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番外編

それはまるで夢か幻2(ディーン視点)

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「そう言えば、私に何かご用でしたか」

 彼がたまたま図書館に来て、私を見つけて声を掛けてきたのだろうか。
 入学してからずっと、授業の後は練習場かここに来ているが図書館でニール様を見たのは今日が初めてだ。

「あぁ、だから話をしている」
「……そうでしたか」

 探していたとも偶然だとも言わない。
 何か彼の興味を引くような事をしただろうか、思いつくものは無いが、彼が私と話をしていて不快では無いならそれでいいのかもしれない。

「上級魔法陣を覚えて何がしたい」
「魔石に魔法陣を刻めるらしいので、まずはそれが出来るようにしたいですね」

 上達方法を探していたのは、失敗続きが嫌になったからだったが、上級魔法陣を極めたい理由は剣に魔法陣を刻みたいと思ったからだ。
 剣に直接そうするのでは無く、魔石に刻む方法があると知ったのだから、出来るようになりたいと思うのは当然だろう。

「魔石に?」
「はい、こちらに書かれています」

 流石のニール様も知らないことだったのか、僅かに表情が変わる。
 彼は大抵は穏やかに微笑んでいるが、それは貴族的に表情を作っているだけだろう。
 彼は多分、常に自分がどう見えるか考えながら動いているのだと思う。
 一見彼は何も努力をせず、天賦の才に恵まれているだけの様に見えるが、元々の才能に加え努力もしているのだと本に伸ばされた手を見て気がついた。
 よく手入れされてはいるが、彼の手は剣を扱う者のそれだった。
 治癒魔法で傷は治せるが、剣士はわざと潰れたマメを残したままにして手の皮を厚くさせる。
 私の手にもあるその痕が、彼の手にも見えて彼は美しい見た目だけでは無いのだと何故か嬉しくなった。
 
「魔石に魔法陣を刻みどう使う」
「まずは剣に、他にも使える物は多いでしょうが」
「付与魔法では不満があると言うんだな、魔石をはめ替えられるのなら属性を簡単に変えられる利点はあるか」
「ええ、魔物により苦手な属性は変わりますし、魔剣を何本も用意するより気軽に出来そうです。剣以外なら例えば守り石にするのも面白いかもしれません。魔導具よりも気軽に装飾品として身に着けられる。紙に描くのと違い、魔石に刻むのであれば効果が一度切りにしなくて済むでしょうから、剣にも守り石には向いている筈です。まだ技術をものに出来てもいないのに、どんな魔法陣を使おうかと考えてしまいますね」

 普段級友とこんな話はしないのに、何故か聞かれるままに考えを話してしまった。
 私の考えは、貴族的ではない。
 家を出ることばかりを考えて、上級貴族は殆ど入らない寮に入ってまで家を拒絶している。
 周囲は変わった奴だと思っているだろう、上級貴族の令息が使用人の一人も付けずに寮に暮らしているのだから。

「ディーンは面白いな」
「そうでしょうか、言われたことなどありません。そんな風に言われる程ではありませんよ」

 私は、つまらない人間で価値など無い。
 自分に何が出来るか、どんな価値が自分にあるのかと考えるたびに背中の傷が痛む気がする。
 傷を治す価値はお前には無いと、鞭打たれる度に母に罵られた。
 兄に、お前は愚か者だから罰せられるのだと指差し笑われ続けた、あの辛く悲しい時間を思い出してしまう。

「私が面白いと感じたのだから、否定は許さない」
「ニール様が私を許さないのですか?」

 彼の物言いについ目を見開いてしまう、私が私を否定するのが悪いというのだろうか。
 なんて傲慢なのだろう、でもそんな言い方がこの人には似あうと思う。

「お前は面白い。自分で魔法陣を刻もうなど考えその為に上級魔法陣を極めようとしているなど、面白い以外にどう言えばいい」
「魔法陣等、専門の者にさせれば良いだけ、馬鹿だとは思われませんか」

 普通はそうだ、上級貴族は率先してこういうものは学ばない。
 魔道具を作るのも魔法陣を描くのも、専門の職人の仕事だから必要なら彼らにさせればいい。それが当たり前の考えた方だ。
 実際魔法陣の授業を受けている上位貴族の令息は少ないらしい、貴族とはいえ下級の者達が殆どだと聞いている。
 得意不得意はあっても、貴族なら使えて当然の魔法とは違う。

「それならここにこの本がある意味が無いだろう。学ぶ事への罪などない、あるとすれば怠惰へだ」

 自分はやろうとは思わないが、そんな声が聞こえてきそうな声色で、ニール様はそれでも私を否定はしなかった。

「もし、上手く魔石に魔法陣を刻めるようになったら、ニール様に何か献上しましょう」
「献上? 貰う理由はないが」
「宣言すれば、自分にやらない言い訳をしなくて済みますから、私には十分な理由になります」

 本当は、私の考えを否定しなかった事への礼だけれど、そんな告白は出来ないからもう一つの理由だけを伝えることにした。

「ふっ、そうか。ならば貰ってやろう。そうだな、何か身を守る魔法陣か雷属性の弱い攻撃魔法が発動するものが良いだろう。守り石だから常に身に着けられる大きさの魔石でなければ駄目だ」
「雷属性? ニール様のお得意な魔法では」

 得意だからこそ私の腕を試したいのか、私の疑問は顔に出ていたのだろう。

「使うのは私ではない。妹だ」
「妹、仲が良いのですね」

 妹を守る為の石なんて、そうでなければ望まないだろう。
 その機会があっても、私の兄なら決して望みはしない。

「仲良くは無いが、あれはお人よしの馬鹿だからそういうのが必要なんだ。あれは人の善を信じすぎている馬鹿者だからな」

 馬鹿者と言いながら、妹殿の話をするニール様の瞳は優しい。
 家族だから、血が繋がっているから大切に思う等ありはしないと知っているから、ニール様が妹殿を愛しく感じているだろう事が不思議だった。

「そうですか、ではなるべく早く習得します」

 宣言すれば、逃げられない。
 決心する私の心の内を見透かしたかの様に、ニール様は低い声で笑い始めた。
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