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葬儀の日

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「それで、あなたはあの子のをここに連れてきてどうしたいの」

 叶うなら来て欲しくは無かった朝が来て、身支度を整え朝食を頂いている途中で現れたリチャードが告げて来た望みに私は眉をひそめ食欲を失いました。

「私耳が悪くなったのかしら、あの子供を葬儀に参列させたいと聞こえたのだけれど。お前本気なの?」

 第三者から見れば冷たいとも気分を害しているとも言われそうな顔で、私はリチャードに問いました。

 今日は馬車の事故で亡くなった夫の葬儀の日です。
 本来であれば領地の神殿で行うべく葬儀を、王都の屋敷にある小さな神殿で仮の葬儀を行います。
 仮ですから、葬儀に参列するのは私と屋敷に勤める使用人達だけです。
 王都の大神殿から神官を招き経を読んで頂き、夫の死を弔って頂きます。

 夫の両親である義両親は夫の訃報を魔道ギルドの特殊便で連絡した時には「すぐに王都に向かう」と返事を寄越したにも関わらず「王都で仮の葬儀をしたら領地で本葬を行うのだから、私達はそちらに参列する」旨の手紙を私宛に送りそれで終わってしまいました。

 夫が彼の弟よりも両親、特に母親に愛されていたというのは、彼から自慢の様に何度も聞かされていましたが、この対応を見るに生きている夫にはそういう対応をしていても、亡くなった彼にはそうでもない様だと、そう悟りました。

 領地に暮らす両親にとってみれば、凡庸な夫は跡継ぎであるという事の他は私との子を作る種馬的価値しかなく、彼の死によってそれが出来なくなってしまった今ではわざわざ王都に急ぎ来る理由にすらならないのでしょう。

 二人の決断にはさすがに驚きましたが、この親子の情はこれしかないのだと理解してリチャードに王都での葬儀の手配を指示しました。

 私にとっては最悪なことをしでかしたリチャードですが、王都の屋敷を管理しているのは彼ですし、彼以外の人間に采配を振るえというのは酷な話だと理解しています。
 仕方がないので、領地で夫の葬儀が終りその他諸々の事が片付くまで処分は保留としました。
 そうするしか無かったというのが、実際には正しいのですが現段階では仕方ありません。

「どうしても葬儀に参加したいというので、他に意図はございません」

 リチャードの処分が保留なのは、彼も十分理解している様です。
 不思議な事に彼は逃げも隠れもせずに私からの罰を待っている様です。
 侯爵ではなく夫の指示だけに従っていた彼は、彼亡き後私の指示に従う理由はない筈ですし今後の身の振りかたを考えるなら私に媚びへつらう以外の道はないというのに、自分の未来などどうでも良いとばかりに淡々と業務を行った後、大神殿の治療院にいるあの子を屋敷に連れてきたのです。

「意図はない、ねえ」

 リチャードの気持ちを私は図りかねていました。
 夫の指示ならリチャードは何も考えずに実行していたでしょうが、今は夫はおらず私がいるのみです。

 今のリチャードは、基本は私の指示に従っていますが、過去夫が指示していたことに反する指示を私が出した場合は夫の言葉に従っている様で私の思い通りにはなりません。
 とても扱いにくいですが、まあ仕方ないのでしょう。

「幼い子供が、父と認識していた方の葬儀に参列するのは、人として正しい行いだと思います」
「そうねえ」

 すっかり食欲は失せてしまいましたが食べなくては葬儀の間持ちません。
 無理矢理スープを口に運びながら話を聞いて、それはそうだろうと心の底で理解しました。

「彼に他意はございません。ただ一人残された可哀相な子供が父親の葬儀に参列したいというだけです」

 リチャードはそう言いますが、それだけを理由に賛成していいのでしょか。

「あの子を参列させるにしても、親族扱いはしないわよ。それでもいいの? それにあの子の母親の葬儀はここでは行わないわ。平民用の神殿で明日お前が立ち会って弔い平民用の共同墓地に埋葬しなさい」

 私の言葉にリチャードは顔を歪めた後、頷きました。

 予定外の子供参列に、私は執事を追い出し食事を切り上げると沐浴の為自室へと戻りました。
 煩わしいことなどすべて洗い流してしまえたらいいのに。
 朝食用のドレスを脱ぎ結っていた髪をほどいて鬱々とした気持ちで浴室へと入ると、咽かえる様な薔薇の香りに出迎えられました。
 咲いたばかりの薔薇、私の部屋の窓から見える場所一面に咲いている皇帝の薔薇の花びらが浴槽に浮かべられているのを見てタオの心遣いを感じました。
 皇帝の薔薇は嫁ぐ時に私が実家の庭から株を持ってきたもので、私のお気に入りの薔薇です。
 一年中咲き続けるこの薔薇は、王家の血を受け継ぐ女性がその血と共に受け継いでいる花です。
 どんな時も私はこの薔薇の香りに癒されてきました。
 夫との婚約が決まり、夢だった留学の話が消えてしまった時も私はこの薔薇の花びらが浮かべられたお湯にこの身を委ねて、一人で涙を流し気持ちを切り替えました。
 
 私は今日夫を弔う。
 私を裏切り、非情な行いをしていた夫を、貞淑な妻の顔で。
 今日兄は葬儀に来るらしい、それは私に新たな結婚の話をするためなのだろうか。
 夫を亡くしたばかりの私に、新たな駒としての仕事を与えにくるのだろうか。
 薔薇の花が浮かんだお湯を贅沢に使いながら、私はそんなことを考えていました。

「奥様」
「ねえ、タオ私は間違っているのかしら。夫と一緒に彼女も領地に連れて行って一緒に埋葬すべき?」

 自分の今後よりも、今は葬儀の事です。
 新たな夫のところに嫁ぐとしても、それは夫を弔ってからの話で今私はまだ侯爵家の嫁です。

「愚かね、私迷っているの」

 リチャードにはああ言ったものの、私は迷っていました。
 夫が愛した人は私ではなく彼女です。
 夫の子を産んだのも彼女で、彼が領地に帰って一緒に暮らしたいと選んだのも彼女なのです。
 確かに二人は愛人の関係ですし、妻はこの私です。
 でも、だからと言って私が引き離してしまっていいのでしょうか。

「奥様があの女性の遺体を旦那様と一緒に埋葬すると仰っても、侯爵夫人は認めないでしょう」
「そうね。お義母様ならきっと葬儀すら許さないでしょうね」

 そう考えると、平民向けとはいえ葬儀と埋葬を指示した私は優しいのかもしれません。
 これ以上考えるのが面倒で、私は湯につかりながらキツク目を閉じたのです。
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