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逃走 2
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父さんが殺される予知を視てから20日程経った頃、村の近くで番の熊が目撃されるようになった。
狂暴な人喰い熊、マーダーベアを見たという人が複数人いたことから、マーダーベアの番が住み着いたのではないかという話になった。
冒険者になってから分かった、マーダーベアの討伐レベルと脅威。
いくら強いと言っても、狩人程度の腕で討伐ができる魔物ではない。
しかも番のマーダーベアは、高ランク冒険者がパーティーで討伐するレベルの魔物だ。
にも関わらず、村では討伐隊が組まれ、父さんと、あの男と数人の手練れが討伐に向かった。
熊はその日のうちに討伐され、討伐隊のみんなは大きな怪我を負うことなく戻ってきた。
村にしては規模の大きな討伐隊であったが、いたのはマーダーベアではなく、ただの熊の番だった。
過剰戦力であったにも関わらず、父さんは…戻って来なかった。
僕たちの家族をよく思わない、村人たちの策略の始まりだったのだ。
父さんがいなくなると、僕たち家族、いや、僕を除いた家族の生活が、益々貧しくなった。
母さんと婆ちゃんだけでは子供たちを養えない。
兄さんたちや姉さんはまだ成人していない。
上の兄弟4人で必死に食べ物を確保しようとするが、ぜんぜん足りない。
父さんを殺した男が、母さんに食べ物を分ける代わりに、少し家の仕事を手伝って欲しいと言い出した。
最初は畑の雑草取りや収穫の手伝い。
これらは母さんと双子を除く家族全員で手伝った…が、
母さんは本当に怠け者で、役立たずだった。
次に男は、家の掃除や食事の支度を頼むようになった。
最初は僕たちにやらせていた母さんが、ある日突然、1人で行くようになった。
そして、母さんが家に帰って来ない日が多くなった。
そんな日々が当たり前になった頃、また鮮明な予知を視た。
母さんと僕を除いた家族全員が、数人の男たちに袋詰めにされ、馬車に乗せられていた。
婆ちゃんは途中で袋に入れられたまま川に放り込まれ、兄弟たちは奴隷として売られるのが視えた。
鮮明な色付きだった。
僕は母さんが留守にしている時に、みんなに予知の内容を話し、逃げようと訴えた。
けれど、お前は頭がおかしい、異常だ、我が家の恥さらしだと、責められただけだった。
父さんが死んだのも、僕が変なことを口走ったからだと、殴られた。
これ以上自分たちを不幸にするなと、蹴られた。
村中から非難の目を浴びている家族たちは、僕を卑下することで、自分たちの立ち位置が上がると思っていたようだった。
僕はわずかな自分の持ち物を纏めて、いつでも村を出られるように準備をした。
お金なんて見たこともない。
世の中で何に価値があるかなんて知らない。
村の外の世界のことなんて、何一つ知らない無知な7歳の子供。
準備したのは本当に身の回りの僅かな物。
穴の開いた袋に手ぬぐい、頑丈そうな木の棒だけだ。
ぎりぎりまで家族を説得し続けたけれど、言葉の暴力、体への暴力が返ってきただけだった。
それから数日後の夕方。
予知で視た男たちが、村にやって来た。
僕はその姿を目にすると、すぐ家に帰って荷物を持って村を出た。
悲劇は今夜起き、日が昇る前に男たちは村から出て行く。
母さんはあの男の元で暫く暮らすが、男が母さんの無能さと能天気さに激怒し、殺される。
もうどうでもいい。
僕は僕にできる限りのことをしたんだ。
家族の誰かに可愛がられた記憶など欠片もない。
心はまったく動かなかった。
父さんが殺される予知を視た時泣いたのは、自分が幼過ぎて、その鮮明な情景が怖かったからだ。
信じてもらえなかったことが、悔しかったからだ。
ただ、それだけだ。
家族を守りたかったわけじゃ、なかったんだ。
自分の冷たさに、どこまでも気持ちが落ちていきそうになる。
闇に捕らわれそうになる。
両頬を力いっぱい叩いて、顔を上げる。
歯を食いしばり、前を見る。
生きるために、僕は男たちが進む方向とは反対側の道を、当てもなく進み続けた。
狂暴な人喰い熊、マーダーベアを見たという人が複数人いたことから、マーダーベアの番が住み着いたのではないかという話になった。
冒険者になってから分かった、マーダーベアの討伐レベルと脅威。
いくら強いと言っても、狩人程度の腕で討伐ができる魔物ではない。
しかも番のマーダーベアは、高ランク冒険者がパーティーで討伐するレベルの魔物だ。
にも関わらず、村では討伐隊が組まれ、父さんと、あの男と数人の手練れが討伐に向かった。
熊はその日のうちに討伐され、討伐隊のみんなは大きな怪我を負うことなく戻ってきた。
村にしては規模の大きな討伐隊であったが、いたのはマーダーベアではなく、ただの熊の番だった。
過剰戦力であったにも関わらず、父さんは…戻って来なかった。
僕たちの家族をよく思わない、村人たちの策略の始まりだったのだ。
父さんがいなくなると、僕たち家族、いや、僕を除いた家族の生活が、益々貧しくなった。
母さんと婆ちゃんだけでは子供たちを養えない。
兄さんたちや姉さんはまだ成人していない。
上の兄弟4人で必死に食べ物を確保しようとするが、ぜんぜん足りない。
父さんを殺した男が、母さんに食べ物を分ける代わりに、少し家の仕事を手伝って欲しいと言い出した。
最初は畑の雑草取りや収穫の手伝い。
これらは母さんと双子を除く家族全員で手伝った…が、
母さんは本当に怠け者で、役立たずだった。
次に男は、家の掃除や食事の支度を頼むようになった。
最初は僕たちにやらせていた母さんが、ある日突然、1人で行くようになった。
そして、母さんが家に帰って来ない日が多くなった。
そんな日々が当たり前になった頃、また鮮明な予知を視た。
母さんと僕を除いた家族全員が、数人の男たちに袋詰めにされ、馬車に乗せられていた。
婆ちゃんは途中で袋に入れられたまま川に放り込まれ、兄弟たちは奴隷として売られるのが視えた。
鮮明な色付きだった。
僕は母さんが留守にしている時に、みんなに予知の内容を話し、逃げようと訴えた。
けれど、お前は頭がおかしい、異常だ、我が家の恥さらしだと、責められただけだった。
父さんが死んだのも、僕が変なことを口走ったからだと、殴られた。
これ以上自分たちを不幸にするなと、蹴られた。
村中から非難の目を浴びている家族たちは、僕を卑下することで、自分たちの立ち位置が上がると思っていたようだった。
僕はわずかな自分の持ち物を纏めて、いつでも村を出られるように準備をした。
お金なんて見たこともない。
世の中で何に価値があるかなんて知らない。
村の外の世界のことなんて、何一つ知らない無知な7歳の子供。
準備したのは本当に身の回りの僅かな物。
穴の開いた袋に手ぬぐい、頑丈そうな木の棒だけだ。
ぎりぎりまで家族を説得し続けたけれど、言葉の暴力、体への暴力が返ってきただけだった。
それから数日後の夕方。
予知で視た男たちが、村にやって来た。
僕はその姿を目にすると、すぐ家に帰って荷物を持って村を出た。
悲劇は今夜起き、日が昇る前に男たちは村から出て行く。
母さんはあの男の元で暫く暮らすが、男が母さんの無能さと能天気さに激怒し、殺される。
もうどうでもいい。
僕は僕にできる限りのことをしたんだ。
家族の誰かに可愛がられた記憶など欠片もない。
心はまったく動かなかった。
父さんが殺される予知を視た時泣いたのは、自分が幼過ぎて、その鮮明な情景が怖かったからだ。
信じてもらえなかったことが、悔しかったからだ。
ただ、それだけだ。
家族を守りたかったわけじゃ、なかったんだ。
自分の冷たさに、どこまでも気持ちが落ちていきそうになる。
闇に捕らわれそうになる。
両頬を力いっぱい叩いて、顔を上げる。
歯を食いしばり、前を見る。
生きるために、僕は男たちが進む方向とは反対側の道を、当てもなく進み続けた。
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