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わたしの帰る場所
231話 体育館裏とかかな……
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「……ダーニエ・ダンスは、求婚を意味するんだ」
オリヴィエ様が、わたしの手と腰をとっておっしゃいました。ラストダンスのことです。えっと、なんか、つき合ってる人たちが踊るとかそれだけの意味じゃなかったんですね。それで人がはけて行ったんだ……。踊ること自体は文化としてなくなったけど、その意味合いは嗜みとしてみんな知ってるって感じなのかな。ということは、今踊っているのはみんな、結婚を控えている人……とみなされるんだ。わたしは一気に緊張しました。オリヴィエ様がちょっと笑いました。
会場の袖の方でちょっとざわめきがありました。担架が運ばれていったので、だれか倒れたんでしょう。だいじょうぶかな。何曲か踊って慣れたのか、わたしも踊りながら周囲のことが見渡せるようになったみたいです。
「――ソノコは」
オリヴィエ様がなにかを言いかけて口を閉ざしました。わたしが言葉の続きを待っていると、言葉を選ぶようにゆっくりと「どんな関係なの。ラ・サル将軍と」とおっしゃいました。
……リシャールへの質問が聞かれてしまいましたか。しかし、どんな関係って言われてもなあ……。
「あの……どんな関係って言われても、リッカー=ポルカで過ごした一カ月ちょっとの間、バスの車掌と乗客だった、それだけなんですが」
「……ソノコは彼のことを、そう思っているの?」
「うーんと、拡大解釈していいなら、友人だと思います。それに、そう言えたらいいな、とも思います」
「そう」
オリヴィエ様の手に力がこもりました。なんとなく、オリヴィエ様が怒っているような気がしました。でもこれ以上言いようがないんだけどな。
「――でもね、ソノコ。彼は、あなたのことをそう思っていないみたいなんだ」
オリヴィエ様の声は静かで、楽団が奏でる音楽に合わせたようにきれいでした。わたしはオリヴィエ様の動きにリードされながら、オリヴィエ様の顔を見上げました。目が合って、じっと観察されているような気分になりました。
「――ラ・サル将軍の家……リッカー=ポルカの家は接収されたんだ」
「……はい」
「ほとんどなにもない家でね。でも、書き置きがあった。ソノコ。あなたへ」
「えっ」
オリヴィエ様の足を踏みかけました。曲がそろそろ終わります。クロヴィスとメラニーがたのしそうに踊っているのが視界の端に確認できました。どのタイミングで話せるかな、と一瞬思いつつ、わたしはオリヴィエ様を仰ぎ見ました。
「家屋を含めたすべての財産を、ソナコへ譲渡する、というものだった。ソナコとは、あなたのことだね?」
「……はい」
「悔しいことに、不備のない書類でね。場合によっては、本当にすべてあなたのものになる」
「ええっ⁉」
えっと、あの。マディア公爵邸の牢で会った最後のときに、たしかにたくさん譲渡されました。口頭で。でも、そんなの口約束だと思うじゃないですが。そもそも受け取るともわたし言ってないですけど。
わたしは、悲しくなって。泣きたい気持ちになって。だって、リッカー=ポルカのお家に、そんな書き置きがあったなんて。
「――じゃあ、サルちゃんは。和平協議に来る前から、こうなるって」
「そうだろうね。生きて帰るつもりがなかったんだろう」
ぎゅっと奥歯を噛み締めました。泣かない。……泣かない。
曲が、最後のパートに入りました。オリヴィエ様にぎゅっと握られた手が熱い。わたしは頭の中でいろいろな気持ちが行ったり来たりして、きっと変な顔をしていると思います。
「あなたは……本当にどこでも人を魅了して回るな」
「いえ、あの。サルちゃんはそういうのじゃないです。本当に。わたしと会ってもなにも変わらなかったって言ってました。いっしょにクロヴィスも聞いてたので確認してください」
「――マディア公爵閣下も、呼び捨てにしているの?」
「ああああああああ、間違いました、すみません、つい頭の中身がそのまま。すみません」
舞踏のための音楽が終わって。踊っていたすべての人が止まって、その場で一礼しました。もちろんわたしたちも。プレミエール・ダンスのときと同じように、会場全体から拍手が沸きました。
クロヴィスとメラニーが、わたしたちめがけて歩いてきます。わたしとメラニーは両手を合わせて「きゃー!」と再会を喜びました。うわー、うれしい、メラニー美少女。かわいい。オリヴィエ様とクロヴィスは握手をしていました。
「お会いしたかったわ、ソナコ!」
「わたしもです! お元気そうでよかった!」
会場の真ん中に人々がわやわやとやって来ました。それとともに楽団も舞踏用ではない音楽を奏でます。ちょっと聴いたことがある音楽で、わたしが楽団へと視線を走らせるとメラニーが「……お気づきになった?」と言いました。
「えっ、なにがです?」
「あなたが口ずさんでいた、だいちーの音楽よ。得意な者が譜面に起こして、マディア軍の楽隊で編纂したの」
「なに才能の無駄遣いしてるんです?」
すごい、ラジオ体操が壮大なクラシックになっている……わたしはわるくない、わるくないぞ!!!!!!
美ショタ様がレアさんの車椅子を押して来て合流。なんだかんだ会う機会がなかったので、クロヴィスたちとはじめましてしてました。そうしている間に、わたしたちは人々に取り囲まれていました。
「ねえ、ソナコ。ここではゆっくりお話できないから、時を改めましょう?」
「そうですね、終わってからでも、ゆっくり」
「連絡するわ」
ということで、二手に別れました。さすがに会場のど真ん中でひとつの大きい塊になるのは、じゃますぎるのでね。
楽団はラジオ体操アレンジの壮大な曲をエンドレスで弾いていました。なんかものすごくいい曲に仕上がってるんだけど。ちょっと怖いので原曲とか作曲あたりのクレジットは聞かないことにしようと思います。はい。
すごくたくさんのあいさつの人波を受けました。ものすごく懐かしい顔もいくつかありました。あの、レテソルのディアモン家、カヤお嬢様のおうちであったオリヴィエ様歓迎会で会ったレオンくんとか。美ショタ様はいっしゅん「だれ?」という顔をされましたが、わたしがすぐに名前を思い出せました。いいよねナタリー・ポートマン。レオンくんは覚えられていてちょっとうれしそうでした。
そして、宴もたけなわみたいなところで。
人の流れがすっと別れました。これぞモーゼ効果。そしてその真ん中を歩いてこちらに向かって来るのは、当然リシャール。
わたしはオリヴィエ様に手を引かれ、少し下がって礼をしました。クロヴィスとメラニーは真ん中に残っています。あっ、そういうことなのか。メラニーがきれいな淑女の礼、リヴェォンスをします。クロヴィスも片膝をついて臣下としての礼を取りました。音楽は静かにフェードアウトしました。
これが、このお披露目会の、目的ですね。
人々が見守る中、リシャールがクロヴィスに近づきます。そしてその肩に手を触れ、立ち上がらせました。
互いにほほ笑みで向かい合います。そしてリシャールが「今日、このときを迎えられてうれしく思う」と言いました。
「――はい。リシャール殿下。マディア全土は、あなたの元に参りました」
「君たちの友情を信頼しているよ」
「ありがたく。殿下の危難の際の砦としてあること、誇らしく思います」
そして、握手。だれかのため息が聞こえて、その後に、拍手が巻き起こりました。指笛も聞こえる。もしかしなくても、今日一番大きな歓声と拍手。
平和の祭典としての、お披露目会。これにて、大団円です。
たぶん、お披露目会としては型破りだったと思います。未婚女性とそのパートナーという、これからのアウスリゼを担う人たちを呼び寄せて。貴族籍に限らず、一般の方であってもこれまで功績をあげた女性は年齢問わず選ばれていました。ノエミさんみたいにね。
きっとこれから、リシャールはいい王様になるんだと思う。ここに招いたのは、きっとリシャールとともに時代を作って行く人たちだ。そう考えると、どうしてこのタイミングで、ずっとしていなかったお披露目会をしたのかわかった気がしました。
そして、閉会。
静かな音楽に促されるように、人々は少しずつ会場を後にして行きました。わたしたちもその波に乗って、いいタイミングで帰ろうと思います。すると、そこへヨレっとしてゲソっとしたミュラさんが現れました。
「おおミュラよ。しんでしまうとはなさけない」
「死んでません。なんですかそのセリフは」
「え、なんとなく」
「――リシャール殿下が、お待ちです。ソノコ」
その言葉に、わたしはちょっと止まりました。オリヴィエ様も「え?」とおっしゃいました。ミュラさんはわたしとレアさんを見て「二人とも、きれいですね。とても似合っています」と笑いました。
オリヴィエ様が、わたしの手と腰をとっておっしゃいました。ラストダンスのことです。えっと、なんか、つき合ってる人たちが踊るとかそれだけの意味じゃなかったんですね。それで人がはけて行ったんだ……。踊ること自体は文化としてなくなったけど、その意味合いは嗜みとしてみんな知ってるって感じなのかな。ということは、今踊っているのはみんな、結婚を控えている人……とみなされるんだ。わたしは一気に緊張しました。オリヴィエ様がちょっと笑いました。
会場の袖の方でちょっとざわめきがありました。担架が運ばれていったので、だれか倒れたんでしょう。だいじょうぶかな。何曲か踊って慣れたのか、わたしも踊りながら周囲のことが見渡せるようになったみたいです。
「――ソノコは」
オリヴィエ様がなにかを言いかけて口を閉ざしました。わたしが言葉の続きを待っていると、言葉を選ぶようにゆっくりと「どんな関係なの。ラ・サル将軍と」とおっしゃいました。
……リシャールへの質問が聞かれてしまいましたか。しかし、どんな関係って言われてもなあ……。
「あの……どんな関係って言われても、リッカー=ポルカで過ごした一カ月ちょっとの間、バスの車掌と乗客だった、それだけなんですが」
「……ソノコは彼のことを、そう思っているの?」
「うーんと、拡大解釈していいなら、友人だと思います。それに、そう言えたらいいな、とも思います」
「そう」
オリヴィエ様の手に力がこもりました。なんとなく、オリヴィエ様が怒っているような気がしました。でもこれ以上言いようがないんだけどな。
「――でもね、ソノコ。彼は、あなたのことをそう思っていないみたいなんだ」
オリヴィエ様の声は静かで、楽団が奏でる音楽に合わせたようにきれいでした。わたしはオリヴィエ様の動きにリードされながら、オリヴィエ様の顔を見上げました。目が合って、じっと観察されているような気分になりました。
「――ラ・サル将軍の家……リッカー=ポルカの家は接収されたんだ」
「……はい」
「ほとんどなにもない家でね。でも、書き置きがあった。ソノコ。あなたへ」
「えっ」
オリヴィエ様の足を踏みかけました。曲がそろそろ終わります。クロヴィスとメラニーがたのしそうに踊っているのが視界の端に確認できました。どのタイミングで話せるかな、と一瞬思いつつ、わたしはオリヴィエ様を仰ぎ見ました。
「家屋を含めたすべての財産を、ソナコへ譲渡する、というものだった。ソナコとは、あなたのことだね?」
「……はい」
「悔しいことに、不備のない書類でね。場合によっては、本当にすべてあなたのものになる」
「ええっ⁉」
えっと、あの。マディア公爵邸の牢で会った最後のときに、たしかにたくさん譲渡されました。口頭で。でも、そんなの口約束だと思うじゃないですが。そもそも受け取るともわたし言ってないですけど。
わたしは、悲しくなって。泣きたい気持ちになって。だって、リッカー=ポルカのお家に、そんな書き置きがあったなんて。
「――じゃあ、サルちゃんは。和平協議に来る前から、こうなるって」
「そうだろうね。生きて帰るつもりがなかったんだろう」
ぎゅっと奥歯を噛み締めました。泣かない。……泣かない。
曲が、最後のパートに入りました。オリヴィエ様にぎゅっと握られた手が熱い。わたしは頭の中でいろいろな気持ちが行ったり来たりして、きっと変な顔をしていると思います。
「あなたは……本当にどこでも人を魅了して回るな」
「いえ、あの。サルちゃんはそういうのじゃないです。本当に。わたしと会ってもなにも変わらなかったって言ってました。いっしょにクロヴィスも聞いてたので確認してください」
「――マディア公爵閣下も、呼び捨てにしているの?」
「ああああああああ、間違いました、すみません、つい頭の中身がそのまま。すみません」
舞踏のための音楽が終わって。踊っていたすべての人が止まって、その場で一礼しました。もちろんわたしたちも。プレミエール・ダンスのときと同じように、会場全体から拍手が沸きました。
クロヴィスとメラニーが、わたしたちめがけて歩いてきます。わたしとメラニーは両手を合わせて「きゃー!」と再会を喜びました。うわー、うれしい、メラニー美少女。かわいい。オリヴィエ様とクロヴィスは握手をしていました。
「お会いしたかったわ、ソナコ!」
「わたしもです! お元気そうでよかった!」
会場の真ん中に人々がわやわやとやって来ました。それとともに楽団も舞踏用ではない音楽を奏でます。ちょっと聴いたことがある音楽で、わたしが楽団へと視線を走らせるとメラニーが「……お気づきになった?」と言いました。
「えっ、なにがです?」
「あなたが口ずさんでいた、だいちーの音楽よ。得意な者が譜面に起こして、マディア軍の楽隊で編纂したの」
「なに才能の無駄遣いしてるんです?」
すごい、ラジオ体操が壮大なクラシックになっている……わたしはわるくない、わるくないぞ!!!!!!
美ショタ様がレアさんの車椅子を押して来て合流。なんだかんだ会う機会がなかったので、クロヴィスたちとはじめましてしてました。そうしている間に、わたしたちは人々に取り囲まれていました。
「ねえ、ソナコ。ここではゆっくりお話できないから、時を改めましょう?」
「そうですね、終わってからでも、ゆっくり」
「連絡するわ」
ということで、二手に別れました。さすがに会場のど真ん中でひとつの大きい塊になるのは、じゃますぎるのでね。
楽団はラジオ体操アレンジの壮大な曲をエンドレスで弾いていました。なんかものすごくいい曲に仕上がってるんだけど。ちょっと怖いので原曲とか作曲あたりのクレジットは聞かないことにしようと思います。はい。
すごくたくさんのあいさつの人波を受けました。ものすごく懐かしい顔もいくつかありました。あの、レテソルのディアモン家、カヤお嬢様のおうちであったオリヴィエ様歓迎会で会ったレオンくんとか。美ショタ様はいっしゅん「だれ?」という顔をされましたが、わたしがすぐに名前を思い出せました。いいよねナタリー・ポートマン。レオンくんは覚えられていてちょっとうれしそうでした。
そして、宴もたけなわみたいなところで。
人の流れがすっと別れました。これぞモーゼ効果。そしてその真ん中を歩いてこちらに向かって来るのは、当然リシャール。
わたしはオリヴィエ様に手を引かれ、少し下がって礼をしました。クロヴィスとメラニーは真ん中に残っています。あっ、そういうことなのか。メラニーがきれいな淑女の礼、リヴェォンスをします。クロヴィスも片膝をついて臣下としての礼を取りました。音楽は静かにフェードアウトしました。
これが、このお披露目会の、目的ですね。
人々が見守る中、リシャールがクロヴィスに近づきます。そしてその肩に手を触れ、立ち上がらせました。
互いにほほ笑みで向かい合います。そしてリシャールが「今日、このときを迎えられてうれしく思う」と言いました。
「――はい。リシャール殿下。マディア全土は、あなたの元に参りました」
「君たちの友情を信頼しているよ」
「ありがたく。殿下の危難の際の砦としてあること、誇らしく思います」
そして、握手。だれかのため息が聞こえて、その後に、拍手が巻き起こりました。指笛も聞こえる。もしかしなくても、今日一番大きな歓声と拍手。
平和の祭典としての、お披露目会。これにて、大団円です。
たぶん、お披露目会としては型破りだったと思います。未婚女性とそのパートナーという、これからのアウスリゼを担う人たちを呼び寄せて。貴族籍に限らず、一般の方であってもこれまで功績をあげた女性は年齢問わず選ばれていました。ノエミさんみたいにね。
きっとこれから、リシャールはいい王様になるんだと思う。ここに招いたのは、きっとリシャールとともに時代を作って行く人たちだ。そう考えると、どうしてこのタイミングで、ずっとしていなかったお披露目会をしたのかわかった気がしました。
そして、閉会。
静かな音楽に促されるように、人々は少しずつ会場を後にして行きました。わたしたちもその波に乗って、いいタイミングで帰ろうと思います。すると、そこへヨレっとしてゲソっとしたミュラさんが現れました。
「おおミュラよ。しんでしまうとはなさけない」
「死んでません。なんですかそのセリフは」
「え、なんとなく」
「――リシャール殿下が、お待ちです。ソノコ」
その言葉に、わたしはちょっと止まりました。オリヴィエ様も「え?」とおっしゃいました。ミュラさんはわたしとレアさんを見て「二人とも、きれいですね。とても似合っています」と笑いました。
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