられ、城の中庭に向かった。

 中庭にカイルがいた。
 カイルは一歳ほどの幼い赤髪の男の子を腕に抱いている。
 その横顔がとても幸せそうだ。カイルは愛おしそうに幼子を見つめて髪を撫でている。

 その姿にユリスはショックを受けた。
 カイルは子供が好きなのだ。ああやって自分の子供を抱いて可愛がりたいと思っているに違いない。

 頭ではわかっていたが、実際に幼子と触れ合うカイルを見て思い知った。
 幼子をあやすカイルは、さっきから頬が緩みっぱなしで、子供にデレデレの父親のようだ。

 カイルが楽しそうに幼子と触れ合う姿を見ていると、カイルに申し訳ない気分になってくる。
 見ているだけで胸が苦しくなって、ユリスはカイルにかける言葉を失った。
 

 カイルのそばにはその幼子の両親と思わしきふたりがいる。
 ユリスも面識のあるふたりだった。
 ユリスが初めて西国ケレンディアの地に降り立ったのが国境の町ハールデンだった。

 その一帯を治めているダルマイア家の当主アレクとその妻テオだ。カイルが法を変えたことで結ばれたアルファ×オメガの夫夫で、ユリスがふたりに会ったときにはテオは既に身籠っていた。その子が無事に産まれ、城まで連れてきたのだろう。


「妃陛下! 久しぶりにお目にかかります!」

 アレクがユリスの存在に気がつき歩み寄ってきた。

「おふたりの御成婚のとき以来ですね。お元気でいらっしゃるようでなによりです!」

 アレクは赤髪の頭をユリスの前で丁寧に下げた。そして好意的な笑顔を向けてくる。

「お久しぶりです。あの子はおふたりのご子息ですか?」

 ユリスがカイルの抱く幼子に視線をやると「そうです」とアレクが答えた。

「我が息子マルクスです。妃陛下もどうかマルクスをみてくださいませんか?」

 マルクスはカイルの腕からそっと下ろされる。するとなかなかにしっかりとした足取りで、こちらへ向かって歩いてきた。

「もうこんなに歩けるのですか?!」
「はい。マルクスはとても成長が速いのです。身体も同じ月齢の子に比べると大きくて、私に似てこの子はアルファなのではないかと思っています」

 たしかにマルクスの顔を見ると顔のパーツのひとつひとつが整っており、幼くして凛々しい顔つきをしている。美形アルファの子、といった雰囲気だ。

 マルクスはついにユリスのもとまで歩いてきた。そしてユリスの足に全身を使ってしがみつく。抱きついてくるマルクスの感触はふにふにしていてとても柔らかい。

「マルクスを抱いてもいいですか?」
「はい。是非抱っこしてあげてください」

 アレクの許可を得て、ユリスはマルクスを抱き上げた。マルクスを胸に抱えていると、ふわっとミルクのような柔らかい、いい匂いがした。
 マルクスもマルクスで、初対面のはずなのにユリスにすっかり懐いている。マルクスはユリスの顔に短いぷにぷにの腕を伸ばして触れようとする。

「可愛い……」

 ユリスの頬をペタペタと触る小さな手。目を合わせると無垢な笑顔で笑いかけてくる。なんて可愛い生き物なのだろうと思った。

「マルクスはやっぱりアルファだ。オメガの妃陛下にべったり甘えてます。この歳からオメガ好きなんて将来が心配ですよ……」
「いいえ、子供らしくて可愛いです」

 たしかにマルクスはユリスのことを気に入ってくれているようだ。

「ユリスは俺の妃だ。マルクスには渡さない!」

 カイルがやってきて急に口を挟んできた。

「陛下、うちの息子はまだ一歳です。マルクスにも嫉妬するんですか? 大人げないですよ」
「だって見てみろ。俺がマルクスを抱いたときとまるで態度が違う。ユリスにはなぜこんなにベタベタ触るのだ? ユリスに抱かれてこんなに気持ちよさそうにして! 俺のときはうるさく泣き喚いたというのに!」
「アルファがアルファに抱かれても嬉しくないんですよ。アルファにはやはりオメガです。ほら、妃陛下の腕の中が気持ちよすぎてマルクスがウトウトしています」

 アレクに言われてマルクスの顔を見ると、たしかに今にも眠ってしまいそうな雰囲気だ。

「駄目だ! ユリスから離れろ、俺が寝かしつけてやる!」

 カイルはユリスの腕からマルクスを奪い取ろうとするのでユリスはマルクスを庇った。

「カイル様。眠ろうとする幼子を起こすようなことをしてはいけません。このまま私が寝かしつけます」

 ユリスがマルクスの身体を優しく揺らすと、マルクスは瞼を閉じ、ユリスに身を預けてきた。

 マルクスはアレクとテオの子だ。それなのにこんなに愛おしいと思う。これがもしカイルとの間に産まれた我が子だったらさらに愛しいと思うのだろうか。

「妃陛下、お上手です。本当に寝ちゃいました……。この子は活動的でなかなか寝ないんですよ?」

 ユリスの横からテオがマルクスの様子を伺って言った。

「そうなのですか?」

「はい。マルクスは妃陛下に抱かれてすごく安心したのでしょう。妃陛下はとても魅力的なオメガだと思っておりましたが、良き母としてのオメガの能力もお持ちのようですね」

 良き母として……。それは子供ありきの能力だ。子供のいないユリスには関係のないことだ。

「よもや妃陛下。実はご懐妊なさっているとか?」

 テオの純粋な言葉が、胸に突き刺さった。テオはユリスのヒート事情などまるで知らないのだろう。

 ユリスにはヒートが普通に訪れて、カイルの寵愛を受けているユリスは、簡単にカイルの子を身籠ることができると思っているのではないか。

「テオ、まだユリスに懐妊はないが、それはきっともうすぐだ。待っていろ。俺とユリスの子が産まれたらふたりに手紙を送ろう」

 咄嗟に言葉を返せなかったユリスの代わりにカイルがテオに答えた。

「はい。良い報告を心待ちにしておりますね」
「ああ」

 カイルはテオに応じながら、ユリスの肩にぽんと触れた。
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